40幕 スバル・ブランチユールと彼の大切な景色
「大丈夫か」
店を出たところで、スバルが苦笑しながら声をかけてきた。
俺はその荷物を示すように見せる。どう見ても持てる量ではない。やれやれと言ったようにスバルは風魔法を遣い、荷物を宙に浮かせて運んだ。人気の無い路地裏まで移動した所で、彼は荷物を地面に纏めて置き、また別の魔法を唱える。
「――空間よ、捻れて我が宝物庫へと向かえ」
スバルがそう口にすると、荷物達が何かに吸い込まれるようにその場から消えた。あれだけあった荷物が一度で無くなった事に、俺は驚く。彼に対する怒りのような感情はおおよそそれへの興味で消えた。
「今、何をしたんだ?」
「空間魔法だ」とスバルは言った。「魔方陣を描いた場所、今は俺の部屋に移動させた。一方通行だから向こうから引き出す事は出来ないが。後で取りに来るといい」
「便利な魔法があるんだな」
と俺は関心してしまう。空間を移動させるという魔法が存在する事すら、ノエルは知らなかった。間違いなく多くの魔力を必要とするかなり高度な魔術のはずだ。このような場所でスバルが魔法を使うのも、人目につかなくする為だろう。しかし、覚えればかなり便利な魔法ではあるハズだ。興味が沸いてくる。
「俺もそれ、出来るのかな」
「お前程の魔力があれば出来るだろう。今度教えてやろう」
「え、いいのか?」
「ああ、隠す程の物でもないしな」
やはりスバルは面倒見が良いらしい。頼めば戦闘技術も教えてくれるかもしれない。今後の事もあれば、自衛の為に教えて貰うのもいいのかもしれない。
次に行った雑貨屋でも、本屋と同じような目に遭った。今度は気づかれないようにフードを深く被っていたつもりだったが、本屋に着ていた客がこちらにも来ていたようであっさりとバレた。お陰でまた必要な物は買わなくて済んだが、疲労が一気に押し寄せてくる。しばらくは買い物に来たくないかもしれない。
小道具もスバルの部屋へと送って貰い、最後に制服の採寸をした。
入学式直前だというのに、店には俺と同じように採寸をしに来たであろう子供達が数人いた。
「……」
他の少年少女達と比べて、俺は少しばかり目線が低い気がした。成長が少し遅いのかもしれない。考えてみれば、12歳と言えば中学1年生にあたる年齢。第二次性徴が来ていてもおかしくないであろう年齢だ。
母さまにしても父さまにしてもそう背は低い方ではない。姉さまも背は高いほうだったはずだ。となると、栄養不足の可能性がある。わずか半年ばかりとはいえども、食事を摂らずに、陽も浴びない生活を続けてきたのだ。今後の成長に少しばかり不安が残る。無味だとしても、無理してでも食事はきちんと摂らなければならないという事だろう。少しばかりうんざりしてくる。
採寸を終え、服を待つ間だった。
「お母さん、私、そんなに色々と買ってくれなくても大丈夫だよ」
同じく採寸に来ていた、おそらくリーゼルニアに入学するであろう女の子の声だった。
「何言っているのシャル、貴方はこれから一人で暮らすんだから、色々と服は持っていないと。その都度買いに行くなんて難しいでしょうし」
「でも、服はともかく、そんな帽子いらないって」
「何言ってるの。魔法遣いといえば帽子でしょうに」
「だからそれは古い考えなんだってば」
今時みかけない古めかしく大きなとんがり帽子を買おうとする、人の良さそうな母親と、それを恥ずかしそうに断る娘の姿。
(母さまが生きていたら、俺もあんな風に、採寸時にはこんな話をしていたのだろうか……)
ノエルの記憶だというのに、俺は胸が締め付けられる想いに駆られてしまう。その微笑ましいはずのやりとりをじっと見ていた所、また、目を逸らしたところを、スバルに見られていた。何を思っているのかなども、気づかれているのだろう。
「大丈夫か」
「ああ、大丈夫」と俺は返す。
「本当に?」
「……ほんとは少し辛い」
「少し?」
「……かなりかもね」
そう言うと、スバルは少し複雑そうな表情を見せた。俺にが本音を出してくれたというという嬉しさと、その本音に対してどうしようもないと言った歯痒さの混じった表情だった。気にしないで欲しいと言った所で彼が気にしなくなる訳でもなさそうだったので、俺は苦笑いだけしておいた。
