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43幕 呪術原理と空飛ぶ帽子






 学園生活は楽しい。知らない事を知ると嬉しい。


 いくらノエルに多くの魔法の知識があるといえども、専門的な事になると途端知らない事が増えてくる。俺自体、勉強は元々嫌いではなかったうえに、ノエルの勤勉さも加わり、読書や勉強はどんどん進む。ノエルがかなり熱心に勉強をしてくれていて助かった。お陰で、魔術の基礎理論には困らずすぐに応用に入れ、文字も辞書無しに難なく読める。


 入学して1ヵ月半が経つものの、まだ友人は出来ていない。いれば嬉しいのだろうが、いなければいないで困る事も無ければ、焦りのような物もなかった。


 寮に戻ればスバルやマカロンがいたので特に寂しいと思う事はなく、勉強も楽しく覚える事がたくさんあって忙しい。同級生達と仲良くなった所で、彼らは殆どが十台前半。28歳の男(おっさん)子供(ガキ)と話した所で、感性や知性、経験量が違いすぎて会話にならないというのが正直なところなのだ。それに、フェードルみたいな思春期剥き出しの自我達に巻き込まれるのも疲れるだけだろう。


 そうなると自然と、授業以外では図書館の中で過ごす時間が増えてくる。


 学園の中で一番高く聳え立つ時計塔、その中こそ図書館だった。幾階層にも及ぶその建物に、所狭しと敷き詰められた棚。ガラス張りになった中央部からは、どこまで首を上げても本と棚が続いていく。蔵書量はどれくらいになるのだろうか。たとえ数百年時間があったとしても、読み終わる気がしない。聞くところによれば、この世界最大の図書館がここにあたるらしい。


 授業の空き時間、昼休み、放課後。時間さえあれば、俺は時計塔に入り浸っていた。


 ノエルの記憶はあるとはいえ、日本とは違う事ばかりで、そのどれもが新鮮に見えてくる。魔素変化によって生まれた亜人(デミ・ヒューマン)小妖精(エルフ)巨人(ギガンテス)、それから半馬人(ケンタウルス)について。この世界の歴史、450年前に討伐された世界蛇や、過去に居た魔王達について。善いゴブリンと悪いゴブリンの見分け方、多種多様なゴブリンの種類。至龍の生態系など……。


 依然として自分自身がこれからどうしたいのか、何になりたいのかというのは見えてこない。しかし、こうして知った知識は、きっといつかその役に立つ、ハズだ。


(あ……スバルだ……)


 時々、館内でスバルを見つける事がある。スバルは教職員以外には顔を知られていないのか、彼が館内で1人で歩いていても、誰も気にする様子はなかった。図書館でも寮でも、教職員はスバルの事を『触れてはならない』モノとして扱っている様子があった。


 今の所、俺は時計塔の中で彼と話す事はほとんどなかった。相変わらず俺は図書館ですら注目を集めるうえに、わざわざ俺が何を読んでいるのかを確認する物好きまでいる。スバルと話す事で、彼の事を広める必要もないだろう。寮に帰れば顔を合わせ、話す事にもなるのだし。


 スバルがよくいるのは、許可のいる地下の書庫だった。話を聞く限りでは、古い魔法について書かれた書物を読んでいるのだそうだ。ちなみに申請が通りさえすれば、一般的な生徒でも入れるとの事。かくいう俺も、つい先日そこで一冊の本を借りたのだけれども。


「……」


 窓際の適当な席に座って『呪術大前』と書かれた分厚い本を紐解く。


 狂血呪術について調べようと思ったのだけれども、呪術にも多くの種類があって驚いてしまう。


(――基本的に、呪術は無限に種類があると言える……。簡単な呪術であれば共通的な解呪魔法や薬草によってそれを解くことが出来る。しかし、複雑かつ日数を必要とする大掛かりな呪術の解呪には、本人の力がないと難しい……)


 かかってしまえばもう解く事は出来ない。なんとも怖い感じではあるものの、呪術というのは強大な効果と引き換えに、その効果に見合わない程の多大な犠牲が必要であるのだとか。膨大な準備期間や触媒量、時には寿命すら要求する割には、失敗する可能性が高い。その上呪術はその力が強ければ強い程、対象に効果がかかりづらく(・・・・・・)なる。なんとも燃費の悪い物である。


(森の一眼巨人達(モノアイ・ギガンテス)なんて、呪術に対する抵抗力は本来高いはずなのに、どうして狂血呪術(バーサク・カース)なんていう死に到る呪術にかかったのだろうか……)


 俺が気になっているのは、アクサムの村を襲った巨人達の事だった。


 余程強大な魔術を使ったのか、かなりの量の触媒を使用したのか。


「……」


 スバルの言っていた通り『魔素漏れを防ぐ鉱石』を持っているくらい、発動者はかなりの金持ちなのだろう。触媒を手に入れるのも容易だった可能性がある。その辞書には狂血呪術の『かけ方』は載っていなかった。解呪方法も、スバルの言っていたように無いとの事。いつまたアクサムの村が襲われる可能性があるかわからない以上、対抗策を考えられれば良いと思っていたのだが、どうにも難しそうだ。


