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D・E・D

残酷な描写がかなりあります。苦手な方はご注意ください。




誰かが「あーあ」というのが聞こえた。

店の中の雰囲気が緊張から憐憫に変わっていく。

自分がこのまま連れ出されても、この中の冒険者たちは誰も何もしなかっただろうにとアルは思うのだが、それはダンカンへの信頼からなのかもしれない。


「…出て来たな、ダンカン」


男の一人がニヤリと笑ってダンカンの顔をねめつける。

その表情に、剣を抜こうと構えていたダンカンが構えを解いて首を傾げた。


「俺を知っているのか?」

「知ってるかって?そりゃあ知ってるさ。王都の有名ギルドに所属していた豪傑だ。知らない奴がいる訳ないだろう?数々の冒険の事だって町の子供すら知っているじゃないか」


アルは入り口近くの男に抱えられたまま、話を聞いている。


「それが、どうした?」

「…あんたみたいな強者はさ、俺達みたいな弱者なんぞ知らないんだろうな?自分の周りの英雄たちとは仲良くしても底辺の冒険者なんて眼中にもないんだろう?」

「…何が言いたい?」


ダンカンの顔に不可解さと苛立ちが混ざった表情が浮かぶ。


「あんたのおかげで、こっちには大した仕事が回ってこないんだよ。いつまでたってもランクの上がらない冒険者なんてやってられるかよ」


ダンカンが溜め息を吐く。

周りの冒険者たちも蔑んだような顔で男達を見ていた。


アルもその光景に内心溜め息を吐く。

どう見てもこの男達は努力をしている風には見えなかった。安いだろう革製の鎧はあまり傷がついていないし、腰に下げている剣の握りはすり切れる事もなくまだ新品のようだ。一番劣化するだろう靴も汚れらしいものも見つからず、踵がすり減ってもいない。つまり鍛錬などという努力は、はなから放棄をしているのだろう。

