母親、倒れる。
私は、おばあちゃん家に向かう電車の中にいた。
兄さんから、あの人がおばあちゃん家に帰ってきて、一緒に住むと聞かされた。
いてもたってもいられずに私は、おばあちゃん家へと自然と足が向かっていた。
ちょうど、土日に合わせて有給休暇をもらった。
遥には、本当の事を言いたかったけれど…
父さんがいるし、とりあえず落ち着いてから、話そうと思って、会社の研修で、3日いないと嘘をついた。
ごめん、遥。
あの人がおばあちゃん家に住んでるとなると、あんたは、一緒に着いて来てくれるでしょう?
いくら、結婚を前提で付き合っているとはいえ、自分の家のことは、自分でなんとかしたい。
今まで、遥に甘えてばかりだったから。
だから、今回は、一人で、あの人と対峙するよ。
数時間後――
駅に着くと、改札口の前で父さんが待っていた。
「…千歳、済まないな。」
父さんは、いつになく疲れた表情だった。
あの人と話し合いをしていると兄さんから聞いてたからなぁ。
かなり、手こずってるか…あの人と父さんは、もう赤の他人のようなものだし。
「…父さん、色々とありがとう。おばあちゃんは、どうしてる?」
「うむ。ばあちゃんは、仕方なくという感じだが…母親だからな。」
「…そう。」
やっぱり…。
おばあちゃんにとって、あの人は、娘だし。
家に着くと、おばあちゃんが、出てきた。
「千歳!」
「おばあちゃん、連絡しなくてごめんね。でも…あの人がここに帰って来て、住んでると聞いたら、無視できなくて…。」
「…千歳…ごめんね。私には、祥子を追い出すことはできない…」
涙を浮かべながら、私を抱きしめる。
私は、おばあちゃんを宥めながら、家に入った。
リビングには、あの人が、ソファーに座っていた。
「あら、千歳?お帰り。」
「…ずいぶんと、身勝手な事ばかりしてくれるわね。一体、どういうつもり?」
「どうもこうもないわ。実家に戻ってきただけよ?」
「勝手に出て行って、男と別れたから、ここに戻ってきたってわけ?」
私は、握り拳をつくりながら言った。
「…そうね。」
母さんは、ため息をついて短く答えた。
「いい加減にしてよ!おばあちゃんと私を見捨てたくせに!どうして謝りもせずに帰ってこられるのよ!」
私は、
母さんの頬を叩いた。
立ち上がった母さんは、睨み付けて…
「相変わらず、乱暴な子。親に手をあげるなんて、とんだ不良娘ね!」
母さんも同じく、私の頬を叩いた。
「…あんたに…おばあちゃんと私の数十年の苦労がわかってたまるか!何で…今更…戻って…くる…の。」
私は、
その場で泣き崩れた。
まるで、母さんが出て行ったあの頃と同じように…。
「…!…祥子!」
「…祥子!」
俯いたまま泣いていた私の頭上で、父さんとおばあちゃんが母さんの名前を呼んでいた。
顔を上げると、胸を押さえて踞っている母さんが、視界に飛び込んできた。
「…っ…な…なに?」
「お義母さん、救急車をお願いします!」
「…は、はい!」
母さんの苦しく乱れた息がこの部屋に響いた。
一体、何が…?
目の前で、
起こった出来事に、
ただ、呆然と見つめるしかなかった。
病院の待合室で、父さんとおばあちゃんと共に、椅子に座っていた。
暫くして、
医師が出てきた。
「命に別状はありませんが入院して精密検査を受けてください。かなり心臓に負担がかかっているようですので。」
医師は、そう言って会釈しながら歩いて行った。
診察室から、病室に移され母さんは、ベッドで眠っているままだ。
私は、何がなんだか頭の中が混乱していた。
さっきまで、憎まれ口を叩いていたはずなのに…
「…はは、なんなのよ。帰ってきたと思ったら、何倒れてんの?」
私は、ただ、あんたにおばあちゃん家から、出て行ってほしいと言いに来ただけなのよ。
なのに、
「…自業自得よ。勝手に出て行って、男に捨てられた挙げ句に…病気になるとか…罰が当たったのよ!」
「千歳!いい加減にしなさい。病院だぞ、ここは。」
「関係ないわよ。母さんは私のことなんて…嫌いなんだから…。」
眠っている母さんを罵っているのに、視界が徐々にボヤけてきた。
頬を伝う、温かな滴が止めどなく流れ落ちる。
「…千歳。」
それに気づいたおばあちゃんが、私の手を強く握りしめてきた。
「…ふ…っ…バ、バカだよ…母さんは…自分から…不幸に…なるなんて……」
私は、泣きながら
その場にしゃがみこんだ。
「千歳。…とりあえず、今日は、ばあちゃんと一緒に家に帰りなさい。」
「でも、源一郎さん。祥子の付き添いは…」
「私が、付き添います。入院の手続きもしておきますので。また明日、来てくれると助かります。」
「…わかりました。」
おばあちゃんは、心配そうに母さんの眠っている顔を見てから、私と共に、家路と向かうのだった。
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