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28幕 疑惑と正体





「本当に、ノエル様方が来ていただけなければ、我々は今頃どうなっていた事か」


 巨人達との戦闘の後、俺達は村長のアーマンドの家、その応接室へと迎え入れられていた。質素ではあるものの、落ち着いたその部屋の中にいるのは俺とスバル、そしてアーマンドの3人だけ。窓から見える、アーマンドの家から少しだけ離れた場所に、マカロンは大人しく待機している。村の人々はそれを遠巻きに見ていた。龍を間近で見るのは珍しいのだ。


「どう感謝していただければよいものか……」


「いや、俺なんかよりも、ほとんど彼がやってくれた事だから」


 と俺は出された紅茶を飲みながら答える。外では、亡くなった方の搬送や、巨人の死骸を片付ける作業が行われているというのに、俺たちがここで話していいのか、という疑問があった。だからこそ、油断していた。


「はぁ、俺」


 とアーマンドはぽかんとする。


「ええと……ノエル様、少しお会いにならない間に、髪色だけでなく、随分と口調がお変わりになられましたか……?」


「……」


 思わず紅茶を噴き出しそうになるのを堪える。隣に座っているスバルが俺に何かを言いたげに見る。トインビーに、俺がノエルの中に入っているというのを悟られないようにといわれていたことを思い出す。


「……『私』なんかよりも、彼がほとんどやって下さったことだから」


 俺がそういいなおしたことに、少しばかりアーマンドは疑問を持ったようではあったものの、すぐにその疑問を捨てる。


「しかしいやはや、本当に助かりました。おそらく、隣村から援助が来たところで、あの巨人の様子では、どうなっていた事か……」


「……」


 スバルはそれには特に何も返答しなかった。先程からずっとこの調子で、何かを考えているようだった。感謝をしたいというアーマンドの提案にも反応は薄く、むしろ今すぐにでもこの村を出て行きたいと考えているようでもあった。しかし、それでも聞きたい事もあったのであろう、こうしてこの部屋へとついてきていた。


「……この村や、その周囲に呪術を使える魔術師、呪術師がいる、あるいは来たという事はあるのか?」


「い、いいえ。特にそういった事はないハズですが……」


「何を気になっているんですか?」


 と俺はスバルに聞いた。この部屋の中にいる3人のうち、スバルだけは色々な事を知っていて、別の場所で物事を考えているような状況になっている。


森の一眼巨人(モノアイ・ギガンテス)には狂血呪術(バーサク・カース)がかけられていた」


 とスバルはどこか遠くを見ながら話し出す。話している間にも、何かを考えるように。


「俺が巨人に投げて確かめた薬品は、そこに呪術の類が存在するかどうかを確かめる物だ。紫色になれば反応したという事。それは巨人達が集団的ヒステリーが起こしていたという事や、普通に精神が狂ったという事でない事を意味する。れっきとした魔法による狂化だ。誰かが意図してやった事だ。狂血呪術は、かなりの前準備や知識がいるような呪術だ、偶然の産物などでは決して無い」


「なら、あれは誰か人間が、我々の村を襲う為に仕組んだという事ですか?」


「そうなるだろうな」


 とスバルは言った。


「それも、かなりの魔術師で、かなりの家柄になる」


「家柄?」


 かなりの魔術師なのはわかったが、何故そこで家柄が出てくるのだろうか。疑問が口をついて出てしまう。


「それと同じ物を、森の一眼巨人は着けていただろう」


 とスバルは俺の胸元を指差して言った。何を指しているのかはすぐにわかる。スバルにここへ来る前、寮で渡された鉱石の事だ。魔素の流出を抑えてくれる鉱石。俺が胸元からそれを取り出すと、スバルは頷く。


「それはかなり希少なもので、まず手に入らない物だ。国宝級といってもいい程高価な物だ。本来は強力な魔素を抑える為のものだから、それを持つ程の魔術師が、うっかりと落としてしまったり、巨人ごときに奪われるなどとは思えない」


