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41幕 注目の的と羨望から来る悪意






「見て、見て」


「どこだよ?」


「あれだよ、あの銀髪の子」


「綺麗、人形みたい」


「あの子がノエル・アルフオート?」


「銀色の髪なんて、エルフみたいだな……」


「エルフなんて見た事あるの?」


「図鑑ならね」


「あの子、家族が盗賊に皆殺しされたんでしょ」


「本人も半年間行方不明だったんですって? 大変ね」


「あの子自身が親を殺したって話もあるらしいよ」


「まさか!」


「『偉大なる12人の魔法遣い』になるのは確実だろうって。父上が言ってた」


「うちの親も今のうちに顔を売っとけってさ」


「どんな子かと思ってたけど、結構小さいんだね」


 朝、寮を出てから教室に入るまで、いや、教室に入ってからもずっとこんな感じが続く。どこを歩いていても、どこからともなくそういう話し声が聞こえてきてしまう。別に聞くつもりもないのだけれど、話題が自分の事になれば、嫌でも耳についてしまう。


(初めは新鮮だったけど、ここまでくると流石に気が滅入ってきそうになるな……)


 どの教室にいても廊下から俺の事を眺めたり、移動時には擦れ違い様に立ち止まられ、奇異の目で見られるのは少しばかり疲れてしまう。


 入学してから1ヶ月が経つ。


 流石に入学当初に比べれば落ち着いてくるが、それでもまだ目には付く。初めは廊下も歩けない程、色々な人に声をかけられたので、かなり困惑した。それに比べればかなりマシになったのは確かなのだけれども。


 ひそひそと聞こえる話の中には、好意的でない話も結構ある。これだけ注目されてくれば、あまり良い思いをしない人間も出てくるだろう。見た目は兎に角中身はもう三十路に近いおっさん。それくらいにもなると、一々そう言った悪意を気にする事も大きくはなくなってきているが、これが『本来の』ノエル・アルフオートであればどうなっていた事か。多感な年頃の少女にこの状況はかなりきついのではないだろうか。


「……」


 まるでハリー・ポッターにでもなったような注目度だった。


 場所にしても同じ城のような魔法学校だ。もっとも、この学園には『動く階段』や『幽霊達』、『仕掛けのある絵画』や『組分け帽子』と言った物はなく、俺も彼のように眼鏡をかけている訳でもなければ、額に傷もない。そして、入学時から仲の良い友人が出来ている訳でもなかったけれども。


「ちょっと、そこにいられると邪魔なのですけれど」


 『魔術基礎理論』の授業はどうやら最低レベルの魔術師に合わせているようで、あまりにも退屈だった。必修科目でなければ早々に『捨て』授業にしていただろう。もっとも、それは俺だけでなく半数以上生徒にも言える事のようで、皆ノートを取るフリをしながら読書をするのが常。俺も多聞に漏れず読書を続けていた。今読んでいる本は、『リーゼルニア史』この国の歴史について書かれた本だった。異世界だけあって、まるで架空戦記を読んでいる気分になる。


「……あ、ごめん」


 思った以上にその本に集中してしまっていたようで、授業が終わっていた事に気づかなかった。講義机の端に座っていた俺のせいで、彼女はどうやら移動する事が出来なかったらしく、そう苛立たしそうに声を上げる。


 素直に謝り、立ち上がって道を譲る。俺が完全に悪い事ではあるのだけれど、急いでいるのであれば反対側から出ればいいだけなのでは、などと思いかけたところで、彼女は言った。


「あなた、ちょっと有名だからって……調子に乗ってるんじゃないんですの? どんな魔法を遣ったのか知らないけど、髪色もそんな目立つ色にして」


 長い金髪。見るからに性格のきつそうな美人だった。釣り目と尖った唇からは、プライドの高さが伺える。おそらく、どこかの位の高い貴族なのだろう。彼女は棘のある言い方でそう言い捨てると行ってしまう。別にそれくらいで傷つくようなメンタルではないものの、面と向かってそういわれてしまうとやはり驚いてしまう。


「……わざとこの色にしてる訳じゃ、ないんだけどな」


 彼女に聞こえる訳でもないが、俺はそう呟く。注目される原因の一つは、おそらくこの髪のせいだろう。


 目立つ色だと言うのはわかっていた。銀色の髪なんてこの学園内に俺以外にはおらず、それどころか産まれてから銀色の髪をした人間に会ったというノエルの記憶はない。この世界にとっての自然色ではないのだ。そうなると、髪色だけであれが『ノエル・アルフオート』なのだと皆が気づく事になる。


(……やっぱり、髪を切れば良かったかな)