冒険者と呼ばれているが、ようは肉体労働者である。鍛えずに金も名誉も掴めることはないはずだ。


しかし、なぜだろう。

逃れようと動く事を止めてアルは思案する。

この場所はダンカンのギルドだ。つまり完全なるアウェーで喧嘩を挑んで勝ち目があるなどと本気で考えるものだろうか。

いや、ありえないだろう。姑息ならそれなりに勝機があると踏んで喧嘩を売っているはずだ。その証拠のように男達は誰一人焦ってもおらず余裕さえ見えている。


では、その勝ち目とはいったい何なのか。


『ギア―』

アルの耳に小さな叫び声が聞こえた。

それは遠くでしているもので、まだ人間の耳には届いていない。エルフの耳は人間よりも発達しているから聞き取れたのだろう。

アルは入り口の近くにいたせいで、それが外からだと気付けた。


『ギャアー』

次の声はアルを抱いていた男にも聞こえたようだ。


「来たぞ!」

「ははは!ダンカン!お前の無能さを思いしれ!!」


話していた男が入口へ走る。


「なに、を」

『ギャアアアアアアーー』


男を追いかけて外に出たダンカンは、勝ち誇った男たちの表情を一瞬見た後に、街を覆い尽くす影に気付き空を見上げた。

そして絶望的な唸り声をあげる。


「…なんで、ダークエンシェントドラゴンが、人里に居るんだ…」


アルも空を見上げていた。

それは真っ黒で巨大な羽を持つ爬虫類だった。ダンカンの呟きからドラゴンであると思われたが、そんなものは見た事もなく知りもしない。


上空に居るはずのドラゴンの羽ばたきで、地表に激しい風が起こっている。

町に出ていた露店や屋台が突風のせいで倒れたり壊れたりしている。街中を歩いていた人達もいきなりの襲撃に叫び声を上げて散り散りに逃げまどっていた。


アルを抱えていた男が地面にアルを叩きつける。いきなりの事で受け身すらできないアルは頭を強く打ち付けて立ち上がれない。


「ダンカンの息子だってな。お前も良い思いしかしてないんだろうよ。地獄へ落ちな!」


腹を思い切り蹴り上げた後で男は急ぐようにその場を後にする。

蹴られた腹を抱えていたアルは、上の方から金属が擦れる様なガチャガチャとした音が響いてくることに気付き、眩暈の残る頭で音のする上を見上げる。


空にいる黒いドラゴンが口を大きく開けていて、その口の中から何かが出ようとしていた。赤くて大きな炎。

それがドラゴンのブレスであることをアルは知らない。ただその焔の塊が地面に吐き出されたらここら辺一帯は火の海になるだろうと想像は出来た。


炎が逆巻く音はあんな金属みたいな音がするのか。

どこか冷静に見ている自分に、アルは苦笑を浮かべる。

ここに来る前に捲かれた爆発の事を考えると身震いもするが、あれに対抗する術は今のアルにはない。それは本人が一番よく分かっていた。


ゴボッという音と共にブレスが吐き出される。

逃げなくちゃと思いながらも、何処へ逃げればいいのかも分からないアルは立ち上がってドラゴンをじっと見つめるしか出来なかった。


「アル!!」


その時横からドンと押されて、アルは崩れた壁際に飛ばされる。

押した相手を見ると剣を片手にしたダンカンがいて、目線があった次の瞬間にはドラゴンの業火で焼かれてダンカンは塵となった。


アルがその炎に焼かれることはなかった。しかし運悪く突き飛ばされた先には瓦礫があり、アルは背中から腹にかけて瓦礫の中にあった木材に貫かれていた。


「…は…」


辺りからは肉の焼ける臭気が漂い、建物や街路樹に燃え移った火が町を舐め回すように焦がしている。見渡す限り生きている人はいない。

アルは自分の腹から流れている血を右手で拭ってみる。その量の多さに自分はもう駄目なのだろうと諦めかけた。


その時、建物の影から人が現れた。

真っ青な顔をした女性で、アルの傍に恐る恐る近づいて来て屈み込む。

その服装に見覚えはないけれど、向こうでのシスターに似た格好だとアルは思った。教会の傍を通ると、裾の長い頭巾を被り足元までのワンピースの様な服装の人が何人か道路を掃き掃除していて、通りすがりの琥珀に挨拶をしてきたこともあった。

何だか懐かしい。


「今、治します」


女性はそう言って小声で魔法の詠唱を始める。


「遠き天空におわします女神エフェドラよ、願わくばあなたの使徒に最大級の恵みを与えたまえ。“リトホーリーワード”」


女性の手が光りを放ち、その光がアルの傷を包み込む。

必死に集中している女性の顔を見ているアルの視界に黒い影が映った。それは巨大な爬虫類の爪で。

アルは自分に屈み込んでいる女性の首が飛ぶのを止められなかった。


音を立てて遠方へ投げられたそれを見た後で、ドラゴンが自分の顔を覗き込んでいる事に気付く。大きな頭。それだけでアルの体ぐらいはありそうだ。熱い息が顔にかかる。先ほど振るわれた手はアルの前にいた人物の物言わぬ身体を踏みつぶし、更に顔を寄せてくる。


心臓がシンバルのように大きく鳴り響いていて、アルは呼吸も上手くできない。

何かを確認するかのようにじろじろと見た後でドラゴンは身を引く。クルリと後ろを向くと、背中に人がいてその人物もアルをじっと見ている。

恐ろしさが消えないままアルも見返すと、その人物はフンと小さく鼻を鳴らした。


「白いのが死にそうでも助けてはやらん。だが、潰すのは止めてやる。せめてもの情けだ、そのまま息絶えるがいい」


荒い息をしたまま見つめるアルをもう一度見降ろしてから、その人物はドラゴンを操り上空へと消えていった。



辺りは一面の焼け野原だった。

その惨状を何と言ったらいいのか。多分町の殆んどが焼かれてしまったのだろう。アルが気付かなかっただけで冒険者や戦士や魔法使いがドラゴンに戦いを挑んだのだが、余りの力量差になすすべもなかったのだ。


それはアルの村が殲滅されたのと同じように。

力の強い者が町を壊滅させたのだった。


アルは自分の前にある血溜まりを見る。

それから空を見上げてギュッと目を閉じた。


「ごめんなさい、僕なんかの為に。それから……有難う」


アルは自分の腹を貫通している木材を何とか抜いてから、小さく唱えてみる。


「遠き天空におわします女神エフェドラよ、願わくばあなたの使徒に最大級の恵みを与えたまえ。“リトホーリーワード”」


言葉が終わると同時に自分の身体が光り、癒されていくのが分かる。

その感覚を感じながら、アルはたまらずに涙をこぼす。


自分以外に誰も生きていない焦土で、アルはただひたすらに泣き続けた。







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