眠れない夜
ドクンドクンと、聞こえそうなくらいの心音が鳴る。
微動だにしない遥の指が、私の唇に当てられる。
「はぁ。鈍い貴女には、これくらいしないと、気付いて貰えそうにないんですけど。オレのほうが、耐えられないので、止めます。」
そう言いながら、指を離した。
「…ど、どういう意味よ!私をからかったの!」
「……この家にいると、悩み事や何かに迷った時に、自分の心と向き合えることができるんです。」
「は?…今は、そんな話してないでしょーが!」
「寧ろ、千歳さんには、朝までここで、少し考えて貰いたいですね。」
「…何を?」
「…まぁ、それは、貴女次第ですけども…。とにかく寝床に案内しますね。」
苦笑しながら、その部屋に向かった。
さっきの大きな居間から、廊下の突き当たりに、綺麗な襖があった。
「…な、なんか、やっぱ…緊張するなぁ。」
「布団が敷いてあると思います。あと、浴衣が置いてあるので…使ってくださいね。」
遥は、一通り説明した後、スマホの画面を見た。
「…はぁ。明日の朝、迎えに来ますので。ゆっくり休んでくださいね。」
「遥、今から師範と父さんに会いに行くの?」
「そうですね。貴女のことは、お父さんに言っておきますから、心配しないでください。」
「うん。ありがとう。」
なんだか、照れくさくて、俯いたまま答えた。
それから、遥が、出ていった後、私は、用意された浴衣に着替えた。
着なれないせいか、少し、落ち着かないけど…
まるで、旅館に泊まっているみたいだわ…。
布団に潜ると、今日1日の出来事に落胆する。
せっかく、この町に、15年ぶりに帰って来たというのに…長い1日だった。
師範と父さんの得体の知れない企みに翻弄され、二人を黙らせるほど、静かに怒っていた遥――。
結局、企みは、教えて貰えなかったけど…
遥のヤツ、不安な私を労って、この場所に連れて来てくれて、どこまでも世話焼きなお坊っちゃんだな。
ちょっと、私を甘やかしすぎなのよねぇ。アイツは…
全く、どんだけ、私が大好きなのよ!
トクン…
ん?好き?
遥が、私を?
あはは!
「エエッ―!」
私は、思わず布団から、起き上がった。
いやいや!
確かに、私は、初恋の相手だったけどさ…
今は、違うでしょ?
再会してから、そんな経ってないし、初恋の昔話は、聞いたけどそれだけで、他にはそんな兆しは…
昔話の後に、あのキスをしたのは、アイツも男だし本能的に我慢できなかっただけよ。
お、落ち着け!私!
ただの勘違いだったら、メチャクチャみっともないじゃないか!
その後、気まずくなって連絡しなくなったっけ?
風邪をひいて、一晩中、看病したな。
まぁ、ここまでは、特に問題ないよね。
やれやれ。やっぱ、この家は物事を冷静に考えさせてくれるよ。
それで、この町に帰る予定立てたついでに、クリスマスイブの予定も決めた…
クリスマスイブ…
なんで、私と過ごしたかったのかしら?
うーん。
『…だから、貴女と過ごしたいんですよ。』
あれは、特に予定ないと言ってたから…よね?
最終的に、クリスマスイブは、飲んだくれて色気ないものだったし…。
けど、遥のヤツ、Hしたそうだったな。クリスマスイブの雰囲気でってこと?
今日、帰って来るまでは…師範と会うなって、言われて怖かったくらいかな?
まぁ、電車の中で、私の肩に頭乗せて、手を握って…
ん?
さっきは、鈍感だとバカにされて私が、他の男とお見合いさせられるのではないかと、想定したら…
『他の男性とお見合いなんてオレが、させませんけどね。』
んん?
この家に泊まってくれと言われて…
男の顔で、私の頬に触れて唇にまで…
『鈍感な貴女には、こうしないと、気付いて貰えなさそうなんで…』
タラリ。(汗)
「…マ、マジで?」
一気に、顔が熱くなった。
ドキドキと、心拍数が上がってくる。
JKじゃあるまいし!
なに、遥相手にドキドキしてんの!
不安な夜から一転、
今度は、遥の気持ちに気付いてしまった私。
恐るべし、
有里家所有の母屋!
私の心など、お見通しだと言わんばかりの張りつめた空気の中…
私は、一晩中、
遥のことが頭から離れなかった。
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