冒険者ギルド
ロクナントロア国、南の大森林の近く。
トリアスタンという城塞都市の中に、アルが所属する「不破の盾」冒険者ギルドが有った。
取り敢えず、ダンカンの部屋を借りて一夜を過ごした後に、アルはギルドの食堂兼居酒屋で朝食を貰ってから、ダンカンから説明を受ける事になった。
「しかしまあ、この一帯でエルフは見かけないから、好奇の目にさらされるのは覚悟してくれよな?」
「…うん。」
食堂に座っているだけで、他の冒険者からじろじろと不躾な視線を浴びているアルは、ダンカンの言葉に力なく肯く。
「この町だけじゃなく王都にもエルフは少ない。魔法を使いこなせるエルフは引っ張りだこだし、狙われやすい。…まあ別の理由でも重宝されているが、それは大人の話だしなあ。」
ああ、欲望の対象になるって事か。
アルが納得して軽く頷くと、ダンカンはニヤリと笑った。
「話が通じたのなら良い。だからお前は俺が引き取る形になる。俺の子供に手なんか出しやがったら、ただでは済まないって皆も分かるだろうしなあ。」
ねめつけるようにダンカンが周りを見る。
アルを値踏みするように見ていた男たちが、一斉に視線を逸らした。
「お前の親が返せって来たら返してやるけど。」
「…それは無い。」
両親とも人間に殺された。
本当の父親は生きているだろうが、遠く離れているから事の次第は分からないだろう。それにアージュの話しぶりだと、自分が父親だとすら知らないだろうから。
「そうか。じゃあ後で役所に登録してくる。お前は今日から俺の息子、アル=エルライ。まあ、よろしく頼むぜ?」
「…うん。」
少し赤い顔をして微笑む巨漢を前にして、アルは小さく肯いた。
感動している大人を見て、申し訳ない気持ちになる。
残念だけど、僕はあなたほど心を動かされない。
俯いているアルの頭を撫でながら、ダンカンは次の話をしだした。
「で、だ。俺の子供だからまだギルドには所属しなくても構わない訳だが、お前はどうしたい?」
「…ギルドって何?」
アルの質問にダンカンが目を丸くする。
それから盛大に頭をがりがりと掻くと、はあっと溜め息を吐いた。
「そうか。…そこから説明しなきゃいけねえな。」
少し面倒そうな顔を見て、アルが聞く。
「何か説明が書いてある本があれば、それを読むけど。」
「ん?そうか。…あったかな。」
ダンカンはステラのいる受付カウンターの奥に入っていって、何やら探し始める。
ステラは興味深そうに二人のやり取りを聞いていたが、あえて口は出さなかった。しかし自分の後ろで大きな男が何やら動いているのは嫌だったのだろう、ダンカンの横に行って本を数冊手に取ると、それを胸に押し付ける。
「これですよ、マスター?」
「おお、悪いなステラ。」
持ってこられた本を捲ってアルが読み始めると、ダンカンは仕事があるからと奥の部屋に引っ込んで行った。
食堂には冒険者たちがいるが、皆アルに話しかけようとはしない。
先の脅しが効いているのだろう。
《ギルドの歴史》
(そもそもギルドというのは鍛冶屋のギルドから始まった。
当時鍛冶屋という職業は農家や貴族と違い、集団で仕事をする性質のものではなかったが、互いの情報交換や安全を確保する意味で、組織を作る事になった。それが全てのギルドの始まりである。
労働者の当然の権利も国に訴えるには集団の方が都合が良かったし、弁に長けているものを探して話させるのもギルドという組織があってこそできることだった。
そのうちに魔法使いや聖職者たちも自衛の為にギルドを作りだした。
こうして色々な職業がギルドを作っていき、職業としては傭兵崩れだったならず者の集団と呼ばれていた冒険者たちもギルドを起ち上げた。いわば必然だったといえよう。
近年では、ギルドと言えば冒険者ギルドを指すぐらいに発展している。)
…そんなに儲かる仕事なのかな、冒険者って。
アルの疑問は次のページに書かれている項目で、消える事になった。
(冒険者は無限に稼げる職業である。ただし、己の才覚に左右されるが。
魔法使いも聖職者も戦士も、ただそれだけでは賃金は発生しない。それぞれ雇われ先があれば給料は発生するが、冒険者の稼ぎに比べれば雀の涙だ。
魔物を退治する事によって貰える報酬は、一般的な給料に比べればはるかに高い。)
…誇張し過ぎじゃないか?
それとも煽って、冒険者になれって事かな。
アルは本の題名を見直してみる。「冒険者の勧め」と書いてあった。
…さもありなん。
アルは話し半分で読む事にして、続きを黙読する。
(各ギルドにはギルドマスターが存在する。ギルドマスターは現役を引退した冒険者がなるのが普通だが、現役の冒険者がマスターをしているのも珍しい事ではない。もともと腕っぷしだけで冒険をする者達をまとめるためには、自分も相当に腕が立たなければ誰も言う事など聞かぬだろうから、必然である。)
なるほど。
カウンターの奥に引っ込んでしまったダンカンも、相当腕が立つのだろう。
それならば、武術に関しては彼に習えば良い。
アルは自分の資質を見極めたいと思っている。魔法がどれくらいできるのか。剣術や体術はどれくらいできるのか。やってみなければ分からない。
そんなアルの前に人が立った。
アルが見上げると、本を取り上げてからにやにやと笑う。
「エルフちゃんが冒険者なんて、ならなくて良いんじゃないかな?」
「可愛い顔で世間が渡れちゃうと思うよ?」
三人組の男はニヤニヤしながら、アルを見降ろしていた。
周りの冒険者たちが、水を打ったように静かになったのも気づかない。
「何でこんな所に居るのかな?」
「ひとりなら、お兄さんたちがこの町を案内してあげるよ?」
男の一人がアルの頬を撫でた。
ガサガサした手で気持ち悪いな。
アルが嫌がって手を払うと、男は怒った声で言った。
「おいおい。人が親切で言っているんだからそんな態度を取っちゃ駄目だぜ?」
「まだ子供だから、俺達の凄さが分からないんだろう?」
凄さって、見た目で分かるのか?
見ただけで分かる凄さを身に付けているとは思えない男たちを冷静に見ていると、不意に男の一人に抱きかかえられた。
「さあ、街を見に行こうぜ。」
さすがに抵抗するが、身体をしっかり抱えられていて、降りる事も出来ない。
ギルドから出て行こうとする男たちに、地の底から響くような声が聞こえる。
「…お前たち、俺の息子を何処に連れて行くんだ?」
三人の男は後ろを見てぎょっとする。
物凄い形相のダンカンが腰の剣に手を掛けたまま、立っていた。
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20170127誤字修正