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―剣喰―ソードイーター  作者: 蟻村 和希
6/10

オークの首領Ⅲ

 三人がこの広場にたどり着き、ちょうど一分が経ったとき、どこからともなく大きな音が聞こえた。

 まるで落石が目の前に起きているのかというほどの音と振動が、一定の周期で起きる。

 その音は徐々にこちらに近づいてきている。

 それが足音と気づくのに時間は必要ではなかった。

 まさに目の前、その木々の向こうから音がしたと思った瞬間、その巨大な体が姿を現した。

 人間の胴の数倍はあろう大木を小枝のように手で折り、まるでカーテンを開けるかのように森の中から現れたのは、二本脚で立ち一本の超巨大な戦斧を持ったイノシシ頭のモンスターであった。


「これが・・・・オーク!?」


 ルーナが叫ぶ。

 道中でオークは何体も見かけた。しかし奴らは大きくても人間の倍ほどの体躯しかなかった。

 しかし、こいつはどうだ。

 ルーナの頭よりも高い位置に腰がある。その足はまるで大木だ。

 胴はさらにその数倍、腕は足に劣らず太い。腕も足も、露出した上半身も異常なまでに発達した筋肉が覆っていた。腰にはなめしたわけでもない動物の皮が巻かれているだけ。昔話に出てくる鬼を想像するまで、そう長くはかからなかった。

 そしてその手に持った一本の巨大な戦斧。そのオークの身長くらいある。両刃型のブレード部分は2メートル以上だ。

 こんなものを振られたら、家さえも一撃で粉砕してしまうのではないか。


 顔はイノシシ。表情はわからない。それが怒りを表しているのか、それとも餌を見つけ嬉々としているのか、ルーナにはそのどちらにもとれた。

 下あごからそびえる一対の牙はそれが大剣〈クレイモア〉のような鋭さと大きさを持っていた。

 これが〈エイデンズ・オークロード〉

 力のみでこのエイデンの森の頂点に君臨するオークの首領!


「グオオオオオオオオオッ!!」


 オークの首領が吠える。

 その一声だけで並みのモンスターなら戦意を消失し逃走するかもしれない。

 耳をつんざき、それ自体が一つの攻撃であるかのように。


「来るぞ!構えろ!」


 一瞬、もしくは刹那、ルーナとジェクトは気を失っていた。

 蛇に睨まれた蛙がそうであるように、絶対的な捕食者である者を前にすると、攻撃を受ける前に餌は生命活動を放棄するという。

 まさに二人がそうだった。

 ユーニの声が無ければ、そのままなすがままに攻撃をうけていたかもしれない。

 ユーニが剣を抜き、ジェクトも剣を構えた。

 ルーナはまず大きくバックステップし、杖を構え魔法の詠唱を始める。

 それよりも早くユーニは剣を地面にたたきつける。


 〈挑発〉、オークの首領の敵意を自分へと向ける。

 その行為に腹を立てたオークの首領は、手にもつ戦斧を真上に振りかぶった。両手で上げられた戦斧の頂点は、ビルほどの高さにまでなる。

 そのまま戦斧は、薪を割るかのように一切の溜めなく真下に振り下ろされた。

 その轟音に身が委縮(いしゅく)するが、ジェクトはそれを剣で受け止めたユーニを見てさらに驚く。

 ユーニはその細腕とただの直剣で攻撃を受け止めていた。

 ユーニの周りがクレーターのようにくぼんでいるのを見て、その威力がどれほどのものだったか容易に想像できる。

 攻撃を剣で受けるには、その攻撃よりも高い攻撃力を有する剣が必要とされる。

それよりも低ければダメージを受ける。

 しかしユーニは呼吸は乱せどダメージは受けている様子はなかった。

 その呼吸の乱れは、あの一撃を小さな直剣で受けるため、向かってくる戦斧に寸分の狂いも無く合わせるための精神的な疲労。


「ぬう・・・おらああ!」


 そしてその態勢からユーニはオークの首領の戦斧を弾き飛ばす。


 ≪パリィ≫


 敵の攻撃を防御した際、それを弾き飛ばすことができ、一定時間敵の態勢を崩し無防備にしてしまう防御スキル。いや、テクニックといったほうが正しい。受け止めた攻撃の威力が高ければ高いほどその効果は上昇する。

