不安な夜
帰って来た。
けど…
久しぶりの父さん家は、思った以上に汚かった。
我慢出来ずに、帰って早々に、掃除を始めた。
「全く、男の一人暮らしだからって、ここまで汚いと体に良くないわよ。」
「そ、そうか?仕事してるとついつい掃除することを忘れる。」
「いい加減、再婚でもしたら?誰かいないの?」
「ははは。こんな年寄り誰が相手にしてくれんだ?」
「…まぁ、父さんがいいなら構わないけどさ。けど、掃除くらいはしてよね。」
「お、おう。」
まぁ、あの人と一緒にいた頃は全然、家事しなかったからね。仕方ないっちゃ仕方ないけど…
最近の、若い男子の一人暮らしだって、ちゃんと家事するからね。
お坊っちゃんの遥も、ちゃんと家事して、部屋もキレイにしてる。
それから、掃除を一段落させた後、夕食をとった。
「お前は、いい人いないのか?そんな男がいるなら、早く連れて来い。」
あはは、始まったよ。
お盆休みに会った時は、彼氏がいるって、言ったけど今は、お一人様ですから。
「そんな男いたら、いち早く連れてくるし。今は、いないってこと。」
「彼氏がいたんじゃなかったか?」
「とっくに別れたわ。」
やれやれ。
こういう話したら、しつこいんだよね。この親父…。
「…なんなら、縁談の話があるぞ。どうだ?」
「いらないわよ。暫く、恋愛はお休み。」
まぁ、最近は、遥と会ってアホな話したり、飲んだくれたりしてるけどさ。
ヘタな男と付き合うより、昔なじみの遥と一緒に遊んでるほうが楽しいわ!
「そういや、有里遥くん覚えてるか?」
突然、遥の話をふられて、吹き出しそうになった。
「…え?えーと…」
遥には、父さんには言わないほうがいいみたいな感じがしたし…
「遥くんも、向こうで働いているみたいだな。」
「へ、へぇ。お坊っちゃんだったんじゃないの?」
「向こうで働いて、時期がきたら、こっちに戻ってくるみたいだ。有里のじいさんが言ってた。」
有里のじいさん…
つまり、師範のことよね。
「父さん、師範とよく会ってんの?」
「ん?ああ、あのじいさんは、俺の師匠だからな。」
「は?そんな話聞いたことないけど…」
ヤバいな。あの師範と父さんが師弟関係って…
つーか、あいつ、ちゃんと言いなさいよね。
「遥くんが、何れ、この町に帰って来て、あの屋敷を継ぎ、結婚して子供を授かるとなると実に、感慨深いな。」
ズキッ…
何?
今…すごく胸の奥で痛みを感じた。
「千歳?どうした?」
「え?べ、別に…」
いつまでも、私と一緒にいれるわけない。そんなことわかっているのに…
でも、
実際、人の口から言われるとなんか、ツラいというかモヤモヤする。
その時、スマホから着信音がなった。
画面をみると、遥からだった。
「…父さん、ちょっとごめん。」
頷く父は、気にせず食事を続けた。
急いで、2階の私の部屋に入ってから…
「遥?どうしたのよ!」
『ち、千歳さん、逃げてください!』
「…は?」
『祖父が、貴女の家に行ったみたいです!』
「げっ!マジで?」
ピンポーン!!
「……む、無理みたい。今…師範が、来たかも。」
『…っ!オレもすぐそちらに行きます!!』
慌て果てた遥は、いきなり電話を切った。
ああ!!
どうしよう!!
万事休す、だー!
「おーい、千歳、降りて来い。師範が来られたぞ。」
ううっ!やっぱり…
怒やされる!
私は、はい、と言って一階に降りた。
恐る恐る、リビングに入ると、ソファーにガタイのいい年老いた男性がいた。
白髪が増えたみたいだけど間違いなく、師範だ。
私に気付いた師範が、ニコリと笑った。
「ははは!久しぶりだな。千歳ちゃん!随分とべっぴんさんになったな!」
「ご、ご無沙汰しております。師範。」
「はは、実はね、千歳ちゃんに折り入ってお願いしたいことがあってな!」
か、変わってねぇ!
マシンガンの如く、次々に喋ってくるところ…
鮮明に思い出したよ。
「…え、えーと…お願いとは、何ですか?」
若干、声が震えながらも、笑顔で対応するしか出来なかった。
「黒沢、あの話をしても構わんな!」
「はい。後は、千歳の返答次第ですが…」
私の返答次第って、どういうこと?父さんまで一緒になって!
こ、これは、自分から謝ったほうが身のためだ!
「師範!すいません!15年前に勝手にいなくなって、遥のこと、泣かして、傷つけて…だから…その…あの頃は、子どもで…」
私は、ペラペラとまくし立て頭を下げて、謝った。
だけど…
「千歳ちゃん、遥のこと覚えてくれていたのか?」
師範は、目を丸くして、呆然としながら答えた。
げっ!
マズい!
遥のこと言ってしまった!!
すると…
ピンポーン!!
家のインターホンが、やたらと、大きく聞こえた。
もしかして…遥?
た、助かった!!
年末のくそ忙しい時期…
静かなはずのこの家は、何故か、騒がしい夜の始まりを迎えるのでした。
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