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42幕 友人との時間と魔力特訓





 入学しても俺は学生寮ではなく、『教職員及び関係者』の為の寮を使い続けさせて貰っていた。部屋が学生寮より大きいのもあるが、放課後まで子供達(彼ら)と一緒に過ごさずに済むというのはかなり助かる。きっと鬱になっていただろう。


「……注目されるのがこんなにしんどいと思わなかった」


 と俺は言いながら、制服のままベッドにうつ伏せに倒れこむ。こちらの世界に来るまでは人に注目されたいとあれだけ願っていたにも限らず、だ。おそらく自分の力で得た名声ではないというのもあるかもしれない。俺はノエルの身体を借りているだけなのだから。


「どうした」


 床に座り読書をするスバルが、俺の方をちらりと気にしながら言う。俺がそのまま眠ってしまうのではないかと心配しているのだ。ここはスバルの部屋で、スバルのベッドだった。


 入学して1ヶ月が過ぎる今では、俺達は夕食後どちらかの部屋に入り浸る程度の仲になっていた。特に何か会話をする訳でもなく、大抵は図書館で借りてきた魔術書を読み自分の時間を過ごす。スバルにしろ俺にしろ、読書好きな事もあってその時間が気に入っていた。


 疲れのあまり俺がスバルの部屋で寝落ちする事は多々あった。そうした時はスバルが勝手に俺の部屋で眠る。稀にだがその逆もあった。まだ一ヶ月の仲だと言うのに、そのあたりはあまりお互いに気にしていなかった。気を張らなくて良いのは助かる。学園生活ではかなり気を遣うのだから。


「何をやっても一々視線が気になるし、常に見られてるし」


 その日の授業では、『風魔法』を使った初歩的な『物持ち上げ』を行った。『物持ち上げ』など初歩の初歩であり、新入生であろうが説明を受けずとも半数以上が出来る事なのに、俺の番になると教室中がしんと静まり返り、教諭ですら息を飲んだ。俺に何を求めているのだろうか。宙に浮かべた花瓶を粉々にでもすれば良かったのか。


 勿論、また睨まれるのも嫌だった為に、皆と同じように素直に持ち上げて降ろした。それでもフェードルはかなり不満気なようだった。どうすればいいのだ。


 そんな愚痴を話すと、関心したようにスバルは言う。


「お前、弱い魔法もきちんと操れるようになってきたんだな」


「お前の陰でな。ありがと」


 と俺は感謝する。


 お互いの部屋に入り浸るのも、元々は彼に魔法を教えて貰う為だった。荷物を転移させる空間魔法を何とかして教えて貰うつもりで始めたが「まずは魔力の制御方法の覚えなければいけない」と言われてしまった。まぁ、魔力制御についてはかなり死活問題になっていたので、かなり助かってはいるのだが。


「今日もやるか」とスバルは聞く。


「頼んでいいか?」


 と俺は言う。ベッドから降り、部屋の中心で胡坐をかき、手を組む。イメージとしては座禅のポーズ。スカートを履いている為にあまりスバルはいい顔をしないものの、これが一番落ち着き集中できる座り方なのだ。正座はノエルの身体が慣れていない為に大変な事になる。


 向かいあうようにして、スバルが座る。真向かいに座ったスバルが俺の両肩に手を置く。スバルとの距離があまりにも近く密着しそうになる為に、男同士という恥ずかしさや拒否感が出るが、こうしなければ進められないのだから仕方はない。


「じゃあ、いくぞ」


 そう言って、俺は体内の魔素を身体から意識的に放出させていく。イメージとしては、体中の毛穴を開く感じ。少し開いただけのつもりでも、かなりの魔素が自分の中から漏れ出て行くのがわかる。おそらくこれだけで、寮、いやこの学園の敷地内にいる生徒の何人かは、俺がこの部屋にいるというのがわかってしまうだろう。それ以前に、そもそも俺からは抑えられない魔素がだだ漏れ続けているのだけど。


 スバルに貰った魔素漏れ防止の鉱石が、それを防いでいる。この鉱石は「かなり」強力なようで、少したりとも魔素が外に漏れる様子はない。さすが魔宝具。しかしそれではスバルにしても魔素の流れがわからない為に、こうして肌に触れる事で魔素の流れを感じ取って貰わなければならない。


「そうだ、なら、少しづつ絞っていけるか」


「ああ」


 その架空の魔素漏れの穴を少しづつ狭めていく。魔素の流出が少なくなっていく。この狭めていくだけの作業がかなり大変で、最初はどうやっても出来なかった。初めはスバルの魔力で無理矢理その穴の形を変え、制御のイメージを作っていたが、結構な痛みを伴う物で不快だった。