 ただ防御するよりもタイミングが難しいため、仕損じた時のことを考慮しあまり多用はされない。しかし、その効果は絶大。

 オークの首領は大きくのけぞり、態勢を崩す。家一つよりも巨大な体躯で繰り出した全身全霊の一振りが跳ね返され、彼は倒れてしまいそうになるのを必死にこらえていた。


「今度は俺だぜ!」


 その隙にジェクトが距離をつめる。

 それに間に合うように、ルーナの魔法の詠唱が終了する。

 走り出したジェクトの体が赤色の光に包まれる。

 下位白魔法スキル≪ブレイブハート≫

 勇気の心で対象の物理攻撃力を上昇させる魔法。

 そしてジェクトが、オークの首領のがら空きの腹部へとたどり着いた。

 そのまま縦一閃、横一閃の攻撃を放ち、剣を引き刺突する構えを取る。


 中位片手剣スキル≪五月雨突き≫


 一発、二発、三四五六七八!時間の許す限り強力な剣での刺突攻撃を目にもとまらぬ速さで連射する。


「おらおらおらおらああ!」


 しかし、攻撃に専念しすぎたジェクトは、オークの首領の態勢がもとに戻っていることに気づくのがおくれてしまう。

 オークの首領は体をぶるぶるとふるわせると、鼻息一つ吐き出し、その巨大な手のひらで足元のうるさい小蟲を振り払った。

 それはまさに壁が向かってくるかのような回避不能の攻撃。

 ジェクトは直撃し、まるで木端のように吹き飛んだ。

 数メートル吹き飛び、また数メートル転がり、ようやく停止する。


「いてえええ!」


 その衝撃はデバイスを介してジェクト本人の脳に衝撃として伝えられた。

 暗くなっていく視界と、赤色に明滅する体力ゲージ。

 技術の進歩は、仮想空間でさえ安易に死を連想させた。


「ルーナ!」


 ユーニが叫び、また地面を剣でたたきつける。

 ルーナはあわてつつも魔法を詠唱し始める。

 詠唱が終わるまで、絶対にジェクトへ敵意が向かうことは許されない。

 ユーニはジェクトへ向かおうとするオークの首領の前に立ちはだかる。

 対峙して彼がいかに巨大かというのがわかる。

 身長だけで数倍、体重なら何十倍だろう。

 しかしユーニは臆さない。

 いやむしろ圧倒している。

 このすべてAIにより行動が決められた彼でも、恐怖というのがあるのだろうか。

 荒々しく漏らす鼻息も、戦斧を握りしめふるえる体も、それはすべて挑んできたプレイヤーたちを恐怖させ楽しませるために組み込まれた動作であるはずだ。


 だが、セピア色の景色の中でジェクトが見たその光景は、絶対的な捕食者を前に、唯一の攻撃手段にすがり震える亜人の幼子のように映った。

 殺される、恐怖で動悸が激しくなる。この戦斧は奴を仕留めることができるのだろうか?もし仕留め損ねたら?武器を握る手が震える。

 殺さなければ、殺される。


「いくぞ」


 捕食者が呟く。


「ガオオオオオオオオッ!!」


 獲物が命乞いの悲鳴をあげる。

 オークの首領が横なぎに戦斧を振った。


 AIにも学習能力がある。

 先ほど弾き返された縦一閃の攻撃をせず、横凪ぎの攻撃を選んだ。

 AIは予想する。敵は左右に広範囲にわたるこの攻撃をすればバックステップにより回避するだろう、と。それが敵にとって最善の手だと。≪パリィ≫のようなタイミングの難しい行動をするよりも、ただ後ろに跳ぶだけでよけられるのだ。そして自分はその後に追撃を叩き込む。

 AIの予想は完璧であった。オークの首領は嬉々として戦斧を振りぬいた。

 しかし、その予想は外れる。

 まずAIは敵がユーニであることを過程として入れてかなった。

 それが予想が外れた最大にして唯一の要因である。

 ユーニは、よけなかった。

 手を凪いだだけで剣士ひとりに致命傷を与えるほどの攻撃力、その力で両手に握った戦斧を振ったならば計り知れないほどの威力を持つはずだった。

 確かに、そのインパクトの瞬間の爆音と衝撃でそれがすさまじいものであったと理解できる。

 しかし、しかしユーニは微動だにしていなかった。

 

 戦斧は確かにユーニを捉えていた。幾分かはダメージを与えらえているはずである。

 それなのにまるでそんな攻撃などなかったかのようなそぶりで、剣を構える。

≪不動一閃≫

 ユーニも得物を思い切り横に振りぬいた。

オークの首領が戦斧を振ったときと同じような音が響く。そしてオークの首領の体が衝撃で大きく後ろにのけぞる。

 すぐにユーニは追撃する。

 飛び上がりながら、オークの首領の腹を下から切り裂く縦一閃。


「グウオオッ!!」


 苦しげな悲鳴を上げるが、かと言って疲労は見せない。

 オークの首領は態勢を崩しつつも片手で殴り掛かった。

 しかし、ユーニは避けない!

