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人間社会へ




アルは自分の顔に出来ている傷を触った。

身体は殴られた後で、何処も彼処も痣だらけだ。




日差しも穏やかな日、平和なホブゴブリンの村に突如として火柱が立ち昇った。


「きゃあ!?」

「ドウシタノ!?ナニガオコッテイルノッ!?」


男達が狩りに出ている時だったので村には少数の女のホブゴブリンと女の人間しかいなかった。女の人間はどれも身籠っていたし酷い扱いで正気の者はいなかったから村がパニックになるのは一瞬だった。


村の広場に居たアルは慌ててアージュのもとへ帰り事態を話す。


「お母さん!村が焼かれてる!」

「え?」


アージュはベッドから起き上がり村を守るために水の魔法を放つが、燃え広がる炎の勢いを消すことは出来ない。更に村の外から何発もの魔法が撃ち込まれる。


「…駄目だわ、精霊の力が弱すぎる。」


アージュは小さく悔しそうに呟く。

炎に捲かれながらアルを抱えて立ち尽くす。村の外の森には人間たちがいるだろう。外も中も火の海では何処にも逃げ場はなかった。

仕方なくそのまま家の中に入ってアルをベッドの下へ隠す。


「じっとしているのよ、声を出さないでね。」

「でも。」

「黙っていて。」


アルに外の様子は分からない。

木の燃える臭いと共に、肉が焦げる臭いがした。

女たちの悲鳴と絶叫が聞こえたが、アルはギュッと身を固くして声を出さなかった。

やがて外から入って来た人間たちがアージュの家にも入って来る。


「…エルフか。」


ベッドの上に寝ているアージュを見て、人間の男が呟く。


「…悪いが女は全部殺せとの命令だ。ホブゴブリンの子供が増えても困るからな。」

「そうでしょうね。」


抵抗しないアージュに一瞬男の眉が顰められるが、迷いなく手にしていた剣を振りかぶる。

アルの上でドスッという鈍い音が響く。

自分は抵抗をしなくていいのか。アルは自問自答する。

隠れていたとして、何があるのか。守りたいものがあるのならそれを守るべきだろう。たとえ生まれ変わって手に入れた命がここで尽きたとしても。


ベッドの下から飛び出てきたアルは、驚いている人間の身体に体当たりする。

人間はアルを殴るが、何度殴られてもアルは人間への抵抗を諦めなかった。

力が欲しい。

力が欲しい。

強い力が欲しい。


アルの身体から激しい風が吹き起り、人間の男を吹き飛ばす。

怒りを孕ませた風に力の加減などできる訳もなく、男の身体は無残に壁に押し付けられたように潰れていた。

しかし、アージュは既に腹を貫かれておりアルは治そうと試みるが、その力は発動しなかった。


「…お母さん…。」

「…少しなら自分でも治せるわ。」


アージュがそう言うと、傷のある部分がほんのりと光る。

それは傷口を塞いだが全て治し切ることは出来なかった。アージュは咳き込んで血を少しはいた。アルをそっと抱き寄せると微笑みながら囁く。


「…人間が立ち去る前に出て行って、連れて行ってもらいなさい。」

「嫌だよ、ここに居る。」


アルが首を振ると、アージュはアルの髪を撫でてから諭すように語気を強めた。


「この村はもう駄目。…ボブも帰って来たら殺されるわ。だから人間について行きなさい。あなたなら大丈夫だから。」


嫌だった。

この村で生まれて良かったと思っているのだ。

人間社会で生きていたあの時間よりも、この時間の方が何倍も幸せだったのだ。

それなのに、安住の地は既に終わろうとしている。


アルがアージュを見上げると、アージュはにっこりと笑い肯く。

この女性の息子で良かった。ボブの息子で良かった。


「…幸せだったよ、有難う。」


家を出て行こうとするアルがそう言うと、息子の大人びた言葉にアージュは苦笑した後とびきりの笑顔を浮かべてこう言った。



「あなたの信じる道を生きなさい。アル。」


家から出て行くと簡単に人間に捕まり、馬車に押し込まれた。

その後の事は知らないが、多分帰って来たボブも殺されただろう。

あの村はこの世界から無くなったのだ。


アルは溜め息を吐く。

前の世界の常識からしたら、当然ではあるのだ。

他人から略奪をして生計を立てている村は、いつか制裁を受けるだろう。

ただ、もしもホブゴブリンたちが農耕をして穏やかに暮らしていたとしても人間に襲撃されていただろう。人間というのは見た目に左右されて同族同士でも嫌悪し合う種族だ。

恐れる対象の魔物になど一片の情も感ずるまい。


アルは軽く縛られたまま、馬車に乗せられている。

そこにはホブゴブリンの村で得てきた荷物が積まれていた。そうは言っても元々は他人から奪ってきた物で、またそれをこの人間たちが奪っただけに過ぎない。


どこでも戦争報酬というものは有り得ることだ。

それがなければ生き物を殺すという事に、意義が見いだせないだろう。多分殆んどの知性有る生命体はむやみに他の命を奪う事に積極的ではない。食料となるとまた別だが快楽のために他者の命を奪いたいと思うのはほんの一握りだ。

