不安な夜
この家が、珍しく騒がしい年末の夜…
インターホンが鳴って、父さんに出迎えられた遥が、リビングに顔を出した。
「お祖父さん!」
「なんだ、遥も来たのか。ちょうどいい、話を聞きなさい。」
「ダメです!その話は、あなた方が、勝手に決めることではないでしょう!」
いつになく、厳しい表情の遥に息をのむ。
「む。しかし…」
「その話は、千歳さんの意思と自由が尊重されなくなります!」
「は、遥?」
あ!
ヤべっ!
つい、いつもの癖で…
私は、
口を両手で押さえた。
「千歳、遥くんと会ったことがあるのか?」
「…そ、それは…その…」
私が、口ごもっていると、横から遥が、私の前に立った。
「実は、千歳さんとは、3ヶ月ほど前に、向こうで偶然、再会したんですよ。」
「何?本当か!!遥!」
「はい。」
「何故、三日前に連絡した時、言わなかった!」
「あの話を聞いたら、言えるわけないですよ。二人で事を進めるつもりだったのでしょう。」
いやいや…
全然、話が見えないんですけれど…
ていうか、一体、何の話?めちゃくちゃ、怖いんですけど…。
「とにかく、その話は、今することではないので!ほっといてください!」
遥は、師範と父さんに啖呵を切って、私の手を握って足早に家を出た。
庭に、停めていた1台の赤い車の前で、足を止めた。
「乗ってください。」
助手席のドアを開け、遥は私を促した。
「どこ行くのよ?」
運転席に座り、エンジンをかける遥を横目に、問いかけた。
「…有里家の、私有地にある母屋です。」
「母屋?」
「はい。集中したい時とか一人になりたい時に、いつも使うんです。」
「ふーん。」
さすが、有里のお坊っちゃんね。もしかして、別荘とかあったりして!
「…すみません。帰って早々に、お騒がせして。」
遥は、そう言いながら、ハンドルを握りしめ、じっと前を向いて運転していた。
「全くだよ!師範は、いきなり来るし、あの話だの、その話だのと言われてもわかんねぇつーの!!」
私は、窓枠に肘をついて、ふてくさった。
「…そう、ですね。千歳さんにしてみれば、不安ですよね。」
「不安よ!父さんも師範もあんたも知ってて、私だけ蚊帳の外みたいで…なんかすごく、淋しいわよ!」
遥は、それ以上、何も言って来なかった。寧ろ、どこか申し訳なさそうな表情で言葉を飲み込んでいた。
師範が、折り入ってお願いがあるって言ってた。
お願いって…何?
も、もしかして!
知らない男と見合いさせられるとか?
父さんが、縁談があるとか言ってたし…
それとも、この歳になって海外留学させられるとか?
他にも、色々と嫌なを想像してしまう…
『…屋敷を継いで、結婚して子供を授かる…』
ふと、
父さんの話が頭に過った。
師範のお願いって…
孫である遥の結婚相手を、この私が見定めて、決めてほしいってこと?
要するに、変なムシ(女)がつかぬように、今から婚約者を決めておくほうが、後々、問題ないと?
うーん。
可能性あるな。
遥が、結婚するとしても、先の話だけど、近い未来ではあるし…
ズキン!
ん?
まただ。胸が痛い?
師範のお願い事を、色々と考えているだけなのに…
何故、私が傷つくのよ?
「……さん。千歳さん?」
知らぬ間に、遥が、私を呼んでいた。
「…え?…何?」
「着きましたよ。」
車を下りると、立派な佇まいの日本家屋があった。
遥は、
鍵を開けて中へと入った。私も、それに続いた。
「お、お邪魔します。」
玄関に上がるなり、廊下を進むと、大きな和室にたどり着いた。
「…り、立派だね。」
「そうですか?…お茶を入れてくるので、座っててください。」
遥は、そう言って部屋を出て行った。
大きな長机のこたつに、ゆっくりと、腰を下ろした。
なんか…
厳かというか、凛としたこの空気に緊張するな。
私みたいな、人間が入っていいのか…
心底、疑問を感じるのだった。
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