56幕 一周忌と異世界のお盆
(ブルームフィールドさんには、ああ言ったものの……)
夏季休暇に入って2週間近くが経っていた。
俺の生活は、授業があった頃から大きく変わる事はなかった。図書館へ行き、本を読み、寮で味のしない食事をし、夜はスバルか俺の部屋で、読書と魔法について教えて貰う。時々マカロンに乗って、リーワースの街外れにある丘で、スバルと対人を想定した魔法稽古を行う。
そうした、今までと何の代わり映えのしない日々。
勿論、今までよりも色々集中できる時間が増えて、濃い時間が過ごせていると満足している。特にスバルとの稽古は今までよりもとても体力を使うようになってきて、ここのところずっと身体が痛いが、その分得る物も多い。彼と一緒にいる時間も楽しく、その事に不満は無い。
だが相変わらず、自分は何がしたいのか、これからどうなりたいのか。そう言った事についてはまったく見えてこないでいた。
12歳の身体になって、人生をやり直している。
まだまだ時間があるとはいえども、このままだと俺は結局、また何もみつけられず、何者にもなれないのではないだろうか。時々そんな焦りが俺を襲い、本の頁を捲っているハズなのに頭に入ってこない時があった。
(ブルームフィールドさんの誘いを断ってしまったけれども、提案に乗って彼の屋敷に行っていたら……。この学園から出たら、もしかしたら、何かを見つけるきっかけが出来ていたのだろうか……?)
魔術師ばかりの家系だ。何かしら発見があったかもしれない。勿論、そんな事を考えても仕方ないのだけれども、どうしてもそう思ってもしまう事がある。何しろ俺は学園の中からほとんど外へ出ていないのだ。もっと、この世界の、色々な場所へ行き、色々な物を見るべきなのではないだろうか。
(色々と、そう、具体的には何も出てこないんだけど、その色々を探す為に……)
思えば俺はこの世界の事をほとんど知らない。ノエルが過ごしてきたのもリストニアの屋敷と、あとは、バラントの施設くらいだろうか。
「……あ、そうか。そうなのか」
思わず口をついていた。ふと、別のある事に気付いたのだ。
「どうした?」と向かいの席に座ったスバルが聞く。
その時、俺とスバルは図書館から教職員寮に戻ってきて2人で昼食をとっていた。トインビーは今朝早くに外へ出る事になり、数日は帰ってこないとの事だった。屋内にいるというのに、日差しは強く、蝉(のような虫)の鳴き声があちらこちらから響いてくる。西洋風な世界観を持つこの世界は、どこか日本に気候が似ていて、日本の四季の感覚がそのままあてはまる。
「そういや、そろそろ一周忌なんだなって思ってさ。俺の……ノエルの家族の」
食堂の中はあまり人気が無い。職員達も帰省をしているのか、時間をずらして食事を取る予定なのか。かなり閑散としていた。クーラーや扇風機は存在しないものの、簡易の氷魔法さえ遣う事が出来れば体感温度を下げる事は出来る。
「ちょうど、兄さまと姉さまが夏季休暇で帰って来てた時だったからさ。勿論、その時は俺、まだこっちの世界にいた訳じゃないけどさ。その時のノエルの記憶も、ちゃんと残ってるから……」
「そうか」とスバルが言う。
「そういや、こっちの世界に『お盆』とか『お彼岸』のような考え方ってあるのか?」
と俺は疑問に思い尋ねてみた。勿論、仏教的な価値観がある訳えではない。かといってキリスト教的な世界という訳でもない。色々と、自分の思っているような価値観が当てはまる訳でもない。加えてノエルの知識は、そのあたりの事に関しては疎く、専ら魔法の事ばかりある。
「……『オヴォン』? なんだそれは」
勿論、聞きなれない唐突な日本語が出てきてスバルが戸惑いの声をあげるのは不思議な事ではない。
「ああうん。そうだよね、ごめん。お盆っていうのは、俺が前に居た世界でさ――」