 その本は呪術『辞書』というよりは、呪術『使用例集』といった方が正しいかもしれなかった。無限に存在する呪術、歴史上一度しか使われた事の無いオリジナルの呪術が多いらしく、本にはそのような呪術もずらりと並べられていた。ありもしない尻尾が斬られたという痛みに悩まされ続けるという面白い呪術から、対象者がその後の人生で第三者から贈られた魔術を全て横取りするというなんともややこしい呪術、魔法という魔法が一切効かなくはなる替わりに、回復魔法すらも効かなくなる呪術など、使えるのか使えないのかわからない呪術がほとんどである。


 中でも、殺した人間の魔術を吸い取るという呪術は一見面白そうに見えた。しかし代償として、発動には寿命のほとんどを捧げなければならず、使用すると数時間も生き続ける事が出来ないという。過去にこの呪術を自身にかけ(このレベルの強力な呪術だと普通、発動者自身にしかかからないらしい)魔王になろうとした者がいるらしい。勿論自滅したと図鑑には書いてあり、実用性は無さそうだ。


(――呪術にかかっているかどうかは、『呪術判定液』でわかる。これは呪術出す特殊な魔素に反応し、紫色に変わる……ああ、これがあの時スバルの使っていた物か)


 判定液は十分なマンドラゴラ溶液に、強力な魔獣(例えばドラゴンやユニコーンのような)の涙や体液と、人間の血液など少量混ぜて濾過させれば出来る簡単な物らしい。


 魔獣の体液の部分が難易度の高い物なのだろうが、幸いにもマカロンがいる。マンドラゴラ溶液さえあれば、俺にも作れそうではある。


(一度後学の為にも、一度作ってみようかな……ん?)


 ページを進めようとすると、ふと視界が暗くなる。


「……わっ、なんだ?」


 開いていた窓から、大きな帽子が俺の顔めがけて飛んできた。咄嗟の事に、避けられず、顔にぶつかる。少しだけ痛い。慌てて手に取ると、それはまるで漫画に出てくる魔法遣い達が被っているような大きな三角帽だった。黒系で(かぎ)は広く、先が少し折れ曲がっている。少し古めかしいデザインの、しかしまだ新しい帽子だった。


「……これは」


 ここは地上4階にあたり、そんな重さのある帽子がここまで自然に風で飛ばされたとは思えない。風魔法で意図的に飛んできたのだ。窓から地上へ目をやる。


「わっ、やべぇ、手が滑って入っちまった」


 はるか下から、男子生徒達の声が聞こえたような気がした。大方帽子を宙に浮かせていたら、あまりの高度に制御が効かなくなり、時計塔の中へと入ってしまったのであろう。


「……」


 三角帽子を手に、少しだけどうするか悩む。窓から落として返すのも失礼だし、顔にぶつけられたそれを、わざわざ魔法を遣って返してやるのもどうかと思う。結局俺は、その持ち主が取りにくるのを『待つ』事に決めた。取りに来て謝らせるつもりでいた。


 はたしてそれから5分の後、彼女は息を切らせながら階段を登ってくる。


「ごめんなさい。私の帽子、知りませんか?」


 大人しそうな少女だった。黒髪のショートヘアで飾り気はなく、見るからに気が弱そうだった。


 帽子をぶつけられた事について、何か一言言ってやろうと思っていたが、彼女を見た途端その気は失せてしまった。人を見た目で判断してはいけないとは言うが、彼女が自分の帽子を宙に浮かばせて遊ぶようには到底見えなかった。加えて、彼女の瞳は潤んでいて、目尻が赤く腫れている。泣いていたのだろう。


「これの事?」


「あっ、それですそれです。すみません。ありがとうございます。これ、大切な物なんです。どっかいっちゃったかと思いました……って、あっ、えっ、アルフオートさん!?」


 頭を下げ、早速受け取った帽子を室内に関わらずかぶった彼女には、俺の方も見覚えがあった。フェードルやプリシラ達と同じように、一緒の授業を受けている。名前こそ覚えていないものの、いつも大切そうにかぶる時代遅れの三角帽が印象的で、覚えていたのだ。


 彼女もその帽子を持っていたのがまさかの俺だという事に気づいたのか、慌てて何度も頭を下げる。


「あっ……ごめんなさい。まさかアルフオートさんの所に行ってたなんて……。邪魔してしまって、本当にごめんなさい。許して下さい……」


「いや、それはいいんだけどさ……」


 彼女は俺をどうも怖がっているように見えた。俺の事を怖がる、そんな人間もこの学校には多い。彼女はその典型的なタイプのようで、彼女をたしなめながら俺は聞く。


「どうしたの? その帽子、まさか制御できない風魔法なんかに乗せればボロボロになるのわかってて飛ばした訳じゃないんだよね」


「勿論です!」と彼女は少しばかり力強くそう否定すると、思った以上に出た自分の声に驚き、ばつの悪そうな表情に戻る。「勿論です……そんな事しません」


「そうだよね。いつも大切そうにかぶってるもんね」


「そうなんです。入学式前に、お母さんに買って貰った物で……」と彼女は小さな声で弱弱しく言いながら、大切そうに帽子を撫でる。「うちは平民で貧乏なのに、わざわざ買ってくれて。皆さんから見ればダサいかもしれませんが、それでもこれは、大切な物なんです」


「そんな大切な帽子がここまで魔法で飛んできた。でもそれは君じゃない。なら別の誰かがここまでわざと飛ばしたって事?」


「ええと、いえ……はい、そうです、ね」


 俺の問いかけに、視線を逸らしながら彼女は頷いた。


(平民虐め、か……)


 と俺は思う。




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