黒い王子様Ⅱ
今まで緊張や恐怖で呼吸するのも難しかったのが嘘のように、ベネッサの表情は緩んでいた。
ドラゴンがどれほど強力なモンスターかは承知していた。ものによっては適正レベルのプレイヤー数人がかりでも手に余るほどだ。ベネッサには到底相対せるモンスターではない。
それを単騎で、たった一人で討伐せしめる彼の姿は、ベネッサにはあまりにも輝かしく映ったことだろう。なおかつ、彼の動機は解ってはいないが、結果としてベネッサを助けたことにもなる。
絶体絶命のピンチの中、突如現れた救世主。
ベネッサは大昔少しだけ見たことのある特撮のシーンを思いだしていた。
可愛いヒロインが怪物に襲われピンチになると、名も知らぬハンサムなヒーローが颯爽と助けに来てくれて、怪物を一瞬で倒す。というもの。
それと同時に、男友達にお前はヒロインじゃなくてヒーローが似合う、赤いし。と言われたことも思い出してベネッサは少し落ち込むが、すぐに持ちなおす。
ドラゴンはもう――彼が――倒した。しかし、ドラゴンを見つけてしまった時よりも激しくなる動悸。
キュゥと締め付けるような痛みを持つ左胸。火照る頬。両手で触り熱を感じる。
たったそれだけで?と、ベネッサ自身も困惑しつつも――。
「あかん。 これは恋ですわ」
ベネッサは行動的な女性だった。
頬の熱を受け取った両手は、胸の前で握られていた。そしてこくりと頷き、彼が居た場所へと視線を向ける。
ちょうどドラゴンが光に包まれて消え去ろうとしていた瞬間だった。光とともに消え去るドラゴンの体と、その光の中で落ち着きはらい悠然と立つ彼。
まるで光の祝福を受ける聖騎士を描いた絵画のようなイメージをベネッサは感じ取る。
それを見てなぜかエヘヘとだらしなくにやけるベネッサ。頭を振り邪念を払う。
そしてドラゴンは消え去り、後には巨大な剣のアイテムシンボルが現れた。
ベネッサは飛び出していこうかとも思ったが、現れた剣に手を伸ばす彼に見とれてタイミングを見失ってしまう。
彼の手が剣に触れると、剣は光を持ち手の中に吸い込まれるように消えて行った。
「ドラゴンと戦ってたん、剣が目的だったんかな」
ベネッサは憶測する。
そしていつ出ていこうかと迷っていると、彼は片手を自分の正面へと突き出した。
何をするのだろうと見入るベネッサ。すると彼の手から生まれるように一本の剣が姿を見せる。
全長こそ当初彼が持っていた剣と差異は無かったが、柄頭(つかがしら/柄の先)の先に竜の頭を模した装飾が施され、鍔(つば/刀身と柄の間)はまるで竜の翼のような形をしていた。そしてそのどちらも、先ほどのドラゴンのように燃えるような深紅の色をしていた。
まるで先ほど倒れたドラゴンの分身のような意匠(いしょう/デザインなど)。色彩が好みだったため、少しだけ見とれてしまうベネッサ。
しかし、注視していたからこそ、彼の次の行為を目撃してしまう。
彼は剣を持ち上げたりして十分確認ができると、そのまま剣を口に運んだ。
そして刀身をひと噛み。
すると剣は粉々に砕け散り、光となって彼の体に吸収されるように消えていった。
見間違いかとも思った。しかし十分驚かされたあとだ、それだけを見間違いだと思えるはずもない。
自分の知らないスキルなんて、数えきれないほどある。自分より強いプレイヤーが、自分の知らないスキルを使っていたって不思議ではない。
それよりも、
「どないしよう。 完全にタイミング逃した」
ぐずるようにその場でじだんだを踏む。
しかし彼はそんなことはお構いなしに、光る物体を目の前の地面に投げつける。
するとそこから、真っ白な光の柱が生えてくるように現れた。
≪帰還の石≫
現在地から任意の拠点エリアへと転移することの出来るワープポイントを作るアイテムだ。
フィールドで獲得した経験値やアイテムなどを持ったまま帰還できるため、かなり高価で入手難度は高い。ベネッサも使ったことは無いが見たことはある程度の代物。
そして彼はその光の中へと歩みを進めようとしている。
「あかん! 行ってまう!」
何かをしなければ、それだけがベネッサを動かしていた。
近づいて声をかけるなどという選択肢は浮かび上がらないくらい、平静さを失っていたベネッサがとった行動は、彼をターゲッティングすること。
そして両手を彼に向け目標をしっかりと固定し、呪文を詠唱する。
斧使いという戦闘職ながら、この呪文を取っていたのはこの時のためだったとベネッサは思った。
詠唱に合わせ魔法陣が腕の周りに形成され、取り込まれる。
もう彼は光の中に身を半分入れている。
――間に合え!