それは自分の属するコミュニティですら異常と呼ばれるだろう。


アルは馬車の帆布の隙間からちらりと外を見る。

今まで育ってきた森の中と違い、人が暮らしている場所を見るのは初めてだ。

石造りの街並みが遠くに見える。

閉鎖された村の中で手に入れられる情報は少なかったが、想像通りの光景にアルは何の感動も覚えなかった。


ボブが持ってきていた本の中には色々な事が書かれていた。歴史も寓話もあった。

手紙にはそれを書いた人の感想もあれば、国家間のやり取りもあった。さらには恐ろしい陰謀の書いてある手紙もあったのだが、それはアージュが早々に握りつぶしていたから、アルは捨てられたゴミ箱から探し出して読んでいたのだが。


それらを総合して考えるに、ここらは国政の安定していない国が多かった。

アルのいた森が所属していたのは、ロクナントロア国の南側の大森林の一角で、比較的人間の都に近い場所だった。

他の国に比べると政治は安定しているが、それでも他国との小競り合いが収まることはない。魔法使いの多い国なので人的資源が豊富だからどうしても争いが絶えないのだ。


そんな事を考えていたアルの身体が後ろに引っ張られる。

気が付けばどこかの町についていたのか馬車の振動がおさまっていた。アルの身体を抱えた男は町の中央にある大きな建物に向かう。

アルは抵抗をするのを諦めているので、人間の男は扱いやすそうにアルをそこの中に連れ込むと、人が多く居る食堂らしきところの椅子に座らせてから、中の人間に声を掛けた。


「おい、ステラ。ダンカンはいるか?」

「はい?ギルドマスターですか?奥に居ますけど?」


眼鏡を掛けた女性が男の声に答える。


「呼んで来い。」

「ええ~?…分かりました。」


ステラと呼ばれた女性はアルをチラッと見てから、カウンターの奥に引っ込んだ。

男はアルを見降ろしてにっこりと笑いかけてくる。


「ここならお前の引き取り手ぐらい探せるからな。…よく今まで食われずに頑張って来たな。」


そう言ってアルの頭を撫でた。

アルが右手で男の手を払うと、困った顔をして笑う。


「やれやれ、まだ慣れないか。…まあ、仕方ないよなあ。エルフがあんなところに捕まっていたんじゃなあ。」


勘違いも甚だしいが、それを訂正する気はアルには無い。

この手合いの人間は自分の正義を疑っていないから、説得など出来はしないのだ。


「ルーカスが呼んでるって?」


低い声が聞こえて、先の女性と一緒に筋肉質な大男がアルの近くまで歩いて来た。

傍に立っていた男が軽く手を上げる。


「おう。久しぶりだなダンカン。」

「何が久しぶりだ、少しも連絡を寄越さないで何処をうろついていた?」

「いやあ、傭兵家業なんてそんなもんだろう。…ところでさ、この子を引き取って欲しいんだけど。」

「は?…エルフ?」


ダンカンと呼ばれた男がアルを見降ろす。

見上げるとさらに大きかった。身体にも顔にも傷跡があったから、戦い慣れしている人物だろうと容易に想像が出来た。


「ホブゴブリンの村に捕まっていたんだ。壊滅してきたんだけど、この子は連れてきた。」

「…そうか。…坊主、俺の言葉が分かるか?エルフ語じゃないと無理か?」


ダンカンはアルの前に屈み込んで話しかけてくる。

戦災孤児の扱いをされるのは業腹だったが、今は頼る術などない。アルには自分が幼児なのだという自覚はあった。

全くもって不本意だが。


「…分かるよ、人間。」

「そうか。俺はダンカンっていうんだ。お前の名前は。」

「……アル。」


抵抗はしない。

ただ、人間社会で弾かれるのは嫌だと思った。人間のいじめはきつい。

なまじ、あんな幸福な時間を過ごしてしまった後に、また以前のような虐待を受けるのは更に過酷だと感じるだろう。

この簡単に命が奪われる世界で、前の世界と同じレベルで行われる訳もないと思った。


「そうか、アルか。…どうだ?このギルドで暮らしてみないか?」

「おい、ダンカン。俺はどこかに引き取って欲しいんだがな。」

「…こんな綺麗なエルフを引き取るなんて好事家が名乗りを上げるに決まっているだろう。それよりもギルド員にしちまった方が良い。自活も出来るしな。」


綺麗とか言うな。

アルは背中に嫌な悪寒を感じながらも、二人の男が話しているのをじっと聞いている。好事家なんて御免だ。しかし自分はいまだに確実には魔法を使うことが出来ない。生まれてくる前に貰った力が魔法の力だと知ってはいたが、呪文そのものを知らないと使えないのだろうと思っていた。母であるアージュはどうやら精霊力で無詠唱でしか使えないために、習う事は不可能だったから、未だに呪文の一つも知らない自分が歯がゆかった。

呪文を知っていればあの時にもっと何かできたかもしれないのに。


…まさかとは思うが、あの神との邂逅は夢で自分には全くそういう素養が無いと言う可能性も無きにしも非ずなのか。

全て妄想だとしたら、自分の頭の中をまず疑ってみなければならない。

向こうで言う、中二病に罹っていないかをだが。


「何を難しい顔をしている?」


ダンカンに顔を覗き込まれて、アルは考えを中断する。

今は無駄な事を考える時間ではない。

どうやら二人の男は話を中断してアルを見ていたようだ。


「……いいよ。」

「そうか。分かった。」

「おいおい本気かよ。こんな子供をギルド員にするなんて。」

「いいだろ。いずれは通る道だ。」

「…本当かよ…。」


ダンカンが言うとルーカスがお手上げというように肩を竦めた。




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