48幕 魔力を増やす事と禁忌
「そういう事例が書いてあるのをね、以前地下の書庫にある本の中で読んだ事があるんだ」
俺は彼、アレックス・ブルームフィールドという名前の青年と共に、時計塔の外へと出て来ていた。図書館の中ではどこに耳があり、誰に聞かれているかわからなかったからだ。もう次の授業は既に始まっている時間だったが、彼の事が気になりそれどころでは無かった。1度くらい欠席しても、ブライアンやシャーリーがノートは取ってくれているだろう。多分。
「あそこの本を読むには許可がいるんだけど、何故だか僕の申請が通ってしまってね。その時に読んだ本の中にそういう話があったんだ。『魔力強壮剤』の過剰投与によって、被験者の体内魔素が急激に増えた事で、小妖精のような銀色の髪色に変化したって話。残念ながらその被験者は、体内魔素の暴走に耐えられずに死んでしまったらしいんだけど」
とアレックスは俺の髪の色をまじまじと見ながらそう言う。
「だから、この学園で初めて君の髪色を見た時、もしやと思っていたんだ。以前、君がうちの、ブルームフィールドの屋敷で開いたパーティーに来たのを見た事があるんだけど、その時はまだ、君は栗色の髪色をしていたからね」
「ブルームフィールド侯爵……」
そこで俺は、そのブルームフィールドという苗字が、俺の良く知るブルームフィールドその物なのだという事に気づいた。同郷、リストニア王国のブルームフィールド家といえば、王国の各分野に優秀な魔術師を多く排出している有名な家柄だった。だからこそ、アレックスのような『物持ち上げ』すら満足に出来ない魔術師が、その家と関係があるようには思えなかったのだ。
「……うん。まぁ、見ての通り、僕はあの家の落ちこぼれなのだけどね」
とアレックスは、俺のそんな考えに気づいたのか、苦笑して答えた。
「『魔力強壮剤』っていうのはね、強い魔力と引き換えに、使えば死を招くような、一種の呪術めいた薬なんだよ。それをもし、髪色が変わるくらいまで過剰摂取した君が生きていたとするなら、それは『凄い』なんかの一言では片付けられない。……君はあのパーティの後、行方不明になっていたという半年の間で髪色が変化した。それはつまり、その間に『魔力強壮剤』を摂取していたか、あるいはさせられていた。違うかい?」
とブルームフィールドは聞く。彼の言う事は当たっていた。
「……」
しかし、彼はリストニアの貴族だ。認めてしまえばバラントとの外交的な問題にも発展しかねない上に、トインビーに言われたように、どのような発言で、俺が本当のノエルでないと露見するかもわからない。迂闊な発言は避けた方が良いだろう。
俺がどう反応すればいいか困っていると、アレックスは唐突に、頭を下げてくる。
「頼む、アルフオートさん。僕に、その方法を……『魔力強壮剤』を飲んで生きていられる方法を、教えて欲しいんだ」
「……それを知って、どうするんですか?」
と、俺は彼から目を逸らしながら聞く。
「自分の魔力を増やしたいんだ」
と彼は強い語気でそう言った。
「僕はね、見ての通り魔力がほとんどない。生まれてからもうずっとこんな感じさ。このままでは何年経っても、何の『役にも立てない』どころか、この学校を卒業をする事すら出来ないだろう。僕はね、家名に恥じないだけの魔術師になりたいんだ。でも今のままだと、一族の面汚しでしかない。だから、頼む、アルフオートさん。どうしても僕には魔力が必要なんだ」
彼はそう言ってもう一度深く頭を下げる。
「ブルームフィールドさん、すみません」
と俺は少し間を置いてから答える。
「私はあなたに教えられることなんて何もないんです。ブルームフィールドさんが魔力不足でどれくらい悩んでいるのか、私には想像もつきません。だから勝手な事は言えないんですが、『魔力強壮剤』は多分、あなたが思っているような、魔力不足を補う為の物なんかじゃないです。とてつもなくおぞましい物です」
『魔力強壮剤』による『熱さ』や『痛み』を経験したのは俺ではなくノエルだ。だが彼女の記憶は確かにこの身体に残っていて、それはまた、あまりに強すぎて、思い出そうとするだけでどす黒い感情が身体全体を襲う。
あの時期、何度ノエルが自らを殺してくれと願った事か。身体など無くなってしまえばいいと望んだ事か。許されているのであれば、間違いなく壁に頭を打ち付け、喜んで自害していただろう。そういう記憶が自分の中に残っている。
決して、魔力を増やしたいからと言って使うような物ではないのだ。『魔力強壮剤』という物は。
「ブルームフィールドさんの言う通り、確かにあの期間、私はある人達に無理矢理『魔力強壮剤』を飲まされていました。今、こうしてここに生きていられるのは、助かったのは、本当に奇跡に近い事なのだと思っています。私自身、なぜあれだけの痛みや地獄を味わったのに今こうして生活できているのかわかりません」
と俺はそこで嘘をつく。実際の所、本来のノエル・アルフオートの精神は助かってなどいない。
だから、アレックスの望むような術など存在しないのだ。
「今でも思い出すだけでぞっとします。多分、同じ事はもう2度と起きないとも思ってます。間違いなく次は死ぬでしょう。ブルームフィールドさんも、私も、例外なく、間違いなく死ぬと思います。ブルームフィールドさんのそれは、決して安易な思いつきではないとは思いますが、魔力を増やしたいからという理由で『魔力強壮剤』を遣うのは絶対、辞めておいた方がいいと思います」
「……」
アレックスはそんな俺の話を聞き、何かを言いそうにしていた。やはり、簡単には諦められないのだろう。しかし、俺の様子にそれ以上口出ししない方がいいと判断したのだろうか、今回はそこで退いてくれた。それ以上の事は何も追求してこなかった。
「すまないね、そんな話させてしまって」
「いえ、こちらこそ、お力になれず、すみません」と俺は言う。「それから今の、私が『魔力強壮剤』を投与されたという話は、出来れば誰にも口外は……」
「うん、わかっているよ」
と彼は頷く。
「君が『どこで』見つかったのか。その話は聞いた事がある。それはつまり……そういう事なんだろう。大丈夫、約束するよ、誰にも言わない」
流石にトインビーと違い、俺の身体に精霊を降ろす、という事までは思いつきはしないようだったが、彼はそのあたりの頭の回転も、どうやら早いようだった。
「ありがとうございます。……その代わり、とはいかないかもしれませんが、私の方でも、魔力が増やせる事があるか、色々と探してみます。だから、もし良かったら、また色々とお話を聞いて良いでしょうか?」
「ああ、僕の知識なんかで良かったら、君の役に立つなら嬉しいよ。知識ばかりあっても、あまり意味がないからね。……じゃあ、色々とすまない。またね、アルフオートさん」
「はい、それでは、また……」
そう言って、彼と別れる。最後に振り返って見た彼の背中は、試験に落ちた時以上に、寂しそうに見えた。




