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6幕 最高の器と精霊召喚





「彼女は本当にあのノエル・アルフオートなのでしょうか」


 アンドレアが言葉を失っていると、魔術師の1人が研究者に声をかける。


「私は以前、彼女を遠くから見た事がありますが、その時の彼女の髪色はその少女のような銀色ではなく、栗色だったハズですが……」


「ああ、それはきっと、彼女の体内魔素量の変化による物でしょうね」


 研究者は答えは、アンドレアの予想通りの物だった。


「今は一本も残っていませんが、彼女の髪色は確かに栗色でした。我々は毎日、魔力強壮剤を彼女に投与し、その量を増やしてきました。3ヶ月を過ぎ、一般的な人間の致死量の30倍を越えた頃にはもう今の髪色になっていました。今では致死量の70倍程度の量を投与しています」


 致死量の70倍程度、という言葉にアンドレアを含め魔術師達は息を飲む。


 馬鹿馬鹿しい数字だが、それが嘘ではないということは目の前の少女の魔素量とその濃度が語っている。それはあのパーティーの夜に、アンドレアがノエルから感じた魔素量とは比べ物にならないものだ。人間の域をはるかに越えている。


「元々の魔力の高さも相まって、面白いほどに成長してくれました。流石は天才と言われるだけはある。強壮剤の投与にもよく耐えてくれました……まぁもっとも、耐えられたのは肉体と魔力だけで、精神の方はその過程で早々と崩壊してしまいましたが」


 と研究員は言う。


「……」


 ただただ屍のように見開いた目で虚空を見つめ続けているノエルから、アンドレアは目が離せないでいた。


 おそらくあの様子では、崩壊した彼女の精神は、もう2度と元に戻る事はないだろう。それはつまり、彼女の魔術師としての輝かしい未来が、永劫に閉ざされてしまった事を意味する。『12人の偉大なる魔法遣い』に彼女はなれないどころか、普通の人間としての生すら送る事は叶わないだろう。


 廃人と化した彼女は今や、ただの魔力の入っただけの器と成り果てている。


「……」


 だが、アンドレアは彼女の境遇を哀れみこそしたものの、研究者を糾弾することも批難する気も起きなかった。


 彼の頭には、ある考えが浮かび始めていたからだ。非常に邪な考えだ。


 彼女は最早廃人となってしまった。しかし、まだ彼女の魔力は消えていないのだ。ならその才能を、正しく使ってやればいいだけの事。そう、アンドレア自身がだ。アンドレア達であれば、彼らの持つ精霊魔術の知識ならば、それをきっと可能にすることが出来る。


「……」


 彼は自分の精神の昂ぶりを感じずにはいられなかった。


 あの日、あの夜、あのパーティーで、彼は思ったのではないだろうか? 「あれだけの力を自分でも使えればどれほど素晴らしい事だろう?」と。あれだけの才能が、もし自分の物だったらと。それが現実の物としてやってきたのだ。


「どうでしょう? 彼女であれば精霊を降ろせそうですか?」


 と研究者が聞いた。


 ―――ごくり。


 誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえた。


 あるいはそれは、アンドレア自身の物だったのかもしれない。


 周囲の魔術師達と目を合わせる。彼らも同様の昂ぶりを感じているように見えた。


 間違いなく出来る。自分達であれば、いや、この「器」があれば、机上の空論であった精霊降臨(考え)を実現する事が出来る。これだけの魔素量のある「器」だ、きっと精霊の魔力に耐えうる事が出来る。いや、出来ない訳がない。それもかなり高位の精霊であっても耐える事が出来るであろう。


 そうなれば『偉大なる12人の魔法遣い』達など目ではない。『魔王』ですらをも凌駕する存在を作り出せる。権威に胡坐をかいて踏ん反り返っている彼らなど最早とるに足らない存在が生まれる。それは魔術史において、間違いなく新たなページを刻む事になる存在。他ならぬ自分達が、ソレを造りだす事が出来る。目の前の器が、それを可能にする。


 彼らは最高級の器(ノエル)の魅力に取り付かれていた。


 もう誰1人として、ノエルの事を人として見ていない。倫理や道徳に抵触するなどという考えなど、誰ももっていなかった。感じているのは魔術への高みへ到達する事への昂ぶりばかり。彼らは人間であると同時に、研究者達であり、そして何より、魔術師であるのだから。


「もちろんです」


 とアンドレアは返す。


「最高の物を作り出してみせますよ」







 魔術師達の準備が終わった後、早速ソレは始められた。


 先程とは異なる部屋。既に集まっていたアンドレアをはじめとした魔術師達の前に、身を清められたノエルが連れられて来た。垢は落とされ、髪も櫛で綺麗に整えられ、純白のドレスを着せられている。


 頬は痩せ、血色は悪いものの、このような状況でさえなければ、中には見惚れる者も出てくるであろう。もっとも、半開きになった口から漏れる唾液と、見開いたままの虚ろな眼がなければの話ではあるが。


