ソードイーターⅡ
それなのに。
「なんでだよ!」
そうだ。
「なんでこいつ死なねえんだよ!」
隙を突いて何人もが全力で繰り出した攻撃を喰らったはずなのに、彼は何本もの刃を受けたままその場に存在し続けていた。
レベルの差がどうこうという問題ではない。
フィールドレベルに不釣り合いな高さのレベル、他プレイヤーからアイテムを奪って底上げされたステータス。
全員が自分のステータスに自身を持っていた。
その集団の攻撃を一度にこれだけ喰らって、なんの変化も無い。
それは異常という言葉以外では表すことはできない。
そんな唖然し硬直する者たちの中で、体を剣で貫かれたまま彼は動いた。
そのまま彼は手に持つ剣を一回、二回振った。
「うがああ!」
「ウソだろうがああ!」
そしてもう一回。
たった三回剣を振ると、武器を握ったままの姿で三人が光に包まれた。
その状況の異常さにやっと気づいた残った二人は、大きく後ろに飛びのいた。
ピッグも、そして今消えた三人も決して最大体力が低いというわけではないし、ましてや負傷していたというわけではない。希少な鉱石や強力なモンスターの素材をふんだんに使われた装備は、同レベルほどのプレイヤーのスキルによる攻撃ならまだしも、ただの攻撃では各上のプレイヤーの攻撃さえも容易に凌ぎ切るはずである。
プレイヤー狩りにより集めた各種アクセサリーは、各属性攻撃や魔法によるダメージを軽減させるのはもちろん、様々な被ダメージ減少効果を付与させるものだ。
それをまるで無いかのように。
「リッド! なんだよあいつ!」
「俺が知るか! ベル! アナライズしろ!」
ベルと呼ばれた男は彼に手をかざし、呪文を詠唱し始めた。
ベルの腕の周りには呪文の詠唱による魔法陣が形成される。
魔法陣が収縮し腕に取り込まれると、ターゲットにされた彼から情報が淡く光る玉となってベルに供給された。
ベルは受け取った情報が頭の中で――まるで徐々に水面に文字と数字が浮かび上がるかのように――数値として広がっていくに連れて表情を引きつらせていった。
「こ、攻撃力26000(二万六千)・・・。 防御力7800(七千八百)・・・。 HP・・・12000(一万二千)・・・!?」
「んな馬鹿な! チーターじゃねーか!」
リッドがその数値を聞いて即座にそう言い切った。
どんなMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)にもレベルキャップ、上限レベルが存在する。そしてそれに合わせステータスの限界も。
それはこのゲーム――〈new world〉――でも同じこと。
このゲームのレベルキャップは100。
しかしそれは数あるクラスやジョブのレベルの合計が100で打ち止めということだ。このゲームでは戦士系の〈剣士〉や〈斧使い〉、魔術師系の〈魔法使い〉や〈治癒術師〉といったクラスと、その上位職の〈ソードマスター〉や〈黒魔導師〉といったジョブが存在する。それらクラスやジョブのレベルは最大50レベルと設定されており、その合計の限界が100なのだ。
100までならプレイヤーの自由にクラスを変更できるので、〈剣士〉50レベル〈ソードマスター〉50レベルのような特化もできるし、戦士系と魔術師系などを上手く組み合わせた魔剣士にもなることができる。
だいたいは一つのジョブを50レベルにして、ほかのクラスでステータス上昇スキルを埋めていくのがセオリーらしいのだが。
リッドは昔耳にしたステータスを特化した際のクラスレベルの振り分け方と、ステータスのおおよその限界値を覚えていた。
それは確か、装備含め攻撃力7000(七千)超、体力はアビリティを詰め込んでようやく10000(一万)に届くかどうか。
ありえるはずがない。
そしてここに来る直前に見た自分たちのステータスを思い出し、同時に数人が一瞬でやられたことに納得する。
リッドのその言葉に、彼は答えた。
「あいにくチーターじゃない」
