31幕 偉大なる12人の魔法遣い達と腐敗した会議 3
「なっ!!」
あまりの事に、グラエムはそのまま会議から出て行きたいと思う程憤慨した。トインビーのそれは、あまりに勝手すぎる提案である。しかし、グラエムはそれに異議を唱える事も、会議から出て行く事も出来ない。異を唱えたければ決を採れば良いだけの事というルールがあり。加えて、今部屋を飛び出て行きでもすれば、それは『偉大なる12人の魔法遣い』の意志に従わない、つまりその地位を降りる事を意味する。
グラエムの望む平和な世界を作る為には、『偉大なる12人の魔法遣い』という立場はどうしても必要にだった。
「今はとにかく、魔王達と事を構えるべき時ではないのだ……。力で捻じ伏せるだけでは、彼らとやっている事は変わらない。大切なのは、彼らと理解しあう事で、無駄に死者を増やしていくわけには――」
「あなたは何故そうまでして戦いを避けようとするのです」
とトインビーの言葉を最後まで聞かずに、グラエムは声をあげる。
「あなたはなぜ権力を振りかざし、そうして気に食わない事があれば捻じ曲げようとしてまで、魔王を生かそうとするのです。悪を残し続けようとするのです」
「……何を言っているんだ、君は」
とトインビーは呆れるように言った。
「私が権力を振りかざす? この『時計会議』に挙げられた提案が多数決で決まる以上、私だけの意見が通ることなどないのはわかっているだろう。まさか、私の意見に賛同する者が、皆私の言うことであれば無条件で賛同するとでも思っているのか? 侮辱しているのか」
違うのか、と、ここにいるほとんどがお前の取り巻きではないのか、と、そう叫びだしたい気持ちをグラエムは必死に抑える。
「私が全面的におかしいというのなら、皆が私を否定するだけの事。……決をとり、私の考えが間違っていると否定すればいいだけの事だ。それに私が戦いを避ける理由は、先程からずっと言い続けている。君は、聞く耳も持ってくれないようだが……。グラエム、わかって欲しい」
「くっ……」
「それでは決をとりたいと思う」
トインビーはそれ以上言わせない、と言ったようにそう言う。
「グラエムの提案『トリエトラ王国のハミルトン領への進攻に手を貸す事』に賛成だと言う者」
フローレンス、チャド、ザカライアス、そしてグラエムの4名が手を挙げる。
グラエムはその瞬間、俯き唇を噛んだ。
「それでは、反対だと言う者」
トインビー、フィッチ、バジル、フィリス、エミール、ジャニス、そしてエリオット・コールとヴァージル・ハンスパッハの8名が手を挙げる。おそらくエリオット・コールにおいては、自分が魔王討伐賛成に手を挙げたところで負けが確定しているとわかっているので、手をあげなかったのであろう。
「賛成4、反対8で否決とする。それでは次に、私の出した『ハミルトン領への『時計会議』参加者の手出しを禁じるという案について決をとる。賛成の者――」
それは先程と反対の事を繰り返すだけの事だった。結果は勿論言うまでもない。
「それでは、トリエトラ王国のハミルトン領への進攻に、今、我々が手を貸すのは禁止という事で」
『時計会議』で決められたことは絶対に護られなければならない。もし破ろうものなら、それは『偉大なる12人の魔法遣い』を追放されるだけではなく、更には敵に回すという事も意味している。
「……」
トインビーの提案によって、グラエム自身すら、トリエトラ王国の一員としてすらハミルトン領への侵攻作戦に参加できる資格を失うことになった。戦いは数といえども、一騎当千の戦力であるグラエムを失ったトリエトラ王国の進攻作戦は、頓挫するより他ない。
「他に議論がある者はいるだろうか」とトインビーが形式ばった口調で言う。「なければ本日の会議は解散とさせて頂く」
拍手が沸き起こり、それで解散となる。皆が席を立ち始める。グラエムは荷物を纏めると、苛立ちのあまり、皆が談話をしている中にも関わらずそそくさと席を立って退出しようとする。
「……ほう、ならやっと目覚めたか」
「今朝目が覚めてね。体調も大丈夫そうだ。話をして、うちに入学して貰う事にもなった」
「まぁ、それは素敵ですね。これでまたリーゼルニアは安泰。将来の時計会議入りも確実でしょうね」
「これでまた将来が楽しみだ。『時計会議』に参加するようになったら、是非とも俺と手合わせして貰いたいものだ」
「ああ、ザカライアス、私も見たいものだ。ところでガウェイン、頼んでいた彼女の身分の件だが」
「わかっている、問題ない。領土はないから形式上の爵位ではあるが――」
荷物を纏めている間に、トインビー、フィリス、フリッチ、ザカライアス達の会話が聞こえた。先程まで魔王討伐に賛成で睨みあっていたザカライアスですらも、トインビーたちと会話をしているではないか。その事が許せずに、グラエムは急いで部屋を出て行く。
彼の話はきちんと聞いていなかったが、大方予想はつく、リーゼルニアで保護していたノエル・アルフオートの事だろう。それがまたグラエムの怒りに薪をくべる事になる。彼女『も』リーゼルニアに入学するという事は、またしても『トインビーの賛同者』が増えるという事である。
(くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!)
彼は自分が大人げないと思うくらい、しかしそれをとめる事も出来ずに憤慨していた。
他ならぬ、クラーク・トインビーに対して。現在の『偉大なる12人の魔法遣い』の腐敗の象徴ともいえる彼に対して。
(なんという体たらく、なんという腐敗! 一体、トインビーはどうしてしまったというのだ! 昔は決して、そんな人ではなかったはずではないか!)
グラエムは、自身がまだ『偉大なる12人の魔法遣い』入りする前の事を思い出していた。




