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50幕 転移装置と久々の会話





 トインビーとの食事が終わると、俺はスバルの部屋の前へと来ていた。


「スバル、いるか?」


 何度か軽くノックをして確かめる。しかし扉の向こうから返事は無い。


(トインビー先生は、スバルがどこかに行っているって言ってたけど……)


 俺は彼から貰っていた部屋の鍵を使って、彼の部屋の扉をあける。お互いの部屋への立ち入りは自由にして良いと決めていたものの、やはり勝手に部屋の中に入るのは気が退ける。それでも、部屋の中でスバルが倒れでもしているのではないかという心配ではあった。


 部屋に灯りをともす。スバルの姿はそこにはなかった。

 

「……」


 ほっとして安心したような、どこか残念なような。


 少しばかり、スバルと話がしたいと思ったのだ。夕食時にトインビーから話を聞いて、もやもやとした感情が自分の中に生まれていた。勿論、アレックス・ブルームフィールドの件についてだ。しかし、だからこそ、今はこの部屋の中にスバルがいなくて正解だったかもしれない。こんな面倒くさい感情を聞いて貰うなんて、スバルにしても迷惑だっただろうから。


(やっぱり、どこかへ行っているのか……)


 ふと、机の上に一枚の手紙が置かれている事に気づく。俺宛の物だという事はすぐにわかった。綺麗な文字で、それはスバルの筆跡だった。


 『ノエルへ。少しばかり出てくる。帰るのは夜遅くになるので、すまないが今日は過ごせそうにない。また、部屋の奥の壁に飾っている魔宝具には決して触らないで貰えるだろうか。スバル』


 それだけの書かれた、簡潔な手紙だった。まるで俺がこの部屋に来る事を意図していたような手紙だ。


(部屋奥の壁……ああ、これか)


 文面通り、部屋の最奥の壁には、宝石がいくつも並べられてかけられていた。赤、青、緑と様々な種類の宝石。それを見つけた瞬間に、スバルが何故それに触れて欲しくないと書いているのかはすぐにわかる。宝石達の並びが、一種の魔方陣を作り出しているのだ。場所を少しでも動かせば、その魔法が解けてしまう可能性がある。


「これは、空間魔法、かな」


「そうだね、その通りだ」


 俺の独り言に、同意の声が背後からかけられる。


「……っ!」


 振り返る。お土産などに良くありそうな、手乗りサイズの木彫りの熊。それが床に自立していて、意思を持つようにぶんぶんとこちらに向かって手を振っていた。木質なのに、かなり柔軟そうに動く。


「久しぶりだね、ノエル」


 と熊は言った。そんな事が出来る存在、そしてその声の心当たりは1人しかいない。間違いなくリアンだ。どうやらまた『熊』に憑依したらしい。


「『久しぶりだね』じゃないっての」


 と俺は少しばかり呆れながら言った。


「俺さ、何度もお前の事呼んだんだぞ。どうして出て来てくれなかったんだよ」


「出てきて欲しかったかい?」と熊は首を傾げる。


「そりゃあね。聞きたい事とかいっぱいあったし」


 と俺は言った。最後に彼と会ったのはこの寮で初めて目が覚めた日以来だった。


「そっか。でもね、だからこそ僕は出てこない方がいいと思ったんだよ」


 とその木彫りの熊は、腕を組みながら言う。


「色々と手探りでもいいから、君自身で物事を考える癖をつけて欲しかったんだよ。僕が毎回出てきていたら、僕の事を頼りにするようになるだろうからね。これはあくまで君のやり直し人生だ。僕はあくまで君の傍にいて見ているだけだって考え方を持って欲しくてね。特に最初は、出てこない方がいいと思ったんだよ」


「そうなんだ」


「まぁ、正直に言うと、こうやって出てくるのが面倒だったってのはあるね」


「……この野郎」


 床に立つその熊を拾い、額をぐりぐりと人差し指で抑え付ける。


「痛い、痛いよノエル」


 苦笑いしながら彼は言う。


「でも、君もこの術式が『空間魔法』だとわかる程度には勉強したんだね。そういう『気づき』が出来るようになったのは偉いよ。……しかし、凄いね、その魔方陣。思わず出てきてしまったよ。生で見たくなってね」


 ごめん、もう少し近くで見たいから連れて行って。


 そうねだるリアンを連れ、その魔方陣の前に立つ。魔方陣それ自体では魔素を発してはいないものの、大きな力を持っているというのがわかる。


「これは、どういう物なの?」


「んー、君に馴染みのある言葉で言えば、一種のワープ装置かな」


「ワープ装置」


 この世界にしてはあまりにもサイエンティフィックな言葉に、驚いてしまう。


「大掛かりなのに、とても繊細な魔術だよ。おそらく別の場所にも、これと同じような魔方陣があるんだと思うけど、その場所とこことを繋いでいるんだろうね」


「なら、この魔方陣を遣えば、俺もスバルのいる所まで行けるって事?」


「これ単体じゃ意味を持たないから無理かな。この魔方陣に対応した魔法を遣わないといけない。君の魔力的には問題ないだろうけど、遣う技術的な話をすれば、今の君じゃ絶対に無理だね」


 とリアンは言う。


「君がスバルから教えて貰おうとしている『荷物送り』よりもかなり繊細さを要求する高度な魔法だ。これが出来るのは、流石は魔王って所だね」


「……そっか」


 魔力自体は俺の方が高いとしても、その遣い方がまだまだ彼やトインビーの足元に及ばないという事には気づいている。それどころか、この学園の教師達の中にも俺よりも上手い者は多くいるだろう。事実ではあるものの、その事実をはっきりと突きつけられてしまうと、少しばかりショックを受けてしまう。


「こんな魔方陣を遣うって事は、相当遠くまで行っているんだろう。それも、龍で行くよりも遠くにね。彼をここまで歩いて帰ってこさせるハメにしたくないなら、それに触らない方が良いよ」


「わかってるよ」


 と俺は少しばかり馬鹿にされた事に関して苛立ちながら返す。魔方陣という物は、ただその形通りに並べればいいという簡単な物ではない。順序、温度、そこにこめる魔力、方角、その全てを守らなければ意味を為さない。


(でも、急にそんなに遠くに行くって、何かあったんだろうか……)


 少しばかり心配になる。しかし、そんな俺を他所に、リアンは依り代となった身体で大きくのびをした。


「でもま、うん。んー、良い物が見れたよ。満足満足」


「……もしかして、もう帰る予定だったりする?」


「そうだね。満足出来たし、少しだけど君とも話せたし……と言っても、君はの方はまだまだ聞きたい事が色々とあるようだね。んー、なら、まぁいいか。本当は君の為にならないんだけど、この魔方陣に免じて、僕がわかる範囲でなら1つくらい君の質問に答えてあげてもいいかな」


「1つだけ?」


「うん。それ以上は流石に自分で考えて欲しいからね」


 本当なら全部考えて欲しいんだけどね、と彼は苦笑しながら言った。




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