 いや、よける必要がない!

 自分の体躯よりも巨大な拳の一撃が襲ってきてもどうじない。

 ユーニはそのまま剣を体の後ろに引いて構える。

 中位片手剣スキル≪五月雨突き≫

 ジェクトが放ったのと同じスキルを撃つ。

 しかし、その威力は段違いだ。

 一撃一撃が致命傷!ただ手数で勝負するというスキルの一撃ではない。例えるなら、まるで対物ライフルの50口径弾を乱射するサブマシンガン。

 小さな体より放たれるその強力な一撃は、確実にオークの首領の体力を削った。

 一発、二発、三四五六七八!

 最後の一撃をその大きく膨れた腹に刺し込む。

 そのころにはジェクトの回復も終わっていた。


 例えユーニと言えども、オークの首領の強力な攻撃をそう何度も受けることはできない。

 わざと防御もせずに攻撃に身を晒したのも、全てはこのため。オークの首領の注意をひきつけ、ジェクトが安全に回復するための時間を稼ぐこと。


「あとは、任せた--」


 ユーニが退く。

 オークの首領は自分の得物を杖のように使い朦朧としていた。

 さらに鼻息は荒くなり、最後の抵抗をその眼で行う。

 ジェクトは走り出した。

 ルーナはそれに合わせ、≪ブレイブハート≫の詠唱を開始する。

 赤く輝くジェクトの刃が、オークの首領の腹部に到達した。


「グウ・・・ウオオオオオオオオオオオオオゥ!」


 オークの首領は一度咆哮すると、ぶつりと何かが切れたように停止し、光に包まれた。

 その光が完全に消えさるまで、ジェクトは剣を握ったままだった。

 光が消え去り、あたりにまた静けさが戻ってきたことに気づき、ようやく声を漏らす。


「うおー! 倒したー!」


 それは確かにユーニの活躍があってのものだった。

 しかし、確実に各上のモンスター相手に善処したと思えたジェクトは歓喜の雄叫びを上げる。

 ルーナも例外ではない、張り詰めた緊張の糸がほどけた瞬間に、安堵のため息を出した。


「ほえー・・・。 倒せたんだねぇ」


「おお! ユーニはやっぱりすごかったけども、俺もかなり頑張ったぜ」

「うん。 じぇっ君かっこよかったよー。 でもやっぱりユーニさんのおかげだよね。 私たち二人じゃ絶対に勝てなかっただろうし」

ルーナはユーニに近づいた。

「ありがとう。ユーニさん」 


 少女の無垢な笑顔に、少しだけ鼓動が大きくなるのを感じたユーニは、慌てて視線を逸らす。

 そして照れクサそうに


「ああ、お前らも頑張ったな」


 その言葉に、なぜかルーナとジェクトはプッと笑いを漏らした。

 ユーニは二人の反応の意図がわからず、目を丸くする。


「やっと俺達に慣れてくれたのかな」


 ジェクトは満足げな表情を見せる。もとよりジェクトの思惑はこれだったのだから。 


「だよね。 ずっとユーニさんぶうってした顔だったから。 もう私たち友達なんだからもっと喋ってくんないと!」


 ユーニは少し戸惑っていた。


「あとお前がつえーのは知ってっけどさ、全部自分ひとりでやろうとしなくて良いぜ!」

「そうだよユーニさん! さっきだってHP結構減ってたの私知ってるんだから!」


 そんなジェクトとルーナに、ユーニは初めて――呆れたような感じではあったが――笑顔を零す。


 そしてジェクトはオークの首領の消え去ったところへと近づいた。

 今まで猛威を振るっていた巨大な戦斧だけがそこに残されていた。

 近づいてその大きさがよくわかった。


「あった」


 ジェクトはその場を探すと、巨大な青いクリスタル状のアイテムシンボルを手に取った。

 モンスター素材アイテム。主に武器や防具の強化や精製に使用するアイテムのすべては色の違うクリスタルシンボルとしてドロップする。


「これが、≪シシ王の牙≫」

 巨大で質の良いオークの牙というのはもともと高値で取引されるものだが、この身の丈ほどあった下あごの牙なら、錬成することで強力な武器として生まれ変わることもできるだろう。


「一個しかドロップしてないみたいなんだ。・・・いいかな?」


 それにルーナは「うん」と答え、ユーニもうなずいた。

 元より彼が欲しいと言ってきたのだから。


「よっしゃあ!」


 ジェクトはガッツポーズする。

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