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5幕 天才少女と魔素比べ






 ノエル・アルフオート。


 有名すぎるその名前を、もちろんアンドレアは知っている。


 今から1年程前、つまり彼女が行方不明になる半年程前の事。1度だけ、ある貴族のパーティーで彼女の姿を見た事もあった。あれは、リストニアのブルームフィールド侯の開いたパーティーだったか。


 リストニア王国のアルフオート侯爵の次女にして、卓越した魔術の才能を持つ天才少女。あまりの異能ぶりから、まだ魔術学校にも入っていないにも関わらず、将来的には『偉大なる12人の魔法遣い』になるだろうという話すら既に飛び交う。彼女の獲得の為に、様々な魔術学院の校長が直々に彼女の屋敷まで行き、勧誘に伺ったという話だ。『偉大なる12人の魔法遣い』の筆頭魔術師で、世界中の魔術師が憧れるクラーク・トインビーですらもその中にはいたという。アンドレアの卒業した母校ですらも、彼女の勧誘の為に動いた。


 そうは言っても、彼女に会うまで、アンドレアはあまりピンとこなかった。


 と言うのも、子供の頃に天才と呼ばれた魔術師達を、彼はもう何人も見てきたからだ。そして、そのほとんどが今や無名の大人になっている。


 十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。


 そんな言葉があるように、ノエルほどの騒がれようは初めての事ではあるが、自分より才能があると言われ、その言葉に甘えたが故に脱落していく人間達を大量に知っている。今更天才少女といわれても心が沸くなんて事はない。


 勿論、自分が死に物狂いで勉強をし、そうしてやっと入学を許可された母校の入学試験を免除されるという事に、嫉妬の思いがなかったという訳ではない。だがその勉強があったからこそ、今の自分があったとも思っている。特に入試免除は、その分魔術師が身につけなければいけない基礎的な勉強が不足する危険性も孕んでいる。それはきっと、長い目で見れば大きく不利となる事だ。


 彼女が騒がれるのも、きっと一過性の物だろう。


 世の中は話の種を求めたがる。


 彼女、ノエル・アルフオートもまたその一種なのだろうと思っていた。


 しかしながら、アンドレアはそのパーティの夜に、それがまったくの見込み違いだった事を思い知らされてしまう。








「……」


 ノエル・アルフオートがパーティーフロアに入ってきた瞬間、アンドレアは誰に言われるまでもなく瞬時に彼女が「ノエル」であるという事に気づいた。それも、彼女を姿を見るよりも先に。


 もっとも、ノエルだと気づいたのはアンドレアだけではない。フロアにいる全員が彼女がノエル・アルフオートなのだと認識させられた(・・・・・)のだった。


 突然、強い濃度を持つ魔素がフロアの中に入ってきたのに皆が気づく。談話に勤しんでいた者達は言葉を止めてその方向を見る。パーティー会場はまるで音を消されたかのような空間になる。


 パーティーは社交場であると同時に、避けられない魔素比べの場でもある。


 敵対する者がいなければ、酒の絡む席でもあり、自然と魔素を晒してしまう(魔素を漏らさないように隠す事にはまた魔力を必要とするのだ)空間。そのような場所で対面して話していれば、自然と相手の魔力と自分の魔力、どちらが強いかがわかってしまう。勿論魔素が多ければ多い程、魔術師としての格が高いといえる。使いこなせるかどうかは別として。


 おそらくこのパーティの中で、ノエルを除けば1番魔素量の多いであろうアンドレアですら、自身の漏れ出る魔力を他者が感知されるのは、彼の半径5メートル以内程度の範囲に入られなければならないだろう。


 それなのに今、フロア全体に行き届く程の魔素を、1人の少女が出している。 


「……」


 名の知れた魔術師達が集まったハズだった。その魔術師達が皆、言葉を失っている。


 それもそうだろう。


 今、1人の少女によって、一瞬にして思い知らされたのだから。


 彼女が、ノエル・アルフオートこそが、この会場の中で一番格上の存在なのだと。


 目鼻立ちのはっきりとした顔の造りからは、育ちの良さと、数年後の美人が確約されているように見えた。透き通った綺麗な白肌。肩甲骨のあたりまですらりと伸びた、癖の無い綺麗な栗色の髪からは、ワインを想起させられる。まるで精巧な人形でも見ているようだ、とアンドレアは思う。


