60幕 変化と授業
夏季休暇が空けて、また授業の日々が始まろうとしていた。しかしそれは前学期のように穏やかな日々が戻ってくる、という訳ではなく、非常に多くの変化をもたらす日々の始まりだった。大なり小なり多くの変化が俺の元へとやってきて、そして、多くのものへと影響を与える事になった。
最初の学期こそ入門的な部分があり、基本的に同級生は皆同じような授業を選ばざるを得なかった。だけど新学期になってからは、授業選択にかなりの自由度が加わる事になった。生徒の魔力にはどうしても差があって、自分達の魔力に合ったレベルの授業を受けられるようにする為だ。
「あれ、ノエルどこ行くの? 次って、教室あっちじゃないの?」
新学期が始まって最初の週。『魔法生物学入門』の初回の授業が終わり、教室を出た所で、『授業の教室一覧』と書かれたメモ用紙を手にしていたシャーリーに呼び止められる。
「ごめんシャル、私、『基礎魔術応用』の授業は取らないつもりなんだ」と俺は言う。「考えたんだけど、やっぱり『魔術具による防衛方法』を取ろうかなって思って」
「え、ノエル、アレとるのか?」
とブライアンは問う。
「ああ、うん。なんだか面白そうだったしさ」
「『魔術具による防衛方法』って、1年で受けられる中じゃ1番難しいレベルの授業じゃなかったっけ。ある程度の魔法を覚えてないと魔術具が反応しないから、基本対象学年が6年生以降とか、書いてなかった?」
「うん。でも学習計画を読んでいたら、なんだか行けそうな気がしてきて」
と俺が言うと、2人は少し唖然とした。
「凄いよな。お前。あれを見て『行ける』って思うんだから。俺の魔力なら絶対無理だわ」
「私も無理。さすが天才だよね……」とシャーリーも言って、首を振る。
「天才って……」と俺は苦笑いする。
「ま、凡人達は凡人達らしく地道にやってくしかないってこったな」
とブライアンは冗談めいた口調でそう言って、シャーリーの肩をぽんと叩いた。
「ごめんって」と俺は苦笑いしながら言った。「それが終わったら一緒にご飯食べようよ。いつもの場所で待ってて」
そう言って2人と別れて、『魔術具による防衛方法』の教室へと向かう。2人には悪いけれども、初歩魔術である『物持ち上げ』を今期も半年間続けるつもりには、どうしてもなれなかった。
出来る限り2人と一緒にいれる授業を取れれば嬉しいとは思うものの、それで自分の時間を無為にするつもりも無い。この学園にはあまりに授業数が多く、8年間きっちりと勉強したとしても取れない授業も多く出てくるのだから。あまり時間を無駄にはしたくない。
自分が大学生をやっていた頃は大違いな考え方をしている。『いかに少ない単位で卒業できるか』そんな事ばかりを考えていた気がする。勿論、卒業してからはそれがとても勿体無い事をしたのかと後悔した。今はそういう後悔を取り戻すだけのチャンスを与えられている。
そう思うと、自然とやる気も出てくる。
『魔術具による防衛方法』は6年生以降を対象とした授業だという事もあり、生徒の年齢層は高く、皆どこか大人っぽい。背の低い俺の存在は殊更浮いていた。加えてこの髪色だ。教室に入った瞬間から注目の的となり、視線が突き刺さる。
「ノエル・アルフオートだ……」
「ほんとだ。この授業取るんだ」
「ついてこれるの?」
「周囲と一緒にされたくなくて背伸びしてるんじゃない?」
「いやいや、流石にこの程度の授業、あの子にしちゃ余裕なんじゃないの?」
「初めて見た……」
(……わかってはいたけど、凄いアウェイ感)
同級生達の間では、今ではもうだいぶ少なくなっていたその奇異の視線。少し気まずくなりながらも、見知った生徒もいない為に、空いていた奥の方の席へと座る事にした。
「後ろの席に座るなんて、高みの見物って感じなのかな?」
(……流石にそれは放っておいてほしい)
別に一々気にしてしても始まらないのだが、嫌でもそんな言葉が耳に入ってくる。授業が始まるまで聴覚遮断の魔法でもかけようかと思っていた所で、ふと声をかけられた。
「あら、アルフオート? ごきげんよう」
「あ、フェードル。フェードルもこの授業をとってたんだね」
顔をあげるとそこに見知った顔がいて、少しだけ安心した。
「なんですの? わたくしがこの授業をとっていては何か不都合でもありまして?」
と彼女は俺を睨む。喜んでみたはいいものの、彼女は彼女でまた面倒臭い人だった。夏季休暇前に心配してくれた時は、関係が改善されるのではと少しだけ期待していたのだが駄目みたいだ。新学期が始まっても、相変わらずフェードルは俺につんけんとした態度をとってくる。
「知ってる人は誰もいないのかなって思ってたから。フェードルと私だけみたいだね、同級生でこの授業をとる予定なのは」
「ええ、そのようですわね」
とフェードルは頷く。金色の綺麗な髪が揺れる。
「本当はシーラも受講する予定だったのですけれども、この時間はどうしても一角兎の世話をしないといけないみたいで、空きコマにしてますの」
「そうなんだ」
そう言って、俺は講義机の奥へと席を移動する。フェードルが隣に座れるようにスペースを作ってあげる。ここに座りなよ、という風に。しかしフェードルはそれに気付いていないハズはないにも関わらず、わざわざ俺の一つ前の列に座った。
(……なんだかなぁ)
と俺は気まずく首を掻く。どうやら1年生どうしだからと言って、仲良く一緒に授業を受ける、などというつもりはないらしい。