「≪アナライズ≫!!」
彼の体が完全に光に隠れ、光と一緒に消えていくかどうか。ベネッサの魔法は間に合ったようで、淡く光る球体が彼から出現しベネッサへと飛んできた。
ベネッサはため息をつく。よくやったと自分を誉めるような満足そうな顔をしながら。
だが、さっきの声量で「すいません」と声をかけていたら良かったのでは?と、すぐに気付きまたため息を出す。今度はあちゃーという顔をしながら。
しかしいつまでも一人百面相をしている場合ではないと気付く。ベネッサは彼から飛んできた情報に意識を向ける。
アナライズは取得、使用にほとんど制限の無い低位の魔法だ。しかし魔法やスキルにもレベルがあり、攻撃魔法や攻撃スキルならレベルが上がるに連れて威力などが上昇する。
その点アナライズはレベルが上がると、供給される対象の情報量が増加する。
アナライズレベル1なら対象の名称や各属性攻撃への耐性、いわゆる弱点が確認できる。レベル2ならおおまかなステータスなども確認できるようになり、レベル3なら使用できるスキルや魔法まで、レベル4なら――。
――という具合だ。
ベネッサのアナライズはレベル1であった。思考の水面に浮かび上がってきたのは、彼の名前のみ。
それを確認するようにベネッサは呟く
「――ユーニ」
◇
「ドラゴンを一人で倒すやつを見たぁ? しかもドロップした武器を食べたってぇ?」
いきなり酒場に呼ばれたかと思えば、まるで宇宙人を見たというような突拍子も無い嘘のような話題。付き合いこそ長いが、そう簡単に信じられるようなものではない。
その一部始終の説明をオーバーなリアクションをまじえつつ身振り手振りで行う彼女からは、初めてプロのお芝居を見た人間のソレに近い熱意的なものとか感動的なものを感じさえはしたが、それでも顔をしかめるしかなかった。
王都フィレクシアのハンターズギルドの酒場。二人の囲う丸テーブルの周りには、モンスターの討伐の依頼を見定めるだとか、友人と落ち合うとか、ただ時間が過ぎるのを楽しんでるとか、ほかのプレイヤーは沢山いる。何人かは彼女の話が聞こえていたはずだ。それでも耳を傾けようとする人間は存在しない。
居酒屋で酔っぱらった客が、俺昨日宇宙人を見たんだよと大声で話していても、誰も気にも止めないのと一緒である。
それは彼女の友人である、
「あー〈英子〉あんたあたしの話信じてないやろー」
英子も一緒だった。
「そんなん信じられへんよ。 (クラングウッド)大森林の深部におるドラゴンやろー? アレ50やでレベル。 40レベル6人おっても倒せへんわ」
「やから言うてるんやん。 めっちゃ凄いもん見たって」
「それが信じられへんって!」
らちがあかない。英子はため息を吐く。呆れて座っていた椅子の背もたれにもたれかかると、木材の背もたれはキシキシと鳴いて重みに反抗する。――この細かいリアルさには慣れたものだ。
そのまま両手をあげ、小さな喘ぎを漏らしてけだるそうに伸びをする。
話をまとめてみれば、フリーフィールドエリアの最奥に出現するドラゴンを一人で倒し――。いやその時点でありえない。ダンジョンはパーティ単位で生成されるインスタンスエリア(区切られた空間)だが、フリーフィールドエリアはその限りではない。パーティ人数の制限こそあれど〈同時接続できる人数の上限〉は限りなく膨大なのだ。
そのため、六人ずつの4パーティ、二十四人で行動できたりもする。
――例としての話であり、そんなことをするプレイヤーはあまり存在しないが。
だからこそフリーフィールドエリアのモンスターは同レベルであっても、ダンジョンのモンスターよりも体力、防御力面で勝っていることが多い。どんなに強いモンスターでも何十人のプレイヤーから総攻撃を受ければひとたまりもないからだ。
加えて、その仕様をいかんなく発揮したイベントボスの話を英子は思い出す。
