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3幕 魔力拡張とその目的





 ノエルが眠りについたことを確認するなり、研究者達は回復魔法を唱え始める。


 魔力強壮剤で奪われていく体力を維持させる為の魔法。何人もの魔術師達が付きっきりで唱え続けてやっと、ノエルは薬を投与されても一命を取り留める事が出来ていた。


 そこまでして彼女に薬を投与させるのは、バラント王国が長年の悲願としている『魔王討伐計画』を実現させる為。


 圧倒的な魔力で世界各地に被害をもたらし、時には国をも滅ぼす魔王達。彼らの傍若無人ぶりに対抗する為に、小国であるバラント王国は様々な計画を立てていた。これはその計画のうちの1つで、魔力の塊ともいえる精霊をその身に降臨させた(降ろした)魔術師を人工的に作り出し、魔王をも上回る魔力で圧倒するという計画ものだ。


 しかし精霊のような膨大な魔力など、人間が到底許容できるものではない。精霊の魔力の一部を取り入れただけでも、即座に身も精神も耐えられずに壊れてしまうだろう。


 そんな事、子供でもわかる自明の理。


 計画の中では最も馬鹿げた計画だった。


 人間という矮小な存在では、到底精霊を受け入れる器にはなれない。彼らはその魔力許容量不足の為に、今まで何人、何百人という被験者を犠牲にしてきた。


 しかし、もしそれが並大抵の人間の、並大抵の魔力でなければ。例えば『偉大なる12人の魔法遣い』クラスの魔力素質を持った者の魔力を、何十、何百倍まで強化したとすれば。あるいはそれは可能になるのではないだろうか。


 そんな馬鹿げた計画を可能に出来るかもしれない唯一の存在が、彼女、ノエル・アルフオートだった。


 天才的と呼ばれ、いずれは『偉大なる12人の魔法遣い』になるだろうと言われる魔力量。彼女がまだ子供だという事も大きい。魔力強壮剤は子供の方が相性が良く、自我と魔力量が形成されきってしまった大人では、その増加量はかなり劣ってしまうからだ。かといって魔力の弱い子供にいくら薬を投与したところで、何年かかったところで求める魔力量には到達しないであろう。


 だからこそノエル・アルフオートという存在は、彼らの求めていたまさにその存在だった。


「……体内魔素の暴走の落ち着きを確認、体力の回復も完了しました」


「よし、ならいつものように、続けて強化の魔術を」


 数時間にも及ぶノエルの体力治癒を終えると、研究者達は休むことなく彼女に向けてまた魔術を唱え始める。それは先程までの魔法とは異なる術式だ。


 落ち着き初めていたノエルの表情が、また曇り始める。


 物質変化(・・・・)の魔法。対象はノエルの肉体。


 薬の投与量を今より増やす為に、今より副作用に強い肉体を作る。徹底的に不必要な部分を削ぎ落とし、その分を体力の強化へと回す。。魔力の暴走で熱さを感じるのであれば、熱を感じない、あるいは()()()()()()()()()()身体に変えてしまえば良い。肉体の1部を石や金属に変えていく。味覚などの不要な部分を消し、その分を肉体の強化へと回していく。そうして毎日少しづつ、彼女は『魔力強壮剤』を増やされても、なんとか死なずにギリギリの所で持ち堪えていた。




◇◆◇



「……う」


 長い時間が過ぎて、ノエルは目覚める。


 一体自分はどれくらいの時間眠っていたのだろう。今は昼なのか夜なのか。もう随分光を浴びていない。


 また一段と倦怠感と吐き気が強くなっている。世界が回るような強い眩暈がして、思考が乱れうまく定まらない。身体はまだ痛むし、相変わらず腕は後ろ手に縛られている。


「また魔素量が増えてる……」


 そう独り言つ。


 目が覚める度に、自分の中の魔素量が増え、魔力が高まっているのがわかる。おそらく、あの薬のせいなのだろう。『封魔の枷』のせいで魔法の「試し打ち」をする事も出来ないものの、ここに連れてこられた時とは比べ物にならないくらい程の魔素量を体の中に感じる。その増え方は異様なまでに多すぎて、まるで自分が別人になっているかのようだ。


 『精霊を降ろす為の器』と研究者達が言っていたのを聞いた。自分自身が日々、その器になるように向かって、「何か」に変わっていく感じがする。魔力量についても、肉体についても。目が覚める度に、何かが確かに少しづつ変わっている。変えられてしまっている。このまま変化が続けば、自分はどうなってしまうのだろうか。


「……う、」


 そこでやっと下腹部に感じる水気と臭いに気づき、思わず顔を顰めてしまう。痛みのあまり、眠っている間に粗相してしまったらしい。もういつもの事ではあるといえど、決して慣れる物ではない。腕や足の自由は奪われていてどうする事も出来ず、ノエルは歯痒さに下唇を噛む。


(……どうして、こんな事になったんだろう)


 貴族としての生活からは考えられないような何一つない不便な生活。終わることなく続く苦痛に、薬による中毒症状によって身体はだるい。そして、家族の死。理由はわかっている。すべては、自分がなまじ魔法の才能があるから招いてしまったことだ。


 魔法の才能がなければ、自分が注目されなければ。きっと家族は死ぬ事などなかっただろう。自分が皆を殺してしまったようなものだ、そうノエルは自分を責めずにはいられない。


「……」


 今ならノエルは、自分のしたい事がわかると思った。自分はしたい事がわからなかったんじゃない、あまりに当たり前だと思っていたから、気が付かなかったのだ。自分はただ、家族と一緒に過ごせるだけで良かったのだ。しかし、今ではもう遅い。それがなくなってから気づくなんて、とても皮肉なものだ。


 罪悪感のあまり舌を噛み切ろうとしても、自決出来ないようにとの暗示がかけられている。苛立ちのあまり、地面に頭を叩きつけようとしても、それも出来ない。その事がますます彼女の気力を奪っていく。


 死ぬ事も出来ず、かと言って生きているとも言い難い今の状況。


「……とにかく、ここから、出なきゃ」


 時間は刻一刻と過ぎている。急がなければ、また研究者達がこの部屋へとやって来てしまうだろう。そうなればまた、あの薬を飲まされてしまう。『地獄』のような時間が始まってしまう。


(でも……逃げるって行っても、どこへ……?)


 ふと、そんな疑問が彼女の中に沸く。


 彼女の家族たちは殺されたのだ。ここを出て、誰を頼ればいいのか。頼った先の人間が、また家族と同じように、自分のせいで殺されてしまったとしたら。


 逃げなければと思っていたのに、今日は身体を動かす気力すらも沸いてこない。倦怠感は日々強くなってきていて、昨日よりまたいっそう身体が重い。少しづつ彼女の精神は、崩壊へと近づいていた。


 そしてまた、部屋の扉が開き、彼らが入ってくる。


 ノエルにとっての最悪の時間が、また始まる。



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