「こちらは用意出来ました」


「ええ、こちらも用意できております。いつでも始められます」


 身なりを整えられたのは決して彼女の為ではない。


 ましてや、魔術師達の為でもない。他ならぬ召喚する精霊の為である。器となる者の身なりを少しでも、強い精霊の好みの物にする為にだ。


 人間より上位存在である精霊は気まぐれな部分が強く、同じ呪文、同じ触媒を使ったとしても、召喚に応じる精霊は同じであるとは限らない。しかし呼びかけの魔力が強ければ強い程、強力な精霊が応えてくれるのは確かだった。国屈指の魔術師が呼び出されたのもそれが理由であった


 魔術師達は部屋の真ん中で仰向けになったノエルを囲うようにして立ち、部屋の隅には、4人の研究者達が固まりその様子を見ている。


 ノエルの腕と足には、封魔の枷がそれぞれ2つづつ装着されていた。精神に抵抗しないようにとの魔術は施してはいるものの、念には念を入れての物だ。


「……それでは始めましょうか」


 アンドレアがそう言い、静寂がおとずれる。


 長い沈黙の後、まず初めに、アンドレアが1人で呪文を唱え始める。1人、また1人とその詠唱に加わっていく。斉唱ではない。各々が知る限りの最上級の召喚魔術を、個々にノエルに向けてぶつけるように唱えるのだ。


「……」 


 室内にはかつてない緊張が走っていた。それは、見守る研究員ですら感じており、アンドレアもこれ程の緊張を感じた事はない。


 たった1度きりの兆戦だった。「器」の代替品など存在しない。失敗してしまえば、この先何年も、何十年も、ともすれば何百年も次の機会が現れる事などないだろう。もし雑念が混じり、低級の精霊を呼んでしまえばそれはそれで終わりである。いかに最高級の器と言えども、精霊を受け入れる容量の限界は1匹であろうから。


 アンドレア達魔術師が詠唱をしながら思い浮かべるのは、「釣り」のイメージだ。


 精霊のいる『異』界とのゲートを開き、その中に餌となるノエルを漂わせるのだ。人間世界に降りて、受肉を求めたがる精霊達に向け、いい器があるのだと知らせる。


 詠唱を初めて、30分が経った頃、それは起こった。


 ノエルの周辺に、彼女とはまた異なる強力な魔素の流れが、どこからともなくいくつもいくつも現れ始める。「餌」の匂いを嗅ぎつけた精霊達が、ノエルに興味を持ち、近寄ってきたのだ。


「おお……」


 と研究員の男が声をあげる。


 精霊は霊体故にその形を目で見ることは出来ないが、それでも大きな魔素がやってきたという事は感じられる。


(精霊達がやってきてくれた……)


 彼らはきっと、ノエルという器を気に入ってくれるはずだ。気に入らない訳がない。アンドレア達は成功を確信しながら、ゲートの維持に力を注ぎ続ける。魔術師達は、あとは精霊達がノエルを気に入り、その中に降りてくるのを待ちながらゲートの維持に力を注ぎ続けるしかない。


 だが、彼らは大きなミスを犯していた。しかしそれは仕方のない事だ。今まで石や金属と言った「無機物」の中にしか精霊を、それもせいぜい下級の精霊を入れた事しかない彼らでは知る由もない事だった。


 人間などという複雑な有機物の中に精霊を宿す為には、宿主の精神が必要不可欠だという事を。宿主の精神と一つになってこそ、精霊は降りる事が出来るのだと。


 だからこそ、精神が壊れ、魔力があるだけの器となってしまったノエルに、精霊達は憑依する事が出来ない。


 確かに、これだけの魔素を持った器に受肉しないのは勿体無い。彼女の体なら精霊の魔力に十分耐えうるだろう。しかし、それが出来ないのだ。


 歯痒さを覚えた精霊達だが、最高の器を前に、指を加えて見ているしかなかった。


 しかし、ある精霊だけは違った。


 その器が精神を持っていない事に気づくと、慌てて別の人間の『精神』を探し『持参』してきたのだ。


 だからこそ、その精霊は『持参』した人間の精神と共にノエルの身体に降りる事が出来たのであり、まただからこそ、本来の「ノエルの精神」に対して研究者達がかけていた強力な洗脳魔法も効力を失ってしまい、傀儡として扱うはずだった彼らの目論見は失敗に終わる。


 そうしてこの世界に、かつてない魔力を持った存在(チート)が生まれる事になる。





いつも読んで頂きありがとうございます。

自己満足の為に、好きな事を書こうとは思っていますが、それでもブックマークやアクセス数が増えるのを見ていると、とても嬉しいですし、励みになります。ありがとうございます。

少し長めのプロローグになりましたが、次の話から本編に入ります。

これからも、よろしくお願い致します。

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