フリーフィールド限定ポップ(出現)の全長50メートルを超えるドラゴン。〈龍王ガルガンチュア〉。莫大な体力に物を言わせ、討伐できたのはイベント期間中たったの五頭。しかも討伐できたのは一頭を除いて、全て六人パーティを20組以上集めた百人を超える大部隊であるというのだから驚きである。
――その集めた人間も、それでやっと倒せるガルガンチュアも。
あの時あたしまだゲーム始めたばっかりだったからなー、戦いたかったなー。と英子は惚けた顔で虚空を見つめて体をくねらせていた。緑色のポニーテールが動きに合わせて小さく跳ねる。
すると自分の話をまるで聞いていない英子の姿を見て、丸テーブルの向かい側に座る彼女はムッと顔を強張らせる。しかしながら視線は、なぜか英子の胸元に向けられていた。
「てか英子なんでそんな胸小さくしたん。 装備も可愛ないし」
確かに英子の胸は大きくはなかった。体のラインは凹凸が少なく全体的に平らで、装備も緑色の地味なローブを纏っていて、その下にはモンスターの皮か何かをなめして作られたであろう軽革鎧が見えていた。
その言葉に、英子は言葉を発した彼女の姿をジーっと見つめる。それが防具か?水着の間違いでは?というような面積の無い真っ赤な装備。英子の装備とはかなり構造が異なる。
そして彼女の胸部は、そのプレートの面積では零れ落ちそうなほど豊満であった。
呆れるように鼻で笑い、
「ベネッサ、あんた現実で胸無いからって盛りすぎ。 そんだけあったら動いたら痛いねんで? あ、ベネッサは解らへんか」
英子のやれやれという表情に彼女――ベネッサ――は小刻みに震えだし、
「〈B〉くらいはあるわー!!」
立ち上がり大声を出す。
ドラゴンの話では聞こえても反応の無かった周りのプレイヤーたちであったが、それにはどよめきが起きるほどであった。
たまらず恥ずかしそうにベネッサは椅子に座りなおす。
英子は笑いをこらえるのを放棄していた。
「あたし弓使いだし、この装備の方がそれっぽいでしょ? 胸は弓を射る時に大きいと邪魔なの。 まあ、弓使いになったのは最近だから本当は関係ないけど」
「ふーん。 でも〈英子〉って本名使うのはゲームでどうなの」
「ええやんか。 別に本名って解るわけないし。 てか〈ベネッサ〉って、あんた本名なお」
「あー!」
あやうく本名まで言われそうになったベネッサは、大声でそれをかき消す。
また英子は面白いものを見るように笑った。
「もうええて、ほんま。 話戻すけど、どうせ信じてくれへん思て持ってきたんですよ。 あたしは」
少し腹は立ったままだが、ベネッサは鼻息を深く噴き出すと落ち着いた表情を見せ、二人で囲う丸テーブルに片手を突き出した。
すると、何もない木目の丸テーブルの上に、一つの物体が出現する。
丸テーブルは直径1メートルほどだ、出現した物体はそれをぎりぎりまで使うほどの大きさであった。
全体的な形はいびつだが、小さな棘のような板が何枚も何層にも折り重なってできたようなもの。亀の甲羅にも似ていなくはない。色は燃えるような深紅で、熱を帯びているような雰囲気さえも感じる。
英子はその物体のデカさと異様さに、たまらず立ち上がってしまう。
「な、なんやのこれ」
英子はその存在感のある物体に困惑しつつ、ベネッサに質問する。
「ドラゴンの甲殻」
「まじ!?どうやって手に入れたん!?」
「だーかーらー、その人が倒したドラゴンの甲殻だって」
「――あんた自分が倒したわけでもないのに拾たんか」
ぎくりと固まるベネッサ。
「い、いや。 言うてますやん。 証拠ですて」
「何個拾てん」
「に、20個ほど」
はにかむように舌を出したベネッサ。
英子はため息を漏らす。
証拠も出てきてか、いよいよもって信じるしかなくなった。これは言うなれば、UFOの残骸だ。宇宙人を見たという人間から、UFOの残骸を見せつけられれば反論することもできない。
神妙な面持ちで椅子に座りなおす英子。拳を握って顎につけ、考えるように目を閉じた。




