有里家の人々と父の魂胆
私は、自分の思いを正直に遥に言ったのはいいけど、
当の本人は、ただの勘違いだと
ぬかしやがって!!
おまけに、師範と父さんの企みが、今明らかにされようとしていた。
「祖父と貴女のお父さんがあの時に、話そうとしていたのは…」
遥は、少し言いづらそうに視線を外した。
「…実は、千歳さんとオレを結婚させようとしているみたいなんですよね。」
「はぁ?結婚?」
「そうです。だから、年末の時に、止めに入ったんですよ。」
言われてみれば、ニコニコする師範の顔と、父さんがいい縁談があると言ってたことも全て、辻褄が合う。
「はは、結婚って!何考えてんのよ…。」
「説得するのに、時間がかかりました。貴女とオレの未来に関わることなのに、勝手に決められるのは、困ると…。」
「でもさ、それって、師範と父さんだけが言ってるだけだよね?遥の両親とおばあさんは、知らないんでしょう?」
「…そ、それが、うちの家族全員がグルでして…」
マジかよ!
名家の跡取り息子を私のような庶民と結婚させるとか正気じゃないわよ!!
「遥、あんたん家は、あの町の名家だよね?そんな簡単でいいわけ?」
「まぁ、うちは、名家といってもご先祖が大地主だったという名目だけで、現在は、祖父が道場の師範で、祖母は華道の師範、母はただの会社員です。」
「へ、へぇ。知らなかったわ。…お父さんは?」
「公務員ですが、有里家の現当主という肩書きを持っています。」
「公務員は、わかるけど、当主って、江戸時代の殿様かよ!」
当たり前だけど、知らないことが、多すぎる。
あの道場に通い始めた頃、遥のお父さんとお母さんに会ったことはあるけど、仕事や家のことなんて知らなかった…
子供の頃は、イチイチ、家柄のことなど気にしてなかったからね。
「…家族全員がグルだとはいいましたが、父は、千歳さんの気持ちを優先しなさいと、言ってました。」
「そう。だから、電車の中で、私の気持ちを最優先するとか言ってたの?」
「…はい。」
なんだか、すごいことを聞いてしまった。
ただ、私は、
遥を好きになって、色々と将来的にどうなのかと、思っただけなのに…
これは、喜んでいいの!?
「この話を聞いたのが、年末に帰る3日前だったのでオレも驚きました。」
「は?年末ギリまで黙ってたってこと?」
「みたいですね。貴女に再会するまで、そんな話…」
遥は、何か思い当たることがあるのか、顎に手を当て考え込む。
「…正直に話すと、再会するまでは、ほとんど貴女のことを忘れてました。」
「でしょうね。私だってあんたに聞かれるまで、忘れてたし…。」
「ただ、去年のお盆に、帰省した時、祖父母と両親が千歳さんの話をしていた気がしますけど、特に、気に留めてなかったですね。」
「まだ、再会してなかったっていうのに、私の話をしてたってこと?」
遥は、コクリと頷き、
「憶測ですが、千歳さんとオレの結婚話は、以前から勝手に決められていたと、いうことになりますね。」
ため息を吐きながら、頭を押さえる遥…。
「マ、マジ?」
つーことは、父さんもわかっていたということになるじゃない!
「遥、うちの父さんと師範は師弟関係だったこと知っていた?」
「え?師弟関係ですか?いえ、知りません。ただ、よく道場や家でお見かけしたことはありましたけど…」
あのクソ親父!どうりで、おばあちゃん家に、帰る度縁談の話をしつこくしてきたわけだ。
「…あの、千歳さん、顔が怖いです…。」
「は?何であんたは、そう冷静でいられるわけ?」
「…確かに、周りが勝手に決めることではないですけど…オレは、貴女が好きなので、他の女性と結婚させられるより、いいです。」
「なっ!?…ななな何言ってんの!まだ私は、好きになって間もないのに!」
もう!
不意打ちで、そんなこというなんて!反則だつーの!
全く!どいつもこいつも!勝手なことばかり!
遥を好きなのは、事実だけど、順序ってのがあるでしょーが!!
「ただ、あの時、止めに入ったのは、千歳さんの意思だけではなくて、オレ自身の問題でもあるんです。」
「…え?」
「男として、まだ、貴女を幸せにできるには未熟だと思っています。」
「…遥。」
「だから、あの町に帰る時まで、千歳さんとは、結婚を前提に付き合ってほしいです。」
「まぁ、そうだよね。」
遥も、戸惑っていて、色々と考えている。
歳のわりには、充分、しっかりしてるように思うけれど、あの屋敷の跡取り息子である以上、半端な気持ちで結婚するわけにはいかないよね。
だから、自分も半端な気持ちで遥と付き合ってはいけないな。
彼が、真剣に、将来のこと見据えているなら…
私もそれに、答えることが礼儀だと思ったのだった。
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