「んなステータスなんて聞いたことないぞ! PKする俺らよりタチが悪ーじゃねえか!」
そう、自分たちはゲームの仕様にのっとり、悪行を働いてるだけ。システムを改ざんするよりもよっぽどクリーンなプレイヤーである。
ふう、とため息をつくと彼はもっているショートソードをしまい込んだ。
そして近くにあったアイテムシンボルの中から、毒蛇のような色をするダガーを拾い上げる。
「攻撃力626、中確率での上級バインド付与・・・。 攻撃力が高くない代わりにアイテムか高位の治癒魔法じゃないと治せない麻痺のダガー・・・。 あのデブにお似合いだな」
彼は顔を引きつらせる。
「そりゃあピッグの・・・、お前どうするつもりだ・・・っ!」
「せっかくだ、いいもの見せてやる」
ダガーを手に持ち、彼は二人を一瞥する。そして見せつけるかのようにダガーを裏返したりしてみせた。その行為の意味を二人は理解できないようで、ただじっと見ていた。
次にする彼の行動から、先ほどの行為は道化師や大道芸人が小道具に種も仕掛けも無いことを伝える動作に近いものだったと理解する。
それこそ彼は上を向き口を開け、いかにもそれらしく、ダガーを飲み込み始めていた。
どぎつい色の刀身が、半分ほど口内に侵入するかどうか、耳に残る鈍い金属が響いた。
そうだ、まさしく彼は
「剣を、喰った!?」
明るい水色のライトエフェクトを伴い、ダガーは粉々に砕け散った。飛散する無数の破片は太陽の光を乱反射させ輝きを放ち、やがて完全な光の粒子へと変化し彼の体へ吸収されるように消えて行った。
その光景を目の当たりにしたベルは唖然としていた。
一方リッドは何かを悟ったような表情を見せる。
「知ってる・・・、知ってるぞそのスキル!」
リッドが彼を指さした。
「へえ、知ってるのか?」
「刀剣武器にカテゴライズされる武器を喰うことで、その武器のステータスやアビリティを吸収し、半永久的に自己の能力を上げ続けるスキル。 デマや都市伝説の類とばかり思ってたが・・・」
その話にはベルも心当たりがあるようだった。
そして重い口を開け、確認すように、
「リッド・・・、それってもしかして・・・」
二人は同時にその名前を口に出した。
「「〈剣を喰らう者〉」」
彼の、ソードイーターと呼ばれた彼の口角が少しだけ上がった。
「知ってるのは名前だけか?」
ソードイーターが聞いた。
その問いにリッドとベルの二人は顔を見合わせた。
「あ、ああ。 噂程度にしか聞いたことがない。 もちろん実際に見るのなんてな」
リッドの答えに、ソードイーターは少しだけ眉間にシワを寄せる。
「なんかお前を知ってる奴でも捜してんのか?」
リッドは聞いたが、それにソードイーターが答えることはなかった。
しかし、リッドは取り立ててその答えに興味があったわけではなかった。
「まただんまりか・・・、まー良いや。 それよりもソードイーターさんよう?」
「なんだ?」
「テメーみたいに有名な奴なら、〈持って〉んだろ?」
さっきまで驚きと焦りを見せていたリッドではあったが、その眼光は鋭さを取り戻していた。
そして、リッドが構える。
「ヤる気かよ」
ソードイーターが聞いた。
「ったりめーだ! 返り討ちのデスペナが怖くてPKができるか! こちとら遊びや趣味でPKやってんじゃねえんだよ!」
武器を構えなおしたリッドの啖呵に、ベルは疲れと呆れを同時に表情にだした。
「リッドの悪い癖だぜそれ。 あとピッグは趣味でやってるよ」
リッドに続くようにベルが剣を構える。
「いいねそういうの。 嫌いじゃない。 来いよ!」
二人が攻撃をしかけ、それをソードイーターは迎え撃つ。
小回りの利く短めの直剣を装備した二人の攻撃の速度はまさに目にも止まらぬ速さ。
しかも間髪入れずに交互に繰り出す息の合ったコンビネーションは、熟練の域にまで達していた。
しかし、それらすべての攻撃を軽々と避け、ソードイーターは二人に一撃を入れた。
「ぬう!?」
二人はやられたと思った。
苦悶の表情を浮かべるが、体は実体を保っていた。
手を抜かれた?
