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36幕 次の世代に繋ぐ事と、その可能性を持った天才達




「アルキオネはある呪術を受けていてね、そのせいで、スバルが王として十分に育つまで生きる事が出来なかった。皮肉な話だが、彼が死ぬと確定していたからこそ、私達は親友になれたのだ」


「それが、さっき言ってた共通の問題、なんですか?」


 と俺は聞いた。


「少し本質は違うのだが、似たようなものだな。そのままアルキオネが死に、スバルが王として君臨しようものなら、すぐにでもエンブルクは崩壊していただろう。そのままではまだ子供だったスバルは他の魔王や『偉大なる12人の魔法遣い』どころか、どこにでもいるような魔術師にすら勝てなかっただろうからね」


「……」


 トインビーは続ける。


「だからこそ、アルキオネは私に頼んだのだよ。スバルを護って欲しいとね。将来的に、私やアルキオネを優に超えるであろう、魔力の才能を持つ彼が育つまで護って欲しいと」


 ――あと10年もすれば、彼に追い越されてしまう可能性もあるだろうからね。


 今朝、トインビーがスバルについて、そう言っていた事を思い出す。


「アルキオネが頼った先は私とハミルトンだった。流石にハミルトンは知っているかな、ハミルトン・フォルド。魔王の1人で、30年前までは元々『偉大なる12人の魔法遣い』の1人だったハミルトン・フォルドだよ」


「はい、『裏切り者ハミルトン・フォルド』の名前は、『魔王アルキオネ』と同じくらい有名ですから」


「裏切り者、か。そうだな……。本当ならば、アルキオネはハミルトンにのみ頼るのが一番だったのだろう。しかし、彼だけでは少々荷が重すぎた。結局アルキオネが亡くなってから、スバルが王としての力を持つまでの間、私がスバルを護り、ハミルトンがエンブルクを代わりに統治する事に決まった」


「それは……」


 と俺は言葉を挟もうとしたが、上手く言葉が出てこなかった。


「勿論、その事で私にはかなりの批難が来ているよ。ハミルトンも二重統治で、多くの魔王から不評を買っている。それでも、我々はスバルを護らなければならないのだ」


「そもそも、どうして、スバルさんを護らなければならないんですか?」


 と俺は聞いた。


「何故『偉大なる12人の魔法遣い』が『魔王』をわざわざ育てるような事を? 友人との約束だからですか?」


「それが我々、老いていく者の義務だからだよ。次世代を代表する魔術師を育てる為のね」


 とトインビーは言った。


「老いていく者の義務?」


「そうだ」と彼は言った。「時に君は……ノエルではない方の、本当の君は、元の世界では何歳だったんだい?」


「28歳ですが……」


「そうか。なら、まだわからないだろうな。君達が世界を作り出す中心となる世代なのだから」


「……」


 彼はわからないだろうとは言ったものの、言いたい事はわかる。


 世代交代。人はいつか死ぬ以上、第一線にい続ける事など出来ない。だからこそ、自分達の出来る事を、ある時期からは後の世代の人間に託していかなければならない。だが……だけど、その世界を作り出す中心にすら、俺はなれなかったのだ。だからこそ、俺はこの世界に来ることを望んだのだ。


「私は当代きっての魔術師だと言われている。これは世間での評価だが、私自身もそう思っているよ。今この世界で、アルキオネ亡き今、私以上の力を持った魔術師はいないだろうと確信している」


 それを堂々といえる彼に、自信を持ってそういえる彼に、矜持を持っていえる彼に、羨ましさのような物を感じてしまう。


「だからこそ怖いのだよ。次の世代の停滞が。私やアルキオネを超える魔術師が出てこない事が。我々が積み重ねてきた物を、無に帰してしまう事が」


「……」


 俺はトインビーの言葉を黙って聞いている。


「残念ながら今の『偉大なる12人の魔法遣い』の中に、それだけの才能を持った者は誰1人いない。『魔王』の中にもだ。これでも聖職者として、それなりに教育にも力を入れてきたつもりではあったのだけどね。結局、教育よりもアルキオネとの事を考えて、自分を優先し続けてしまった私の責任だ。……まぁ、そんな事を言っても仕方がない。過ぎた時間はもう戻らないのだから。今は今の事を考えなければね。今、私を超える事のできる可能性があるのは、スバル・ブランチユールと……ノエル・アルフオート、君くらいしかいないと私は思っている」