 元々の俺であれば、ここまで伸びた髪というのはかなり鬱陶しい事この上ない。おまけに湯浴みも大変で、切らない理由などはないハズだ。そう出来ないのはノエルとしての記憶があるせいだ。自分の中に妙な拘りがあって、切る事を躊躇ってしまう。


「……」


「ごめんなぁ、あの子、気ぃ悪くて」


 ぽん、と肩に手を置かれる。妙に間延びした喋り方だった。こちらは身長が高く、肌が浅黒く、人の良さが滲み出ているような顔付をした少女だった。


 先程の金髪の少女にせよ、背の高い少女にしろ、初級クラスの授業で良く見かける生徒だった。恐らくは同級生なのだろう。中学高校の時のようにクラス分けがある訳ではないので、そのあたりは少し不便ではある。


「フェードルなぁ……。あ、あの子フェードル言うてウチと寮同じやねんけどな、ほんまはええ子やねんけど、ちょっと気難しいとこあるみたいなんよな。ウチの寮におる平民出身の子らにもめっちゃ噛み付きよってなぁ」


 独特の間を持つ喋り方だった。その言い方からすると、目の前にいる彼女も貴族ではあるらしい。それに彼女には、『西の国の民』特有の訛り(・・)がある。


「悪いのは私だし、あまり気にしてないよ」


 と俺は言う。


「そうなん?」


 と彼女は首を傾げる。


「気にして無いならええんやけど……。あ、ウチ、プリシラって言うねん。プリシラ・リシュタンベルジェル。よろしくなぁ」


「リ、リシュタ……」


「難しいやろ? 皆にはシーラって呼ばれとるから、ノエルさんも、そう呼んでくれたらええよぉ」


「……わかった。ありがとう、シーラさん。フェードルさんの事も、教えてくれてありがとう」


「ええよええよ」


「シーラ、何してますの? 置いていきますわよ?」


 と先程のフェードルと言う名前の金髪が帰ってくる。


「あ、フェードル、今な? ウチ、ノエルさんと話しててんかぁ」


「……アルフオートと?」


 とプリシラがにへらと笑う表情に対して、フェードルは眉根を寄せる。どうやら俺に対しては良い感情を持っていないらしい。


「さっきはごめんなさい、フェードルさん」と俺は言った。「同い年どうし、仲良く出来ると嬉しい」


「同い年じゃありませんし、あなたと仲良くする義理もありませんわ。さ、シーラ、早く行きますわよ」


 てっきり友人が出来ると思っていたので、その言葉は思ったよりも衝撃的だった。差し出した手は無視されてしまい、フェードルはさっと踵を返し、教室を出て行った。


 ぽかんと口を開ける俺に対して、プリシラは苦笑いを浮かべる。


「あー、ほんまごめんな、ノエルさん。許したって? フェードルは14歳で同い年とちゃうんよ。去年一昨年と2年連続でここに落ちとってな。浪人生やねん」


「え……」


 と俺は驚く。12歳と言えば中学生であり、そこで浪人生をするなんて事は日本では考えられない事だ。ノエルの記憶でも、学校は勧誘されて行く物だという認識があったせいか、浪人という考えなど殆ど頭になかった節がある。しかし考えてみれば、その後の人生を大きく左右する8年間を過ごす場所である。大学受験が前倒しになったというような物だろう。


「この学校にストレートで入るのって、そこそこ珍しいんちゃうかなぁ。うちの学校、かなり倍率高いし。うちも去年は1回落ちとるしなぁ。今年落ちたら地元のちっちゃいとこ行く予定やったし」


 とプリシラが言う。だから採寸の時に見た少年少女は皆、自分より大きく見えたのだろう。勿論ノエルの身体が小さいというのも事実なのだけれども。


「そうだったんだ……」


「試験結構難しかったし、勉強もしんどかったからなぁ。やから、ノエルちゃんが特待生で入ったん、フェードルは結構僻んどるんやと思うんよ。うちも正直なところ、羨ましいしちょっとズルいかもなぁと思てまうとこあるしな」


 あ、勿論ウチのは半分以上冗談やで、とプリシラは続ける。


「やから、あの子の中で整理つくまではアレやと思うけど、ほんまごめんな。ウチはみんなと仲良うなりたいし、ノエルさんも可愛いし仲良くしたいなって思っててん。やから、これからもよろしくな。じゃあ、また」


「ああ、うん。また」と俺は返す。「よろしく」


「フェードル、ちょっと待ってって!」


 プリシラがフェードルを追って教室を出て行く。


「……」


 どうやら注目を浴びるというのは、思った以上に恨みという物も買うらしい。それが思春期においてなら尚更だ。俺は自分が思春期の頃の事を思い出そうとして、確かにその頃は色々とどろどろととした面倒臭さがあったという事を思い出し、辟易してしまった。フェードル達と寮が一緒じゃなくて良かった、と心底思った。




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