有里家の母屋にて。
遥に連れて来られたのは、有里家所有の母屋だった。
威厳ある日本家屋に、自分にはちょっと、場違いな感じがした。
「お待たせしました。」
遥は、ポットと湯呑みと急須が入ったお盆を持って部屋に入ってきた。
「お湯を沸かしてあったみたいで、煎茶しかないですけど…」
湯呑みを差し出されて、
「お、お構い無く。」
思わずぎこちなく話す。
「どうしたんです?かしこまって。」
「う、うん、なんかさ、この家に入った瞬間に、空気が凛としててさ。変に、緊張するのよ。」
「フッ、そうですね。ここにいると集中力が、高まるんです。学生の頃はよく一人で勉強してましたね。」
「へぇ。そうなんだ。」
はは、目に浮かぶな。
正座しながら、集中して勉強する姿を想像してみるとやっぱり、絵になるなぁ。
「…少し、落ち着きましたか?千歳さん。」
遥は、頬杖つきながら、尋ねた。
あ…
そういえば、さっきのイライラやモヤモヤが消えていた。
「……そうかも。」
「あの人たちにも、少し冷静になって貰わないと困りますね…」
「だから、ここに連れてきたの?」
「ええ。貴女の不安をこのような形で、持たせてしまってすみません。」
「……遥。」
そこまで、考えてくれたんだ。なんか…嬉しいな。
前から一度、聞いてみたかったんだけど…
なんで、ここまで私を助けてくれるのかしら…
「ねぇ、なんで、私なんかのために、色々と助けてくれるのよ?」
すると、
照れた顔をしながら、そっぽを向いて遥は、答えた。
「…貴女は、思った以上に鈍感ですよね。」
「はぁ?鈍感?」
「そうです。…祖父と貴女のお父さんからの頼みなんて、よく考えれば気づくはずなんですが…」
いや、だから、
それがわかんないから不安なんだってば!!
「…私だって、色々、考えたわよ。師範と父さんの企み…」
「何ですか?」
「…遥の結婚相手を、私が見定めて悪い女がつかないように、今から決めるとかでしょ?」
「フッ…、凄い想像力ですね。よくそんなこと考えられますね。」
クスクスと笑う遥に、思わず…ムッとした。
「うるさいわね!!こっちは真剣に考えたっての!」
「でも、違いますよ。」
くそ!!
頭くるな!
絶対に当ててやる!
「だったら、知らない男と私が見合いさせられて、無理やり結婚させられるってのは?」
「…それも、違います。でも、貴女と他の男性のお見合いなんて、オレが、そんなことさせませんけど!」
「ええ!それも違うってーの!じゃあ、本当のこと言いなさいよ!」
「…はぁ、嫌ですよ。ここまで、鈍感な人には教えません。」
「ぐぬぬ!鈍感、鈍感、言うな!バカ遥!!」
「それは、こっちのセリフですよ!」
厳かで、凛とした、日本家屋だというのに…
またもや、
ギャーギャーと騒がしい掛け合いが始まる。
しばらく、言い合っていると、遥が思い出したように答えた。
「千歳さん、今日は、もう遅いので、ここに泊まっていってください。」
「は?何で?」
「このまま、貴女を帰してもいいんですが…お父さんに色々と聞かれますよ?」
げっ!
わ、忘れてた。
遥と向こうで再会したこと根掘り葉掘り、聞かれる!
イヤ、別に、やましいことは一切ないんだけど…
その時、遥にキスされたことを思い出した。
ギャー!!やましいことしてんじゃん!
でも、あれは、遥が勝手に我慢できないって感じで…
うわ〜!ハ、ハズい!!
「千歳さん、顔が赤いですよ?何を想像しているんですか!」
「え!!…イヤ、別に、やましいことでは…」
キスされたことを思い出したなんて、言えるか!!
「何もしないので、安心してください。オレは、家に帰るので…」
うっすら赤い顔した遥は、視線を逸らして、答えた。
「え?帰るの?」
「はい。あのお二人を、説得しないといけないので…帰ります。」
「…そ、そっか。」
なーんだ。帰るのか…
つまんないなぁ。
ん?
つまんない?
何で?
考えていると、遥が、立ち上がり、私の横へ移動して正座した。
「それとも…一緒にいたいですか?」
真っ直ぐに見つめる瞳は、熱っぽく妖艶だった。
「え?」
「…このまま、一緒にいれば、どうなるかわかって言ってるんですか?」
遥の指が、頬を伝う。
急に、心音が激しく鳴り、顔に熱が集まる。
「…っ…は、遥?」
「そんな赤い顔して、オレのこと誘ってます?」
指が、唇に押し当てられ、動くことができない。
遥?
いつもより、強引で、意地悪な遥は、間違いなく大人の男そのものだった。
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