オークの首領Ⅰ
〈new world〉
電気ではなく電子術式という、回路を描くとこによりエネルギーを生み出す技術と、魔法が発展した世界。
地球の十分の一のこの世界に名前はまだ無い。
まだ未開の地があり、大海原と平原、そして大山脈。まだ誰も踏み込んだことのない場所を切り開くのは私たち、プレイヤー。
そう、これはゲームだ。VRMMORPG(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)。いわゆる仮想現実を舞台にした大規模オンラインロールプレイングゲーム。
その名は〈new world〉
この目の前に広がるすべてが現実のものではなく、ゲームの中に造られた仮想の景色だと誰もが最初は信じることができないだろう。
中でも始めたばかりのプレイヤーが最初に降り立つ〈王都フィレクシア〉は圧巻の一言である。
敷き詰められた石畳は何パターンテクスチャを用意したのかと思うほど、一枚として同じものは無い。季節ごとに様々な顔を見せる街路樹の精巧な樹皮は近づいても本物と見間違うほどだ。
中世ヨーロッパを思わせるレンガ造りの街並みは、一軒一軒に住人として定められたNPC(non player character)が住んでいるというのが驚きである。
王都フィレクシアの中央には噴水のある野球場ほどの広場が存在する。おもにイベントなどが開催されるときの会場に使用されるが、それ以外の時でも時間を問わず賑わっている。
それは今も変わらず、装備屋や行商人のテントの周りには多くのキャラクターが行きかっていた。
「でもこれがゲームの世界なんてすごいよね」
噴水を背に立つ少女が言った。フード付きの白いローブのようなものを着ている。背中には装飾の施された短い杖を担いでいた。
透き通るようなコバルトブルーの髪は噴水の渋きを受け、美しい輝きを見せていた。表情は柔らかで、少しあどけなさの残る印象を受ける。
「ルーナはこれ〈new world〉が初VRMMOだったんだよな」
少女――ルーナ――の隣にいる男が答えた。
彼は鉱石から精製された軽装備を身にまとっていた。動きやすさを重視してか、布部分が占める割合の方が多く、利き腕だろう右肩から右肘までは完全に肌が露出していた。
視野が妨げられるためか、頭の装備は柄の入った黒いバンダナのアクセサリーのみにしている。バンダナとの境界がくっきりとする銀髪は、それも邪魔にならないように短く刈り揃えられていた。
ハンサムというより男らしい顔の好青年である。
腰の左には両刃のロングソードをぶら下げていた。
「うん。初めてあのー、〈メガネ〉みたいなのつけたときは車に酔ったみたいな感じがすごかったけど、なれたら本当にゲームの世界に入ったみたいで楽しい!」
2010年代、VR技術は全世界の期待とともに産声を上げた。当初〈視覚〉だけだったソレは、50年の月日を賭け、五感すべてを仮想空間に繋げ(リンクす)ることに成功する。
当時人工知能技術の権威であった某国の発明家兼実業家の著書の中に『フルイマジネーションの実現は、遅くとも2040年である。20年代にはVR(virtual reality)と現実は区別がつかなくなるほど高品質になっているだろう。しかしながら脳内にナノマシンを注入し、外部機器を介さず人間自身がモニターとなる必要があるが』という言葉がある。彼の予測した未来よりも幾分か遅れてはいるが、結果として良い方向に予想は外れた。
ナノマシンも必要無い。HMD(Head Mounted Display)の延長線上な形をしている専用デバイスは、ユーザーの脳内に直接情報を入力、制御することを可能にした。
人間の感覚というのは脳がそう〈感じる(入力する)〉ことであり、動作とはすなわち脳が各所に信号を〈送る(出力する)〉ことである。
この専用デバイスはその感覚や運動の入出力はもちろん、〈遮断〉をも実現した。