と説明をする。いつも俺が魔法やこの世界の知識を教えて貰っている側なので、こうして教える側に回るのは、どこか新鮮だった。
「――なるほど、死者の世界とこの世界の『通り道』が開く時期があると」
「まぁ、あくまで慣習なんだけどね。こっちの世界には似たような考え方はないの?」
と俺は聞いてみる。少なくとも、元々のノエルは夜になると幽霊が怖くトイレに1人で行けない時があったので、『霊』という考え方はあるみたいだが。
「……似たような話はある。死者の魂が様々な形でこの世界に現れるという話は、どこにでもある。死者の魂が死者の国へ向かうと考える国もある。勿論、お前も知っているだろうが、霊というのは根拠の無い物だが」
「なるほど、やっぱりどこにでもあるもんなんだな」
魔術があるのだから、死霊遣いくらいいそうな世界ではあるが、確かに聞いた事もなく、この学園の図書館にそんな本もない。
「……行きたいのか?」
ふと、スバルが聞いた。
「死者の国に?」と俺は聞く。
「違う、お前の家族の墓にだ」とスバルは少しばかり呆れながら言った。「今はその……『オヴォン』?」
「お盆」と俺は言った。
「お前の話なら、今が大体、その『オヴォン』という時期になるだろう? 家族と話したくないのか」
「確かに、まだ一度も墓に行ってないし、話したくない訳でもないんだけど……」
バラントの施設を出て、一度屋敷には帰った。しかしそのまま今日まで一度も、墓に行っていない。
「一度行って見るというのもいいんじゃないか。おそらく、トインビーに聞けば場所はわかるだろう」
「うーん……でもなぁ……」
と俺は前髪を掻き分け、少しばかり悩む。
正直に言うと、気が進まない。
「どうした?」
「俺、本物のノエルじゃないからな」
と俺は答える。
家族の記憶はあるといえども、それは俺ではなく『ノエル』の記憶でしかない。彼らと最後まで話したのも、俺ではなく元々の『ノエル』だ。記憶こそあれども、言ってしまえば、俺は他人。それどころか、家族の皮をかぶった別人だった。そんな俺が、どのような顔をして会えば良いのか、何を話せば良いのかと思ってしまう。
「勿論話したい事はいっぱいあるよ。でもそれは、『元々のノエル』としての記憶からくる物だから。俺じゃないんだよな」
「……お前はノエルの記憶がきちんとあって、生まれてから今まで世話になったという感情もあるのだろう。ならそんな事を考えるまでもなく、お前は間違いなくノエル・アルフオートだと思うがな」
「ありがとう、スバル」
と俺は言って、少しばかり時間を置いて考える。
「……でも、やっぱり、今回は辞めておくよ」
と俺は言った。
「勿論行きたくない訳じゃないし、顔を合わせたいって気分はある。でもさ、まだ上手くその辺りの事が自分の中で整理できていないんだ。上手く整理できたら、その時は行こうと思う。でも、まだちょっとね」
「……そうか」
とスバルは頷く。
「うん、せっかく言って貰ったのに、悪いな」
と俺は言う。
そこから、しばらく俺達の間に会話は起きなかった。俺は自分の中でそのもやもやとした感情に折り合いをつける事が出来ずに悩んでいたというのもあり、スバルもきっと、そんな俺を察してくれていた。しかし、その不自然な沈黙のままでいるというのも悪いと思い、俺は口を開こうとする。
「あのさ――」
「なら、行きたい場所があるのだが」
と俺の言葉と彼の言葉が重なる。俺はどうぞ、と彼に手を向ける。彼は頷いて続ける。
「行きたい場所があるんだ。付き合ってくれないだろうか。少し遠い為に、2日程、かかる事になるかもしれないが」
「いいけど」
と俺は聞いた。家族の墓へ行く事は渋った物の、丁度学園の外には行きたいと思っていた所だった。
「どこに行く予定なんだ?」
「エンブルクに行きたいと思っている」と彼は言う。「お前の話を聞いていて、俺も親の墓を参りたいと思った。その『オヴォン』と言う奴だ」