 このような魔素濃度、パーティーの参加者では初めて経験をする者もいるであろう。


 アンドレアですら数える程しかない。これより強い魔素などと言えば、それは例えば『偉大なる12人の魔術師』達や『魔王』達、あるいはそれに準じる程度の魔力を持った魔術師達が魔素を放出した時くらいだろう。


 魔素量は才能というよりはむしろ、修練で増えていく。


 しかしこの先、何百年かけた所で、アンドレアがその域に辿り着く事は出来ないのは目に見えていた。それだけの実力の圧倒的な開きがそこにあはあり、その魔力を持つ者が目の前にはいた。


 天才、といわれているだけの事はある。


 彼は今、彼女への評価を改めなければいけない。


 彼女は「本物の天才」だった。


「……」


 無音が続く。皆が一様に彼女の事を見ている。待っているのだ。このフロアで1番力を持っていると、それを示した彼女が、次に何をするのかを。


「……うぅ」


 しかし皆の視線が集まった彼女は―――なんと、その視線に耐え切れず、母親であるアルフオート公爵夫人のドレスの後ろに隠れてしまったのだ。ノエルが歳を重ねれば、そのようになるのだと思われる美人。逆に夫人を小さくすれば、ノエルになるだろうという程に生き写しなその見た目。しかし夫人からも、その隣にいる公爵からも、ノエル程の魔素は感じられない。


「申し訳ありません」


 そんなノエル・アルフオートを見て、父親のアルフオート公爵は苦笑いをしながら誰にともなく言う。


「娘はまだ、魔素を隠す事には慣れてない上、とても人見知りをするもので」


 皆が虚を突かれた。


「……ふふっ」


 しばらくして、その虚を突かれたような沈黙に耐えきれなくなった誰かが吹き出した。なんだそれは、と。圧倒的な力を見せた天才が、誇るでも威張るでもなく、恥ずかしがるだなんて。それが合図だったといわんばかりに、張り詰めた緊張の空気が一転する。フロア内の緊張が解け始めたのだ。


「今のは凄かったですね」


「流石、天才と言われているだけはある」


「なんとかして、うちの母校へ入学して貰えないものか……」


 パーティーはまたもとの騒がしさへと戻っていく。もっとも、先程と違い、話題はもっぱら彼女の事ばかりになったが。


 アンドレアも皆と同じように会話に参加しているものの、あまりの物を見てしまったが為に、身体から力が抜けてしまっている。膝が笑いそうだ。


(完敗だ……)


 勝負をしていたつもりはない。いや、勝負をする事すらおこがましいのかもしれない。だけど彼は今、確かな才能を目の前にして、打ちのめされていた。彼女を甘く見ていた自分に、そして自分の魔術師としての矮小さに。だが、嫌な気分ではない。


 自分の人生の半分も、いや、3分の1も生きていない少女に、アンドレアは純粋な「憧れ」に似た感情を今や抱いていた。あんなに素敵な才能を持てれば、どんなに素敵なのだろう、と。きっとこのパーティーに参加している魔術師達は、同じようなことを思っているに違いない。


 そしてアンドレアは、素直に彼女を応援したいと思った。


 彼女がどのような人生をこの先送るのか、どれだけの高みへと登っていけるのか。魔術師の端くれとして、彼女の純粋に楽しみに思った物だった。





 しかし彼女、ノエル・アルフオートは、今から半年前に突然行方不明になる。


 アルフオート公爵家の家族、使用人達が、避暑地への移動中に殺害されるという凄惨な事件が起こったのだ。


 盗賊の仕業という話だが、その死体達の中に、ノエルの死体がなかったというのが、世間に衝撃を与えた。リストニアが国をあげて彼女の捜索をしているが、結局ノエルは見つかっていないという。


 その事について、様々な憶測が飛び交い、流言が広まった。


 曰く、ノエルの死体は魔素を多く含んでいたが為に、1人だけ高位な魔物の餌になったのだとか。


 曰く、ノエル自身が家族を殺し、自らはどこかに隠れたのだとか。


 曰く、ノエルの力を疎んだ誰かが、彼女の力を欲し誘拐したのだとか。


 最後の噂はあながち間違っていなかったのだと、アンドレアは思った。


 彼女は誘拐されていたのだ。


 それも、ほかならぬ自分達の国によって。







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