そのためゲームをプレイしている際は現実世界のテレビが着いていても、現実世界での感覚入力は遮断されているためテレビの音が聞こえるということはない。ゲームの世界で前進しても現実世界の運動出力は遮断されているため現実世界で歩き出すということはない。そんな具合なのだ。
ユーザーはそれを付けるだけで、仮想の空間へと完全にリンクすることができる。
「〈エレフィム〉、だっけ? すごいよね。 ただちゃんとゲームを終了して外さないと危ないんだよ。 お風呂でやってた人がそのまま死んじゃったとかあるみたいだしな!」
「ええ! そういえばゲーム始める時とかにいくつも注意事項出てたもんね。 しかも当社は一切の責任を負いませんとか・・・。 気を付けよう」
「ところで、この人は?」
ルーナの横に立っていた男に視線を向ける。
二人の会話をずっと隣で聞いていた彼のことが気になったようだ。
その男は、ルーナと対照的に黒の服装に身をまとっていた。
ほかのプレイヤーが好みそうな派手な色の髪でもなければ、強そうな鎧も着ていない。
どちらかと言えば、自分の軽装備によく似ている。黒い外套(外套/コート)は、かっこつけて羽織るような刺繍を入れたものではなく、無地の黒、どちらかといえば地味なイメージを受ける。
腰にはそれも自分のとよく似た直剣がぶら下がっていた。
「あ、じぇっ君がデスペナの間に仲良くなった人、というかあの時に私を助けてくれた人なんだよ」
「そうなの?」
バンダナの男の名前は〈ジェクト〉。ルーナはそれが呼びづらいと、親しみを込めて〈じぇっ君〉と呼んでいた。
黒い外套の男はジェクトの方を見ると軽く頭を下げる。
「へー! ありがとう! 君のおかげで俺のアイテムも全ロスしなくて済んだよ。 俺はジェクト。 君は?」
「ユーニ」
小さくつぶやいた。
「そっかユーニ。 ルーナとはこれ〈new world〉始めたころからの付き合いでさ。といっても先々週くらいからだけどね。 あんまりフレンドもいないからこれからよければ仲良くして!」
ジェクトはユーニに右手を差し出して笑顔を見せた。
ユーニは少し戸惑う表情を見せたが、少し間をあけその手を取って、
「あ、うん」
と、ぎこちなく返事をする。
「でもほんとこれがゲームの中なんて信じられないよね」
ルーナが後ろの噴水の淵に腰かけた。
誰に向けてでもない、ただただ感心するようにため息と混ざって零れるような言葉に、二人は耳を傾ける。
ルーナは噴水の中を揺らいでる水を覗く。不規則に縁に打ち寄せる波紋は、一秒として同じ形をとっていない。水面はルーナの顔を鏡のように投影するが、現実の水に映った時のように、映し出された顔は波紋と一緒に揺らいだり光の加減で変化し続けている。
「この水も、あのアイテム屋のおばちゃんも、じぇっくんのその剣も、ユーニさんの顔も、全部作り物。〈メガネ〉を通して映される、ただのグラフィックだなんて。 信じらんない!」
その言葉を聞いたジェクトは、少し考えた。
そして少し照れくさそうな表情をする。それは初心な男子が、かっこつけて女子にクサい台詞を言う前のような表情だった。決まってそういう時は、言いたかった言葉を上手く伝えられないものなのだが。
「でも・・・、こうやって俺らが話してるのは事実だろ? ゲームの中だけの友達かもしれないけど、それでも友達ってことはほんとだし・・・」
「なにー? じぇっ君急に。変なのー」
「ルーナがそういうこと言うからだろー?」
二人が笑っているのを見ていたユーニは、表情を曇らせていた。
何かを耐えるように顔を引きつらせ、頭痛にも似た感覚に目を閉じる。
そんなユーニの顔を見たルーナが心配して問いかける。
「ユーニさん、どうかしました?」
「・・・いや、なんでも」
「ユーニさんはどう思います?」
少し間をあけてユーニはそれに答えた。
「そう・・・だな、俺もそう思うよ」
それは肯定の答えだったが、ルーナとジェクトはその歯切れの悪さに、少しだけ違和感を感じていた。




