32幕 偉大なる12人の魔法遣い達と腐敗した会議 4
当代きっての魔術師、クラーク・トインビー。
その生い立ちは暗く、幼くして両親を魔王に殺されている。魔王の奴隷として過ごしてきた時期すらあったという。若くして才覚を現した彼は、史上最年少で『偉大なる12人の魔法遣い』入りし、以来ずっと、人々の憧れとして魔王と滅ぼさんとしていた。並の魔王達を越える魔力を有している彼は、リーゼルニアを率い、当事の最大勢力であった魔王アルキオネ・ブランチユールの軍とすら対等に戦ってみせた。アルキネオとの一騎打ちは三日三晩に及び、それでも決着が付かなかったという伝説は、人々の希望となっている。
『偉大なる12人の魔法遣い』は魔王に勝てる。
だからこそ、同じく両親を魔王に殺されたという過去を持つグラエム自身も、トインビーに憧れて魔術の高みを目指したのいうのに。
(だというのに……)
『偉大なる12人の魔法遣い』の一員となり、『時計会議』に初めて参加したグラエムが目にしたトインビーには、もうかつての面影など残っていなかった。
最強の魔王、アルキオネ・ブランチユール亡き後、彼は突然その態度を変え、魔王達との宥和政策に踏み切り出していた。残る魔王達を一人で滅ぼせるだけの力が持ちながら、魔王達との協調路線へと転換したのだ。
以前の彼から見ればまるで別人になってしまったようなその変化。彼は賛同者だらけになった『偉大なる12人の魔法遣い』達をいい事に、徹底して魔王達を滅ぼす事を避けようとしている。
協調路線によって、魔王達による「大きな被害」自体は確かに年々なくなっている。しかし、0になった訳では決して無い。
(何が魔王による大きな被害が出ていないだ。そんな事、リーゼルニアも、リストニアも、インフェアも、魔王領に面していないからそんな悠長な事が言っていられるのだ。毎年どれほどの人間が魔王のせいで命を落としていると思っているのだ。魔王のせいで、どれ程苦しむ人間が出ると思っているのだ……!)
極めつけは、トインビーが、亡き魔王アルキオネ・ブランチユールの息子、スバル・ブランチユールを彼の弟子として保護している事だった。他ならぬ、魔王から世界を護るはずの彼が、代表者としての彼が、魔王を護り、教育を施しているのだ。前代未聞の出来事である。
(やはり、あの噂は本当なのだろう……今回の事で確信に変わった)
クラーク・トインビーがハミルトン・フォルドと繋がり、エンブルクを傀儡国家に仕立て上げようとしている事。
アルキオネ亡き今、若き魔王スバルはまだ未熟であり、エンブルクを纏めることは不可能だった。つまり本来であれば領主がいない今、エンブルクは攻め入る絶好の機会である。しかし、エンブルクは何故か、今、ハミルトン・フォルドがスバルの代わりに統治している。おそらく、スバルがトインビーの下で魔王として『覚醒』するまで、ハミルトンが領土を護っているという事だろう。だからこそ二重統治状態のハミルトンは隙を見せていて、それをグラエムらトリエトラ王国が進攻しようとしたのだ。
(今ハミルトンを討ってしまえば、エンブルクもなくなる事になる。そうなれば、トインビーはスバルを護る意味がなくなる。だからこそ、あんな風な手段に出るんだ)
何故アルキオネの息子スバルに、トインビーもハミルトンも恩を売っているのか。それはおそらく、今のうちに「借り」を作る事で、スバルを魔王として擁立させた際、彼の国エンブルクをトインビーとハミルトンの都合の良い国、傀儡国家とする為だろう。
今回の不自然なまでの手出し不要路線は、その傀儡国家計画が頓挫しないようにする為の動きなはずだ。
彼の取り巻き達がそれに賛同するのも、おそらくはエンブルクが傀儡国家となる事で、各々の国にとっての利益があると踏んでいるからだろう。
(どこまで腐っているんだ……クラーク・トインビー……しかし……これでは……)
明らかに、クラーク・トインビーがやっている事は『偉大なる12人の魔法遣い』にあるまじきことだ。しかしそれでも、彼はどうする事も出来ない。『時計会議』は既に彼のものであり、彼を倒すだけの魔術もグラエムは持っていない。
グラエムは誰よりも、自分達の国の民の事を考える人間であった。だからこそ、今のような腐敗した状態、そしてそれを作り出している諸悪の根源、トインビーが邪魔で邪魔で仕方がなかった。
しかし勿論、そんなトインビーを邪魔に思う者は、彼だけではない。
「よろしいですか、先程から随分とお怒りのようで」
「あなたは……」
「私も『彼』には辟易しているのですよ。どうでしょう、1つ提案があるのですが。この後少し、お時間をいただけませんか?」
そんな彼の考えを利用しようと、グラエムに手を差し伸べる一人の魔術師がいた―――。