 巨人ごとき、というスバルの言葉に、アーマンドが息を呑み驚いているのがわかった。その巨人ごときにアクサム村は崩壊されかけていたというのだから。


「何故あの魔物がそれを『持たせて』いたのかはわからないが、この街を破壊した後、追跡出来ないようにして、一匹だけを生かす為かもしれない。とにかくわからないが、その魔宝具は、並大抵の貴族の買えるような代物ではない」


 それならその国宝級の魔宝具を持っているスバルとはなんなのだろう、という疑問が沸くものの、アーマンドの言葉でその疑問は一旦立ち消える。


「しかし、それほどの魔術師がどうして我が村を崩壊させようとするのです? 自分達で言うのもなんなのですが、こんな村、あろうがなかろうが世界には大きく関係がないと思うのですが……」


「それは俺も預かりしらぬ所ではある。この土地に何か恨みのある人間か。それとも領主に恨みでもあるのか」


「思いつきませんね」


 とアーマンドは答えた。


「土地はさる事ながら、現領主のラシユクーレ様は、まだ付き合いが浅くなんともいえないのです。前領主のアルフオート伯爵であれば、その、あるいはそう言った事もあったかもしれませんが……ああいえ、決して悪いお方ではないのです。ですが、その……」


 と俺の顔色をかなり伺うようにして、アーマンドは言葉を選んでいるようであった。平民が、元領主である父をその娘の前で侮辱するのだから。


「言いなさい」


 と俺は少しばかり苛々しながら答えた。父さまを悪く言われるのは嫌な気もしたが、仕方がない。


「恨みを、少々買い易いお方だったかとは思います。才能があり、とても良い方ではあるのですが、その反面、色々と恵まれたものをお持ちで、それをあまり隠そうともされない方でしたから、その、欲しがる方、妬む方が多く出てくるでしょうし……」


 アーマンドの言わんとする事が見えてきて、少し苛立ちがくる。


 つまり、彼はこう言いたいのだ。『ノエル・アルフオートの誘拐は父親にその責任がある』と。しかし、それに対して苛立つ自分がいる、というのは同時に、図星を突かれているからでもあった。父さまにはそうしたきらいがある。ノエルの事も、積極的に社交場へ連れ出し、まるで自慢するかのように見せびらかしているという側面はあった。だからこそ、ノエルの噂というものは、ものすごいスピードで駆け回った。アーマンドの言い分はある意味では正しいのだ。


「とにかく、これだけでは何もいえない」


 とスバルはそう言って、話を進める。


「一度、色々と調査をして貰ったほうがいい。俺達の方でも、トインビーに一度指示を仰いだ方がいいだろうな」


「そうかもしれませんね、スバルさん」


「……スバル、ですと……」


 俺はそれが失言だったという事を知らなかった。


「……ありがとう、アーマンド、私達はリーゼルニアに帰ります。……アーマンド?」


 俺はアーマンドの様子がどこかおかしい事に気づく。彼は目を見開いて、スバルの顔を見ていた。 


「おかしいと思った……巨人を圧倒するだけの魔力に龍の遣い魔。ノエル様はリーゼルニアに保護されていると聞く……それに、トインビー……クラーク・トインビー……スバル……!!」


 がたり、と音を立てるようにアーマンドが椅子から飛び上がる。椅子が倒れる事にも気にせず、彼はスバルを凝視し続ける。彼の頭の中で何かが合致したのだ。


「アーマンド!? 何を!」


 アーマンドは慌てて部屋の壁にかけてあった狩猟用の槍を手に取ると、それで自分の身を護るように構えた。


「ノエル様、この度は救って頂き感謝しています。しかし我々は、それでもこのような者をこの村に置いておく訳にはいかないのです。ノエル様、彼にすみやかにお引取り願えませんでしょうか」


 アーマンドの顔に今までにない緊張が走っている。巨人と対峙していたときよりも、更に恐怖した顔。そして、その手や足はがくがくと震えていた。


「なぜあなたがこのような場所にいるのです……エンブルクの魔王、スバル・ブランチユール」






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