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49幕 目標ある恵まれない青年と目標の見えない恵まれた少女






 その日の夕食の席には、スバルが顔を見せなかった。


 そんな事は俺がこの寮で目覚めた初日以来だった。小間遣い達も、3人分の食事を用意していいのか悩んでいるようだった。スバルが食堂に来ないせいか、食堂では、いつもなら遠巻きに見ているだけの他の教師達も声をかけてきてくれた。ヴァーノン先生は俺の傍を通りかかる時に、「今日の試験は良かったよ、それに妹と仲良くしてくれてありがとう」と言っていた。


「……」


 スバルに何かあったのだろうか、そんな心配していると、向かいに座るトインビーが俺の顔を見て笑っている事に気づいた。ここに来て以来、俺とスバル、そしてトインビーの3人で食事をとる事が常になっていたので、どうにも落ち着かない。思えば、『偉大なる12人の魔法遣い』と『魔王』と『一般生徒』が食事を摂るという状況はかなり異質なのだ。


「彼には、時々こういう時があるのだよ」


 とトインビーは言った。


「おそらく今日は外で食べてくるのだろう。何、気にしなくても明日には戻ってくるさ」


「そうなんですか?」


「ああ。だから心配しなくてもいい。君は嫌われた訳ではないさ」


「そんな事は思ってませんよ」


 と俺は少し声をあげて否定する。


 しかし実際の所、図星ではあった。この寮で目を覚ました初日の事もあって、俺が何かしら、気づかないうちに彼の機嫌を損ねてしまったのではないかと不安だったのだ。


「そうなのかい。てっきり暗い顔をしているから、そういう心配をしているのかと思った。君は本当にスバルの事をよく思ってくれているからね」


「まぁ、そりゃあ、友人ですからね」


 と俺は言って、食事を口に運んでいく。相変わらず味がしないそれは、まるで紙を食べているかのようで、飲み込むのに非常に苦労する。


「でも、自分だって学園生活で悩む事くらいありますよ」


「どうかしたのかい?」とトインビーは聞く。「私でよければ聞こう」


「……トインビー先生は、ブルームフィールドという生徒を知っていますか、アレックス・ブルームフィールド」


 と俺は素直にその言葉に甘える事にした。


「ああ、彼に会ったのか。勿論知っているよ。とても優秀な生徒だからね」とトインビーはそう言って目を細めた。「だが同時に、とても不運な生徒でもある。彼がどうかしたのかい?」


「実は――」


 と俺は今日の事を話した。勿論、周囲で誰が耳を立てているかわからない以上、要所要所はぼかしたし、出来る限り小声で話した。しかしトインビーの方でも、『傍聴防ぎ』の魔法を唱えていたので、本当は必要なかったのだが。


「――そうか、彼がそんな事を」


 とトインビーは俺の話を聞いた後、少しばかり考えてから口にする。


「君が彼を止めようとしてくれるのは正解だよ。『あれ』は君の言う通り、決して魔力不足を補う為のような物じゃない。一種の呪術のような物だよ」


「はい、自分もそう思います。……ブルームフィールドさんも、そう言ってました」


「わかっていても、なお、それを求める、か。……だが、彼がそう思ってしまう気持ちも、なんだか分かる気がしてしまうよ。私が彼の立場であれば、同じような事を考えるかもしれないからね」


 とトインビーは言って続ける。


「……君は確か、彼と同郷だったな。彼の家の事は知っているかい」


「はい。リストニアの政治にも大きく関わってる方が多い家柄ですから」


「とても素晴らしい魔術師の家系だよ。それも、かなり信頼できるね」とトインビーは言った。「実際に彼も、家の名に恥じないだけの勤勉家だと思っている。彼に魔術師としての才能が人並み程度さえあれば、ブルームフィールド家を代表する魔術師にはなっていただろう。うちの学園でも彼ほどの知識を持った者は他にはほとんどいない」


「……それは本当に思いました。少し話をしただけですが、本当に博識な方だと思いました」


 多くの書物から得たであろう知識量を、彼は有しているように思えた。


「そうだろう」


 とトインビーは満足そうに頷く。


「だが不幸な事に、彼には魔術師としての才能が無い。それも、人より少し劣っているという程度の話ではない。ほとんどないんだ。彼の魔力は、鳥の羽を一枚浮かばせる程度がやっとというところだ。彼の魔力は入学以来、まったく成長していない。彼に人並みの、あるいは少し劣る程度でも良いから、魔力量があれば、一体どれ程多くの人間が悲しまずに済んだ事か……」


「……どうにかならないんですか?」


 と俺は聞いた。


「皆、色々と手は尽くしたんだよ、これでもね。私も、教員も、勿論彼自身も様々な手段を講じてきた。それでもどうにもならなかったんだ」


 そこまで言うと、トインビーは珍しく背もたれに身体を預けて息をついた。こればかりはどうにもならない、とでも言いたげだった。


「我々は何度も、彼に対して『魔術師』としてではなく、『研究者』としての生き方を勧めたんだ。彼程の人間であれば、間違いなく『その道』でも、いや、その道でこそ大勢してくれるはずだろうからね。だが、彼は決して首を縦には振らなかった。彼の家、ブルームフィールドの家はあくまで『魔術師』の家系なのだよ。あの家では『研究者』というのは、のみ(・・)程も重要視されていないんだ。アレックス君はあくまで、家が認める『魔術師』としての道を、進みたいと思っているようだからね」


「……トインビー先生は、ブルームフィールドさんがこのまま魔術師としての道を進んで、成功するとお思いなのですか?」


「何を目指すか、目指さないかという意思を、私は止める事は出来ない」と彼は言った。「だが、人には向き不向きという物がある。私が君に魔術の頂を目指して欲しいと言っているのは、それが『向いている』と、それが出来ると思っているからだよ。味覚が無くなった君に、料理人を目指して欲しいなどとは決して言えない。それでも君が目指すというのなら、私は止められないけれどね」


「そう、ですか」


「あらゆる手段を使って魔術を増やそうとする。魔術の高みを目指そうとするのは、本当なら決して悪い事ではないんだけどね」とトインビーは言った。「だが『魔力強壮剤』、か。聡明な生徒なのだが、彼はそれ程までに、切羽詰まっているという事なのだろうね」


「……」


 魔術師として成功したいという明確な目標があるのに、才能が無いアレックス。かたや、何になりたいか上手く見つけられていないにも関わらず、偶然にも才能を手に入れてしまった俺。才能は、彼のような者に与えられた方が、幸せなのかもしれない。


 元々味のしない食事が、今日は殊更、喉を通りづらかった。




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