制服とローブを受け取り、路地裏でそれもスバルの部屋へと送って貰う。これで買い物がすべて終わり、後は帰るだけとなった時だった。
「連れて行きたいところがあるんだ」
とスバルは言った。
きっと俺が寂しそうな顔をしていたので、それを少しでも慰めようとしてくれたのだろう。彼に連れられて街から出て行く。更に少しばかり歩き、丘を登る。
その場所についた頃には、既に陽が傾きかけていた。
「うわぁ……」
と俺はその景色に思わず声をあげてしまう。そこからは右手にリーワースの街が、その左手にはリーゼルニア国立魔法学校が一望できた。学校はリーワースの街の1/4くらいの敷地があってかなり広いという事がわかる。リーワースの更に奥手にある湖はきらきらと夕焼けを反射させている。濃いその空の色を見ていると、意味もなく何故か涙が出そうになる。ミニチュア模型のような街に差し込む西日が、街と学校の時計塔を朱色に染め上げていた。
「凄く綺麗だ」
「だろう、たまにここに来るんだ」
とスバルは言った。
「何かがあるとここに来て、ぼんやりと意味もなく街を見ると、少し気分が楽になる」
「気にしてくれてたんだ」
「まぁな。少しは楽になったか?」
「かなり」と俺は返した。確かに先程までのもやもやとした感情がその景色を見ている新鮮さに上書きされるように思えた。「ありがとう」
そう返すと、スバルは満足そうに頷く。彼は彼で、リーワースの街をじっと見つめていた。何か思うところがあるのだろう。やがてぽつりと口を開いた。
「……この景色を見ていると、俺の住んでいたエンブルクを思い出す」
「スバルの国」
「ああ。俺の国、という印象はまったくないがな。死んでしまったが、父上の国、と言った方がいいかもしれない。俺は父の生きていた頃、嫌な事があると、夜によく城を抜け出し、近くの丘へ登り、父上の統治する街を見ていた。そこからは向かって左手に城があり、右手に城下町がある。まるでここからの景色そのものだ。夜景が綺麗なんだ。夜になっても街には活気溢れていて、家々の灯りで街から光が消えない。それがまるで宝石みたいに見えてな。ぼんやりと見ているだけでも、いやな気分が吹き飛ぶ」
「そうなんだ」
「この景色で癒されない時があったら、時々マカロンに乗って、こっそりとエンブルクへ戻る。トインビーやハミルトンに知られたらかなり怒られるだろうがな」
「成程、そんな凄い思い入れのある場所なんだな」
と俺は言う。あまりにも饒舌に話すスバルは新鮮で、楽しそうに見える。
「ああ。いい場所なんだ。だからこそ、俺はあの場所を早く護れるようにならないといけないと思ってる。ハミルトンも、トインビーも、俺の事を利用しようとは思っているんだろうが、それでも護って貰っている恩には早く報いなければならないと思っている」
「そっか。早くなれるといいな」
と俺は言った。スバルが自分の事を話してくれたのが少し嬉しかった。
「今度お前にも見せてやりたい」と彼は続ける。「景色に感動して、そういう悲しい事とかを一気に忘れられるだろうからな」
「ありがとな、楽しみにしてる」と俺は言った。「でも、今だって結構楽しいんだ。さっきはちょっとだけ変な感情が入ったけど、それでもこうして学校だって楽しみだし、お前みたいな友達が出来て、そいつが色々と話してくれて嬉しいぞ」
そう言うと、スバルが顔を逸らした。顔が少し赤いようで「照れんなよ」と俺は言って小突いた。スバルにしても、どこかそれに嬉しそうにしていた。長い間時間を過ごしている訳でもないのに、あっと言う間に仲良くなれた気がする。
「帰ろうか」ぼんやりとしていたが、風が出てきた。「マカロンを呼ぼう」
「休ませるんじゃなかったのか?」
「一日に一度、軽くは動かしてやらないと」と彼はそう言って、鞄から小さな笛を取り出して鳴らした。
学園の方からすぐさま龍が飛んで来るのがわかった。
これで2章終了になります。
2章が予定していたより長くなってしまいました。どこかで分けるのが正解でした(後の祭り)
これまでは長い準備回でしたが、次から学園に入学してからの話になります。
今日は一日で多くを更新しましたが、文章周りは結構気に入っていないので、また書き直すかもしれません。
1ヶ月程更新して来ましたが、これからは少しばかり更新スピードが遅くなるかもです。