 彼はどこまでも真面目に言っている、そう思った。そこには笑いもお世辞も何も存在しなかった。


「そう、ですか……」


「そうだよ、ノエル君。だからこそ、私は君の屋敷まで行き、私の元で様々なことを学んで欲しいと願ったのだ。私がこの学校に特待生を勧誘したのが、初めての事だったという事は知っているかい?」


「はい。前代未聞の事だと聞いています」


 だからこそ、世間は騒いだのだ。


「つまりそれはそういう事だよ。だからこそ、君が行方不明になった時、私は全財産を投げ打ってでも探し出さなければならないと思ったんだ。それこそが、老い先短い私の使命だと思ってね」


 そう言われて、俺の親切すぎるように思えた行動の理由がわかった気がした。


「……少し、語りが長くなってしまったね」


 とトインビーは言って、空いたグラスに自ら酒を足す。俺がやろうとすると、彼は大丈夫と言った風に断る。


「君も飲むかい?」


「いえ、味がわからないので」と俺は答える。「それにまだ、子供ですし」


「そうだったね」とトインビーは小さく笑った。「しかしいつか君とも、こうして飲んでみたいものだよ。……どうだろう、なんとなくではあるが、私がどうして君にここまで拘るのか、わかってくれただろうか?」


「なんとなくは、ですが」と俺は答えた。


「それでいい」とトインビーは言った。「だからこそ、君には、スバルと仲良くして貰いたかったんだ。君達ならきっと、切磋琢磨出来る関係になると思っていたからね。私と、アルキオネのように」


「だから、彼に『悔しい』という思いも必要だと言ったのですか?」


「そうだ。よく覚えているね。加えて、彼は一日でも早く魔王にならなければならないというプレッシャーもある。だからこそ、理解者が必要なんだ。それも、大人ではなく、彼と近しい存在のね。彼には『魔王』という立場なのか、友人という友人がいなくてね。非常に、寂しい子だよ」


 正直な話をすれば、俺とスバルの年齢はそこそこ離れているような気がした。しかし、トインビーからすれば両者共に子供、という事なのだろう。


「君にスバルの事を言わなかったのは、偏見なく、素のままの彼をまずは知って欲しかったからだよ。魔王という偏見さえなければ、彼はいい子だ。きっと君も気に入ってくれる、そう思ったんだ」


「……」


 確かに彼は良い人だった。おそらく、魔王という事を知らなければ、あのまま仲良くなれていただろう。いや、今も仲良くなりたい、仲良くならなければならない、と思っている俺がいる。彼が『魔王』だと言う理由だけで、仲違いしたままではいけない。


「次の世代を作っていくであろう君たちが、仲良くなってくれるといいなとは思っているよ」


 トインビーはそう言ってまたグラスに口をつける。





 食事を終え、浴場で湯浴みを済ませる。風呂や浴槽という概念があって良かった。この世界はどうも日本より文明の遅れた世界ではあるものの、中世の西洋そのままの世界のようでもないらしい。ドライヤー、などと言った電化製品が存在しないので少し不便ではあり、水分を含んだ髪を気にしながら、寝衣を纏う。そのあたりはノエルの記憶があるので不自由しない。


 部屋へと戻り、リアンを呼んでみる。しかしやはりリアンは反応してくれず、出てきてくれない。よほどの事がない限り出てきてくれないのか、それとも気まぐれなのか、他に何かがあるのかはわからないが、あまり彼を頼りには出来ないという事だろうか。


 本日二度目のリアンの召喚を諦める。それから、トインビーとの会話を思い出す。彼との会話には色々と思うところがあった。しかしそのすべてを鵜呑みにする事のできない自分もいた。トインビーが俺の為に行動してくれているのはわかる。だが、彼の話からはどうしても、何かを隠しているようにも聞こえてしまうのだ。


「……」


 思案しながら窓辺に立つ。すると、そこからはマカロンの姿が見える事に気づいた。そして、彼女の傍には、誰かの人影も見える。


(あれは……)


 俺はその姿を確認するなり、寝衣の上からガウンを羽織り、部屋を出る。


 スバルがいるのだ。





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