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23幕 至龍と装飾品




 部屋に戻り、小間使いが服を着替えを手伝おうとするのを断る。


 ノエルの記憶では、アルフオート家の屋敷にいる頃は手伝って貰っていたという記憶があるものの、流石に今ではどことなく恥ずかしい。そうは言っても、ノエルは基本的に服を着せて貰っていたし、ナオキとして自分で着る分には勿論男物ばかりだったので、ボタンの向きが逆で苦戦してしまった。女性用の服は確か、召使いが着せる為に作られている為に、男とは逆の向きにボタンがついていたのだったか。


 小間使いが用意してくれた服を、記憶を頼りにしながら着ていく。時間はかかったものの、なんとか着る事が出来た。胸元に黒いリボンの付いた白地のブラウスに、明度の低く折り目の少ないスカート。女性向けの服装に詳しくない為に、その種類はわからないものの、足元がとても涼しく恥ずかしい。着慣れているという記憶がある一方、それでも恥ずかしいと思ってしまう自分がいる。


 ちなみに、服の着替えの時に自分の体を見たものの、特別思う所はなかった。自分の体を見たところで別段思う所はない、という事だろう。もう少し反応するかとは思っていたのだけれども。もっとも、まだ成熟していな体に欲情してしまうような幼児趣味(ロリコン)でなかったというのもあるかもしれないが。


(……あれ、12歳ならロリータじゃなくてアリスに分類されるんだっけ?)


 服を着替え、ぼんやりとそんな事を考えていると、スバルが部屋へとやってきた。彼に連れられて、玄関先へと向かう。


 陽が出ている中を歩くのは本当に久々なような気がした。体感的には、ナオキの体でいた時からまだ1日も経っていないハズなのだが、肉体はそうではない。心地よい光が体を温めてくれ、思わず空を仰ぎ見、太陽の光に目を細めてしまった。


 庭先には至龍がいた。


(相変わらず、凄く大きい……)


 庭先に龍がいる、という絵面はなかなかにインパクトのあるものだった。首輪をつけている訳でもないのに、犬小屋にいる犬のように、伏せて大人しく座っているのだ。可愛い仕草……なのかもしれないが、それよりも単純に「怖い」という感情が先にくる。


 夜間に見た時にはよくわからなかったものの、龍は黄色がかった茶色をしていた。トカゲや蛇、鰐と言った爬虫類を思わせるその胴体や頭、鼻の位置。くりくりとした大きく丸い瞳、触るまでもなく感触がわかる鱗。俺は爬虫類がそう嫌いではなかった。むしろ可愛いとすら思える時もあって、その龍も、パーツの一つ一つを見ていけば確かに可愛くみえなくもない。だけどその可愛さをすべて台無しにしているのがその大きさだった。


「!」


 俺の姿に気づいたのか、至龍がこちらに目を向けた。目が合い、そのまま見つめ合う。思わず固まってしまう。蛇に睨まれた蛙とはまさにこういった状態を言うのだろう。大きく口をあけた為に、思わず身構える。


「欠伸をしているだけだ。心配ない」


 とスバルは言った。


「あの龍は、人を食べた事は?」


「それは龍だからな」


 さも恐ろしい事をさらりと彼は言う。


「俺の祖父の代から仕えている龍だ。今は滅多なことがない限り食べない」


「『滅多な事がない限り』、ね」


 至龍を眺める。大きな口は、食べようと思えば人なと丸呑みしてしまうだろう。滅多なことがどれくらいの頻度で起きるのか知りたかったけれど、控えておいた。スバルの口調は淡々とはしていて冷たさを感じるものの、それでも話してくれない訳ではないようだ。


「不必要に怖がる必要はない。アイツはそのあたりの人間よりも聡いから、お前の感情にしろ、色々とわかってくれるだろうし、お前もアイツの性格を知りさえすれば、怖くなくなるだろう。堂々としていればいい。……ところで」


 とそこで言葉をとぎる。


「どうしました?」


「お前、自分の魔素をおさえられるのか?」


「ああ、そういえば……」


 洞窟の中でトインビーに会って以来、魔素が自分の周囲に漏れる事を気にしていなかったものの、それはすべてトインビーが俺の魔素を抑えてくれていたからだ。どういった原理の魔術なのかはわからないものの、そのお陰で自分は特に気にせずにいられたのだが……。


「トインビーから距離を置けば、今かかっている魔法も効力を失うぞ」


「流石にこの魔素がだだ漏れだと、結構危ういですよね」


 と俺は聞く。色んな人に注目されるだけの魔素量だとは自覚していた。下手をすればあまりの魔素の濃さに気絶する人間も出てくるかもしれない。それだけならまだ(まだ?)良い、そこに付け入る人間が出てくるかもしれないと、先程トインビーから聞いていたところだった。


「……これを」


 そう言って、スバルは何かを手渡ししようとする。それを素直に受け取る。小指の爪くらいの大きさをした鉱石だった。32面体に形を整えられ、透き通った綺麗な物。細く長い銀色のチェーンがついている。ネックレスだ。


「これは?」


「貸そう、つけてみろ」


 そうは言われ、大人しく従おうとしたものの、不器用なせいなのか経験がないせいなのか、上手く身に着けることが出来なかった。少し苛々してきたところで、見かねたスバルが俺の後ろに回って、つけてくれた。


「おお」


 身に着けた瞬間、ネックレスの効果は現れ、その効果に驚いてしまう。今までは自分の体から漏れた魔素を、トインビーの魔法によって片っ端から切り取られていた感覚であったものの、今では魔素が体から漏れる事すらない。