そう勘違いした。しかしそれは違ったとすぐに気付く。
「体が・・・!」
動かない。
全身が痺れたように自由は奪われ、まるで見えない鋼鉄のヒモでがんじがらめにされたように指先ひとつ動かせなくなってしまっていたのだ。
「てめえ! こりゃあ! ピッグのおおおおお!」
「そうだ。 さっきお前自身が言ってただろ? 喰った剣のアビリティを俺は使えるって」
「うぐぐぐぐ」
踏ん張ってはみるが、動くはずはなかった。
表情だけは敵意をむき出しにしていたが、体が言うことをきかない。
「ほんとにこんなアビリティで何してやがったんだか・・・」
呆れたようにため息を漏らす。
「ベル! アンチデバンドだ!」
「馬鹿! 俺も動けないんだよ!」
「ちくしょう! 嫌いじゃねーとか来いとか言っておいてずりーぞ! 戦いやがれ!」
微動だにできずにもがく二人を見て、ソードイーターは面白そうに鼻で笑った。
そして一息の間に真剣な顔になり、
「これ以外に妙なスキルを使うやつを知っているか?」
そう聞いたが、
「知らねーよ! クソ! 覚えてやがれ!」
二人は怒りの表情を浮かべたまま消え去った。
ソードイーターは表情を崩すことなく、二人が消えた空間を見つめていた。
「ありがとうございます!」
全員が消えたのを見て、襲われていた少女が駆け寄ってきた。
近づいて初めて、その少女の全容が見えた。
彼の目の高さほどしか無い身長。ちょうど目の先には南国の海のように透き通ったコバルトブルーの髪が見え、肩ぐらいで揃えられていた。その中にある顔はまだあどけなさが残るものではあったが、髪の色に似た瞳はジェムクオリティのサファイアが二つ濡れている。
純白のローブに包まれた体は子供のように華奢。そして体の前で短杖を握り絞める輝きを見せるほどの白い両手は、いまだ恐怖が抜けきれないのか震えていたままだった。
「いや、別に助けたとか・・・。 現に一人やられてたんだろ?」
「あ・・・、ジェっくん・・・。 うう・・・」
少女は悲しげな表情をし嗚咽をもらす。
ソードイーターは少し慌て戸惑い、あたりを見回す。泣きだしそうな赤ん坊を見たら、誰だって近くに玩具が無いか探すだろう。
そしてあたりに散らばった様々な色のアイテムシンボルに視線を向けた。
「あー・・・、その辺にさっきの奴らがドロップしたアイテムとかあるから拾っておけよ。 んでそいつがデスペナで帰ってきたらやればいいだろ」
「は、はい」
言われるがまま、少女は散らばったアイテムシンボルに近づいた。
「あ、それと・・・」
ソードイーターの声に、アイテムを拾おうとする少女の手が止まる。
「君は〈ソードイーター〉って、聞いたことは?」
「そーど、いーたーですか?」
少女は悩むそぶりを見せたが、すぐに首を横に振った。
「ごめんなさい。 さっきの人たちが言ってたのを聞いたのが初めてでした」
それに対し、ソードイーターは特に反応を見せたりはしなかった。
「あ、わたしからもいいですか?」
「ん? なに?」
「お名前、聞いてもいいですか? 助けてもらった人の名前くらいは、知っておきたいです」
彼は少しだけ戸惑った表情を見せたが、ボソリと呟くように自分の名前を言った。
「――ユーニ」
「ユーニさん、ですね。 あらためて、ありがとうございます」




