66幕 大部屋とフェードルの意図せぬ言葉の漏れ
「いらっしゃい、アルフオートさん」
「こんばんは、ティレット先生。フェードルはいますか?」
「ええ。今は奥の部屋で、先生達と一緒に休んでいるわよ。会ってあげて」
医務室の奥には病人用の大部屋がある。あまりにも広いその部屋は、50人程度なら収容できるらしい。過去には満員になった事もあるらしいが、俺は今まで貧血の生徒などが眠っている以外にその場所が遣われているのを見た事はなかった。だから、今日程ベッドが埋まっている状況を見るのも珍しかった。
教員達の多くが眠っている為か、大部屋には灯りがついていなかった。フェードルは負傷した教員達と共に、ベッドに伏せていた。ただ目は覚めていたようで、俺が近寄るとすぐに気付いて身体を起こそうとした。月光と医務室から差し込む光の中、フェードルの金色の髪がきらきらと光っていた。
「アルフオート、来て下さったのですね……いっつ」
「無理しないで、フェードル。そのままで居てくれていいから」
と俺は無理に身体を起こそうとする彼女を制しようとする。骨が折れているはずだ。どこの骨が折れているのかはわからないものの、あまりにそれは無茶な動きのように思えた。
「大丈夫です。このくらい……」
しかし彼女は風魔法を遣って、表情を歪めさせながら、上半身を強引に起こさせた。言い出したら聞かない彼女の事だ。大人しく眠っていろと言った所で聞いてくれないだろう。
「……身体は、大丈夫?」
「ええ……まだ、少し痛みますけど、2、3日もすれば元通りになるそうです」
骨折がその程度で治るのだから、やはり魔法の力という物は凄い。知っている知識とは言え、改めてその事に驚いている俺に、彼女は言った。
「先程まででしたら、シーラが起きてたんですけれども……」
視線を送るフェードルに釣られて、隣のベッドに目を向ける。そこにはすやすやと寝息を立てるプリシラの姿があった。眠りながらも、瞼からは涙が流れている。
「ずっと泣いておりまして……。相当ショックが大きかったみたいです」
そう言った彼女の表情が弱々しく見えたのは、決して月の光のせいではないだろう。
「そっか」と俺は頷く。
プリシラにしては、今日の出来事はかなりの衝撃だったに違いない。目の前で可愛がっていた一角兎達が皆殺されてしまい、自身や、友人であるフェードルまでもが死んでしまう可能性があったのだから。
「……」
「……」
フェードルの見舞いに来たつもりだったが、いざ彼女に会うと、かける言葉が出てこない。何か声をかけねばならない気がしたのだが、それが何なのかわからない。それはフェードルも同じようで、俺達は妙な沈黙を抱えていた。
「……すみません、アルフオート」
と、先に口を開いたのはフェードルだった。
「シーラに、色々話は聞きました……。私、あの時はついかっとなってしまって……。貴方が助けて下さらなければ、私は今頃死んでいたんですのね。本当に、馬鹿な行いでした」
「そんな事ないよ。フェードルがいなかったら、間違いなくシーラは助かっていなかっただろうし」
それは本当だった。フェードルがあのタイミングで教室を飛び出していなければ、フェードルがギリギリの所で、一角獣の注意を引き付ける事も、そもそも俺が飼育小屋に行く事もなかっただろう。教師達をアテにしていれば、きっと何もかもが手遅れになるに違いない。間違いなくフェードルは、プリシラを救ったのだ。馬鹿な行いなんかでは決して無い。
「むしろ、凄いと思った。私だって4階から飛び降りたり、一角獣に挑んだりするのは、やっぱり怖かったし。それを躊躇せずにやれるなんて、フェードルは凄いと思うよ」
「……そんなの、周りが見えていなかっただけですわ」
とフェードルは言って、目を伏せる。彼女は相当参っているように見えた。
「シーラが死ぬかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられませんでして……。私、頭が真っ白になってしまって、気付けば、そうしていましたの。少し考えればわかる事です。私のような能力の無い者が行った所で、何の役にも立たない。それどころか足手纏いになるだけだと。シーラが助かったのは結果論に過ぎません」
「そんな事……」
無い、と言いかけたが、フェードルがまっすぐと俺を見ている事に気付き、言葉は途中で止まってしまう。それは事実だ。彼女の能力では、聖獣に敵うはずもない。無駄に死体を1つ増やすだけの事でもある。
「しかし、わかっていても、どうしようもなかったんです。また親しい人を亡くすかもしれないと思ったら、他の方にお願いするよりも先に、体が動いていました」
とフェードルは俺から目線を外して言った。
「……また? 以前にも、そんな事があったの?」
「……」
それはきっと、意図せぬ言葉の漏れだったのだろう。俺に指摘されて、フェードルはそこで自分の言葉に気付き、気まずそうに目を逸らした。しばらくの間、彼女は何かを考えるように目を伏せていた。おそらく何かしらの葛藤が彼女の中で繰り広げられていたのだろう。しかしやがて、彼女の中で整理がついたのか、フェードルは俺を見て口を開いた。
「アルフオートは……貴方はどうして、私を助けて下さってんですか」
「どうしてって……」
と俺は唐突に聞かれた質問に、少し戸惑ってしまう。
「私も、フェードルと同じで、気付けば体が動いていたというか……。うん、でもきっと、私もフェードルと同じで、親しい人を亡くしたくなかったからだとは思う。フェードルやシーラに、いなくなって欲しくなかったから、かな。友達にいなくなって欲しくなかったんだ」
「友達、ですか」とフェードルは言った。
「私はそう、思ってたんだけど」
と俺は気まずくなりながら言った。フェードルは未だに、俺に友人だと思われるのを嫌がっているのではないかと、そう心配した。しかしそれは彼女の意図していたのとは違う事のようだった。
「そう、言って頂けますのね……。でも、私は貴方に、友人と呼ばれる資格なんてありません。知っていると思いますが、入学以来、わたくしは貴方を嫌っておりました。それは私の勝手な理由なのです。その事で、貴方は何も悪くないのに、わざと酷い態度を取りましたし、意図して冷たい言葉を投げかけました。私はそんな、矮小な人間なのです」
「……」
どうやら彼女は、今までの事を気にしているようだった。
「資格なんて、そんな事気にしないでよ」
と俺は言った。
「そりゃ、最初はどうしてフェードルに嫌われてるのかはわからなくて、ちょっと不安だったけど、最近は話せるようになってきたじゃない。少なくとも私は、フェードルさえ良ければ友達に、仲良くなりたいと思ってるよ。だから今までの事なんて、気にしないでよ」
「……ありがとうございます。やはり貴方は、お優しいんですのね」
彼女は顔を申し訳なさそうに、顰めながらそう言うと、目を逸らしてまた何かを考え始めた。それはきっと、俺のその言葉に本当に甘えてもよいのかという躊躇いの間だったのだろう。やがて心を決めた彼女は、俺を真っ直ぐ見た。
「私のやった事は、決して許される事ではないと思っています。ですから、こんな事を頼むのは勝手だと思っています」
そう前口上を述べた彼女の瞳は、涙で滲んでいた。
「それを承知の上で、お願いがあります。アルフオート、どうか私の話を、聞いて頂けますでしょうか。そしてその上で貴方に、今までの非礼を詫びさせて下さい。謝らせて下さい」
退院しました。更新が遅れまして申し訳ありません。
と言っても、こちらは書き溜めていた分になりますが。
今後は最初に言っていた通り、更新頻度を落としながら、まったりと更新し続けていければと思っております。




