遥の回復とあの町の帰省話
翌日。
昨夜、ソファーで横になっていた私は、遥の様子を窺う。額と耳たぶを触ると、昨夜ほど熱くなかった。
あとは、体温計で測ってみるしかないか。
「はぁ。」
安堵のため息をつき、洗面所へと、足を運んだ。
暫くして、遥がムクリと起き上がってきた。
「…千歳さん、昨夜、泊まってくれたんですね。」
「まぁね。あんた一人にしたら、また、無理するでしょう?」
「…あ、ありがとうございます。」
遥は、少し照れくさそうに礼を言った。
「昨夜、途中で起きた時、まだ熱があったけど、お粥食べてたし、大丈夫みたいだね。」
「はい。喉の痛みも鼻の調子もマシになりました。」
「まぁ、用心に越したことないから、着替えた方がいいわよ。」
はい、と言って、遥は、クローゼットの中から、代えのパジャマを取り出した。
「朝ご飯…といっても、もう昼前だけど、ご飯、食べられる?」
「そうですね。」
だいぶ、顔色も落ち着いてきたみたいだな。
食事を済ませて、薬を飲みながら、遥が言う。
「…千歳さん、オレに、電話かけてきてくれて、ありがとうございます。」
「ははは。まさか、風邪ひいてるとは、思わなかったけどね。」
「…ホントは、連絡したかったんですが……怖くて、できなかったんです。」
ありゃありゃ。
私と、同じこと思ってたんだね。
「私も同じよ。あんたに愛想尽かされたんじゃないかと思ってた。」
「…そんなこと…思ってないですよ。」
遥は、項垂れて答えた。
「お互い様ってことよ!それより、あんたに訊きたいことがあるのよ。」
「…何ですか?」
「年末年始、父さんに会いに行くんだけど、あの町の行き方が、わかんなくて、教えてほしいの。」
「…あの町に…」
遥は、片手を顎に添えて、少し考えてから、私に視線を戻した。
「…なら、オレと一緒に帰りましょう。」
「え?いいの!」
「はい。貴女が行くなら、オレも一緒に帰ります。」
嬉しそうな表情の遥は、勢いよく私の両手を、握りしめた。
「…あんたねぇ。風邪ひいて人恋しいのはわかるけどちょっとスキンシップしすぎない?」
「すみません。とても…嬉しくて。」
力強く握りしめる手は、遥の喜びが、伝わってきた。
「そ、そんなに、私と帰りたかったの?」
「…はい。千歳さんに再会してからずっと、一緒に帰れたらと、思っていたんです。こんなに、早く…実現するなんて…」
話す口調が、若干、震えているように感じた。
「…とにかく、年末年始の予定が、決まったらまた、教えてよ。」
「……はい。」
「あの町も、ずいぶんと、変わってんじゃない?」
「…そうですね。駅前に、大型スーパーが出来ていたり、道場の近くにコンビニがあったりします。」
「へぇ。そうなんだ。」
正直、遥に、昔話を聞くまであの町の記憶すら、忘れていた。
父さんとは、おばあちゃん家で、会っていたから、あの町に行くこともなかったんだよね。
本当は、この年末年始も、おばあちゃん家に帰るつもりだったんだけど…
兄さんに、話しを聞いたらつい、父さんに、帰るとメールしちゃったんだよね。
「千歳さん。」
「何?」
「オレも、貴女に訊きたいことが、あるんです。」
「え?何?」
「…この間、駅の改札口で話しをしてた男性は、誰ですか?」
駅の改札口?
ああ。兄さんのことか?
「あれは、兄さんよ。あの日、こっちに日帰りで、出張に来てたのよ。」
「…お兄さん、ですか?」
「親の離婚で、別々に、暮らしてたけど…連絡は、取っていたの。今は、結婚して名古屋にいる。」
「そう、ですか。」
「何よ、いたんなら声かけなさいよ。」
あ…
そうか!あの時、気まずくて会えなかったか…。
「…貴女のお兄さんが、まだ高校生の頃に、道場で1回見たことあります。」
「マジで?あはは!この前の姿と、全然、変わっているでしょ!」
「……はい。千歳さんの恋人かと。」
「ちょっと!やめてよね。ヘンな想像するの!」
遥は、ため息を吐いて、微笑んだ。
「お父さんにも、連絡をしているんですか?」
「そうよ。おばあちゃん家で会ってた。」
「…お母さんは、お元気なんですか?」
遥の問いかけに、一瞬、
固まってしまった。
ここで、本当のことを遥に言っても良いものか、考えてしまう。
こいつのことだから、余計な心配させてしまうわね。
「…元気だよ。」
そう、笑って、
答えるしかなかった。
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