29幕 偉大なる12人の魔法遣い達と腐敗した会議
☆
『偉大なる12人の魔法遣い』
その起源は古く、正確にいつ始まったのかはわからないものの、400年以上前に記された書物にすらその名前が残っている。悪逆非道な魔王達を打ち滅ぼす為に、国家を越えて集った魔術師達。以来今日に至まで、魔王を滅ぼす事こそ出来ないでいるものの、魔王達から世界を護り続けている存在としてあり続けている。メンバーはいつの頃からか、世界各地の優秀な魔術師達で構成されるようになった。
力あれば即ち、人は動き従う。彼らの政治的影響力は自然と高くなり、彼らの言葉は時に一国の主より重くなり、また彼らが定期的に集まり行う『会議』は、国家間の会議よりも強い意味合いを持つ事になる。
30年前に、『偉大なる12人の魔法遣い』の1人、ハミルトン・フォルドが『魔王』に堕ちたという前代未聞の出来事による汚点こそあるものの、何百年の間変わらず、彼らは常に、すべての魔術師の憧れとして存在し続けてきた。
彼らならいつかの日か、世界に災いをもたらす魔王達を滅ぼし、世界を平和に導くであろうと、そう期待する『表側』の民は多い。
――だからこそ、その1人であるグラエム・アシュレイは今の『偉大なる12人の魔法遣い』の在り方が許せなかった。
少し背が低く、口元に黒子のある男だ。
西にある小国、トリエトラ王国の軍特将。国内で唯一、トリエトラ国王やトリエトラ軍元帥の命令に背き、時には彼らにすら対等以上に意見を述べる事の出来る存在である。たかだか齢39の彼が、国内でそれだけの特権を持っているのも、ひとえに彼がそれだけの魔力と『偉大なる12人の魔法遣い』という地位を持っているからである。
(今の『偉大なる12人の魔法遣い』は堕落、いや、腐敗してすらいる……)
定期的、議題がある場合は臨時的に『偉大なる12人の魔法遣い』が集まり、今後の動向などについて会議をする『時計会議』。開催される場所はその時によって異なるものの、会議では必ず時計に見立てた大きな円卓に集まる為にその名前が付いている。
会議の席に座ったグラエムは今、非常に憤っていた。
もっとも、その怒りの原因は彼が数年前に『偉大なる12人の魔法使い』の末席に加わった時より既に存在していたのではあるけれども。
今回の『時計会議』の議題は、グラエムの持ち出した『トリエトラ王国が、魔王領と戦うので協力を要請したい』という事についてであった。トリエトラ王国の北に存在し、長年苦しめられ続けてきた、とある魔王領への進行作戦。その作戦に、『偉大なる12人の魔法遣い』、及びに彼らの所属する国や軍の兵士や魔術師、魔術騎士達を応援に呼べないかという議題だった。
トリエトラ王国が事を構えんとするその魔王とは、元『偉大なる12人の魔法遣い』であり、30年前に『魔王』落ちたハミルトン・フォルドである。
小国であるトリエトラだけでは、魔王ハミルトンの軍に勝つことは決して出来ないだろう。しかし、国と国とを団結させ、『偉大なる12人の魔法遣い』達が終結すれば、勝機は出てくるはずだった。勿論それが、酷く他国の戦力に依存する作戦であるという事は、トリエトラ側もグラエムもその事については深く理解していたが。
グラエムは、その協力による魔王の討伐を行う事こそが『偉大なる12人の魔法遣い』の存在意義であり、それを可能にする事の出来る唯一の機関だと思っている。他の者が似たような議題を出したとしても、損得勘定無しに、自分の国の戦力を貸し与え、自らも戦場の戦闘に立っていた事だろう。
議会にこの案を提出するのはこれが2度目だった。
1度目は彼がこの『時計会議』に参加するようになってすぐ、つまり今から9年前の事で、その時はあまりにも無謀な提案だった為に却下された。しかし今は9年前とは状況が異なる。魔王ハミルトンが様々な問題を抱えている今であれば、いや、今以外、この作戦を実行に移す絶好の機会など、存在しないだろう。
「ハミルトンは今、自身本来の領土とは別の領土を管理しなければならない状況にあります。その事で、魔王オズウェルの不評を買っており、睨みあいが続いている状態。加えて彼の長年の側近であるパーシヴァルが先月死に、かの国……領土は食料問題も抱えております」
魔王が治める領土を国、と認める訳にはいかなかった。
「奴の足場が不安定な今こそ絶好の機会ではないでしょうか。我々のような小国だけではハミルトンを打ち倒す事は出来ない。それは重々承知しております。しかし、ここで皆が力を合わせ、一致団結さえすれば、奴を倒せるやも知れませぬ。魔王を打ち倒すのは、我が国だけでなく、『偉大なる12人の魔法遣い』にとっての積年の悲願。今こそ、皆のお力をお貸し下さい」
グラエムはその心からの言葉を熱く語り、そして、頭を下げてみせる。この提案が通りさえすれば、世界の民が望み続けた、魔王をこの世界から滅ぼすという事へまた一歩近づくのである。彼は『時計会議』の面子に思う事こそあったものの、それでも志を共にする者として、期待もしてもいた。
しかし、その期待は裏切られる。
「……私は君の提案に反対したい」
グラエムの言葉は、正面から否定される。
その言葉を発したのは、部屋の入り口から見て、時計に見立てた円卓の『0』の位置に座る男。今日グラエムの座った席からは真向かいの席。円卓はどの席に座らなければならないという決まりはないものの、その席だけは決まって、筆頭魔術師の彼が座るという不文律がいつからか存在していた。
リーゼルニア国立魔法学校。今日の主要な立場の魔術師達の多くがその学院出身という、この世界における最高学府。その現校長、クラーク・ウィリアム・トインビーだ。