 この漏れ出る魔素に『色』を、つまり『属性』を付与すれば『魔法』になる。風を吹かせたければ『風』の色を付ければいい。氷の色を付ければ氷魔法になる、と言った感じだ。勿論、その魔素が強ければ強い程その魔法は強くなる。


 かれこれ入学式の頃から続けていたお陰で、俺も頑張れば風魔法もそよ風が吹く程度の弱さの魔法が使えるくらい、コントロールする事が出来るようになった。これが人の吐く息のレベルまで細微な変化まで調整できるようにならなければ、空間魔法も使う事は出来ないらしい。空間制御というのは、かなり繊細な魔法なのだそうだ。


「大丈夫か……ならそこで一度待って……まだ……もうちょっと……よし、狭くして……弱めて……」


「……」


 まるで糸通しを使わずに、針に糸を通し続けるようなその作業。かなりの精神的な集中力がいる為に、自然と喉が渇き、汗をかいてくる。


 おそらくこの学園に来て一番自分の為になっているのがこの時間だった。魔法学校という、魔王への対抗存在を作る為という側面もある施設で、他ならぬ魔王に魔術を学ぶとは皮肉な物だ、と思う。


「今日はこれくらいにしておこう」


 30分程その作業は続いて、俺の集中力が乱れてきたところでスバルがそう告げた。


 体中が汗をかいてはいたが、不思議と熱いとは感じなかった。そういえば、バラントの洞窟で汗をかいた時も汗こそかけども熱をあまり感じなかった。ある程度までの温かさは感じるものの、『熱い』とは感じない。バラントの研究施設に居た事によって味覚を奪われただけではなく、熱さも感じなくなってしまっているのだろうか。


「あり、がと、な」


 しかし、身体が辛い事には変わりない。俺は息も絶え絶えにそう言って、床に大の字に寝転ぶ。


「なんかっ、俺ばっか、色々教えて、もらってて」


「いや、俺も色々と勉強になってるからな。教えるのも勉強だしな」


 とこちらはけろりとした表情で言う。実際に魔力制御していたのは俺だとはいえ、俺の魔素の些細な変化にかなりの集中力を要していただろうに。


「そうなのか……?」


 息が少しづつ整っていくのを感じながら、俺は聞いた。


「ああ。それに、お前の些細な魔素変化を覚えておく事によって、他の魔術師達の魔素の些細な変化にも気づく事が出来るようになる」


「言っても、お前、元々かなり魔力探知に長けてるんじゃないのか?」


 リーゼルニアにいながらにして、2000キロ程離れたバラントにいる俺の魔素に気づいたくらいなのだから。それについて聞くと、スバルは首を振った。


「お前の魔力があまりに強かったせいで、嫌な魔素がどこからか流れているのはわかった。だが、具体的な場所を知るには、補助魔法具の力を借りなければ出来かったんだ。俺1人の力だと、せいぜいこの学園のどこに誰がいるかわかるくらいまでしかわからないな」


「十分すぎるくらい凄いんだけど……」


 と俺は呆然とする。とてもじゃないが、これが彼の為になっていると思わなかった。一応、お返しというか、彼の頼みで休日にはリーワースの街の外で実戦形式で魔術比べのような物をしていた。彼としては、自分よりも魔術のある存在と戦う練習になればというらしい。しかしそれだって、スバルよりも、実戦経験のない俺の方がどう考えても学ぶ物は多く、返せているとは言い難い。


「でも、そっか……」


 彼が俺の事を探し出してくれたお陰で、俺は今この場所にいる事が出来ている。


 明らかに、俺はスバルに感謝しなければいけない事ばかりで、それに見合うだけの物をまったく返せている気がしない。


「……何か俺、お前に感謝しなきゃいけない事ばかりで、何も返せて無い気がするんだけど」


 ぽつりと俺がそう言ったのに対して、スバルは笑って答えた。


「それが友達なんだろ。気にするな」


「……恥ずかしいこと言うなよ、お前」


 と俺は照れを感じずには居られない。


「まぁ、いつか何かしら、俺が欲した時に何かしらを返して貰えればいいさ。俺達が友人でいるならば、いつかそのうち、そういう機会も来るだろう」


 スバルはその恥ずかしい台詞を難なく言って読書に戻る。が、本に隠れたその頬は照れているようだった。隠せてないし。友人が出来て嬉しいんだろうけど、恥ずかしいなら言うなよな、お前。かなり気持ち悪いぞ。







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