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26幕 一眼巨人と狂血呪術




「よくやった」


 魔物に体当たりを食らわせる事に成功したマカロンの首を撫でながら、スバルはそう言うと龍から飛び降りて俺を見る。俺も降りろという事だろう。龍の背中からは高さがあったが、思い切って飛ぶ。着地を直前に落下速度が著しく落ちる。スバルが風を操ってくれたのだ。


「ありがとう、ございます」


 スバルの傍まで行き、感謝の言葉を述べる。気にするな、というように、スバルは視線をよこさずにこちらに手をあげた。彼は周囲の様子を伺っているようだった。


 多くの人が唐突に現れた俺達を、そして龍を見て固まっていた。家より大きな龍が集まれば当然の反応だろう。人の集まる中に降りていく事で、マカロンが誰かにぶつかるという心配もしていたが、それもどうやらなかったようで安心する。


 しかし周囲には、多くの死体や、うずくまる怪我人達の姿が見える。既にかなりの被害が出ているのがわかる。


「あ、あなたがたは……?」


 と声をかけられる。今しがた魔物に殺されかけていた中年の男だった。きっとマカロンが無理をして突っ込んでくれなければ命を落としていただろう。


 ふと、その男に見覚えがある事に俺は気づき、俺は声をあげる。


「アーマンド!」


「あなたは……まさか、ノエル様!?」


 アーマンドは信じられない物を見たというように、目を見開かせる。


「生きておられたという話は聞いておりましたが……ああ……それに……その髪の色は……」


 アーマンドは、領主であった父さまに会うため、時々屋敷に来ていた男だった。来るのが大変な田舎村の村長だと聞いていて、時々ノエルの話し相手にもなってくれていた記憶がある。という事は、この村がアクサムの村なのだろう。


「その話は後でしよう。それよりも、これはどういう事だ?」


「それが――」


 と彼が説明をしようとしたところで、龍の体当たりによって、家屋に吹き飛ばされていた「魔物」がその体をゆっくりと起き上がらせる。


 スバルはその魔素の強さと思考の無さから、魔物だと言っていたので、その姿を見て驚いてしまう。


 そこには、見覚えのある存在がいたからだ。俺がバラントの施設から出た時に、森の道案内をしてくれた亜人、森の一眼巨人(モノアイ・ギガンテス)だった。


「龍の体当たりを受けて、生きているとは……」


 と誰かが呟いた。生きているどころか、けろりとすらしている。巨体の体当たりを受けて、まさか無事だとは。


「彼らが突如、この村を襲い始めたのです」


 とアーマンドは言った。


「村の東は全滅しました。足止めしようにも、男達は次々と為す術なく殺されていき……」


「森の一眼巨人が?」とスバルが訝しげにアーマンドに聞く。「理由無く彼らが人間を襲う事などないはずだ。お前達、何か森で彼らの逆鱗に触れる事をしたんじゃないだろうな」


「そんな事はないはずです」とアーマンドはスバルに気圧されながらも返答する。「それに、我々が問いかけても、何も反応がないんです。まるで、言葉が通じないかのようで……」


「言葉が通じない? まさか、森の一眼巨人だぞ? 魔獣とは訳が違う」


「それは、わかっているんですが……」


 そう言って、スバルも俺も、立ち上がった巨人に目をやる。森の一眼巨人(モノアイギガンテス)は、確かにあの夜に会ったのと同じ種族なはずだった。しかし、それにしてはどこか様子がおかしい。その大きな瞳は、あの夜会った時よりも大きく見開かれている。瞳孔が開きすぎていて、血走っているようにも思えてしまう。魔素から感じる物も、亜人としての思考の乗ったものではない、おおよそ、ヒト的な「理性」を感じない。


「ウウウウゥゥゥ……」


 唸る。まるで獣のように。彼らは「亜人」であって、決して「魔獣」ではない。そのような行動をする生物ではないはずだった。村人達と戦っている他の巨人にしても、それは同じようなものだった。


「錯乱、いやこれは、まさか」


 とスバルが何かに気づいたように呟く。そして、彼は自分の肩からかけた鞄から何か小瓶のような物を取り出した。透明な液体の入った小瓶だった。


「それは?」


 スバルは俺の言葉を無視し、小瓶の蓋をとると、小瓶ごと巨人へと投げつける。巨人にあたったそれは呆気なく割れると、紫色の気体が湧き上がる。


「反応した……やっぱり……」


 と彼は呟く。


「どうなってるんです?」



狂血呪術バーサク・カースだ」


 とスバルはそう言うなり、苦り顔になる。記憶にない単語ではあるものの、呪術、という言葉から、穏やかではない状態になっているのだという事は想像がつく。呪術、多くの時間をかけて行う魔術の一種、言葉通り、対象を呪い、死に追い遣ったり、それに近い苦しみを味わせたりする事になる、使う事を禁止された類の魔術である。


「あいつらが理性を失ったのはそれのせいだろう。ああなると自分達が力尽きるまで、周囲を見境なく襲い続けることになる。食事も採らないで暴れ続けるから、放っておいてもいつかは力尽きて死ぬだろう、が……」


「でも、その前に村が」


「だろうな。間違いなく皆死ぬだろう。狂化されている以上、肉体の方もタガが外れていて強くなっている。おそらくこの村の人間では誰も巨人に傷一つつけることすら出来ないし、逃げられない」


「そんな……」とアーマンドが言う。


「なんとかして、彼らを正気に戻す方法はないんですか?」


 と俺は聞いた。


「ない」とスバルは断言する。「呪術にかかった時点で、あいつらの精神はもう死んでいるような物だ。言ってみれば動屍(ゾンビ)状態。元に戻すのは無理だ」


「……そう、なんですか」


「残念だが、止めるには殺すしか方法がない」


 とスバルはどこか悲しげにそう言った。彼もまた、あの夜に俺達を助けてくれた巨人達の事を思い出しているのだろうか。あの、一眼で俺の事を興味深そうに見ていた巨人達の事を。






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