「うちの家に伝わる魔宝具で、魔素漏れを防ぐ物だ。お前が眠っている間、トインビーが外出している時はこれを使っていた」


「へぇ……って、魔宝具って、これ、家宝なんじゃないですか?」


 もしかしなくとも、かなりの値段になる物だろう。少なくとも、そんな効果のあるという物の話など聞いた事もない。もし手に入るのであれば、父さまは魔素のコントロールが下手な俺の為になんとしても手に入れていたであろうから。娘の魔力の事を喜んではいたものの、時折魔力の弱い母さまは俺の魔素で魔素酔いしてしまう事があり、その事で頭を悩ませていた。


「魔素をコントロール出来ないような奴はうちにはいないし、今までほとんど使われた事もないからな。こやし(・・・)になるくらいなら、使わなければならない者が持った方が良い。それに、トインビーも、常にお前の魔素を押さえ込むのも疲れるだろうからな」


 皮肉を言われたような気がするが、それなりに色々と気にしてくれているのだろう。色々と話してもくれるあたり、トインビーの言っていた『根は良い』というのがなんとなくわかる気がした。しかし彼は先程から、トインビーの事を呼び捨てにしていた。本人の前では「先生、先生」と呼んでいたというのに。


「さぁ、行くぞ。――風よ」


 そう言ってスバルは風で脚力を増加させて、龍に飛び乗る。


「どうした?」


 早く乗れ、と言った風に、龍の上から俺に声をかける。


「えっと、その、急に魔力が増えたから、上手く魔力がコントロール出来そうになくて……」


「……わかった。俺の魔力を受け入れられるように力を抜け。――風よ」


 言われたようにすると、俺の体を彼の魔素が包み込むのがわかった。俺の体がふわりと宙に浮き、龍の背中まで移動する。無機物とは違い、有機物を浮かばせるのにはかなりの魔力が必要だ。それなのに、高度な魔法を使う時特有の「きつさ」はそこにはなく、むしろ俺を労わってくれているという優しさすら感じてしまい、口調の冷淡さからは考えられないそれに、少しばかり意外だと思ってしまう。


「どうした?」


 と何故か龍の上に敷かれたカーペットの上に座った俺を見て、彼は聞いた。


「いえ、別に」と俺は答える。





 

 馬車ならきっと1週間以上はかかるであろう距離を、龍は1時間程であっという間に着いてしまった。


 リーゼルニアからリストニアの屋敷まで行く為には、国境を越え、山を越える必要がある。いくら自分の家がリストニアの首都から離れ、リーゼルニアよりにあるといえども、少なくとも地図上の距離では600km程は離れていたはずだ。龍は時速600kmほどで飛んでいる事になる。飛行機の旅客機の速度が時速600~800kmだとして、それには及ばないとしても、龍は相当の速度で飛んでいる。それでもまだ龍には余裕があるように見える。本気で飛ばせばどれくらいになるのか。何かにぶつかれば一瞬で粉々になるスピードだろう。スバルに風避けの魔法をかけて貰っていなければ、風圧に体が耐えられない。


 道中、俺とスバルの間にはまったくと言っていいほど会話がなかった。


 出発前こそ会話はできたものの、やはりトインビーの言っていたように、彼は色々と思うところがあって話しづらいのだろうか。それに、あまり多くを会話をする方ではないのかもしれない。時々何かを龍に話しかけていたが、小声だった為に、俺の所までは聞こえてこなかった。俺の方も、彼に話しかけるのを躊躇しかけているきらいはあった。道中は雲の切れ間から見える街並みを眺めるのに夢中になっていた為に、特にその沈黙は気にならなかったが。


(リーゼルニアに住んでいたというのに、どこも新鮮な景色に見える。……まぁ、屋敷からそう多く出たこともないし、外で遊ぶなんて事もなかったみたいだから、当然といえば当然か)


 その感覚は、屋敷を視認するまで続いてしまった。自分の家を見て初めて、自身が家の近くまで戻ってきたのだと初めて気づく事が出来るなんて。


 至龍は屋敷の傍に降りた。


 トインビーが雇ったと言われる屋敷警備に、スバルはトインビーから預かっていた書状と屋敷の鍵を見せる。屋敷の中へと案内される。


「……」


 掃除こそされているものの、最後に屋敷から出た時とほとんど変わらないその内装に、懐かしさを感じてしまう。しかし勿論そこに人の気配はなく、しんとしている。家が死んでいるようだ、と思った。帰ってきたはずなのに、まったく違う場所へ戻ってきたような感覚である。そもそも、俺が実際に住んでいた訳でもないのだけれど。(その辺りはリアンの言うように、考えるだけ疲れることだろう)


「トインビーはこの屋敷を暫く所有し続けるとは言っていた。倉庫代わりに使えばいいと。今すぐ必要がある物、手元に必要な物を持っていくだけでいいだろう。後で馬車でも荷物は送れるから、アイツで運べる分だけで頼む」


「わかりました」


「用意が出来れば言ってくれ」


 いくら「偉大なる12人の魔法遣い」とは言え、他国の屋敷を買い取り維持させるというのには、一体どれほどの金がかかるのだろうか。金銭的にも、その勝手ともいえる行動が出来るのも、世界でもっとも有名な魔術師だから出来る事なのだろう。


 まるでノエル・アルフオートが生きている前提で進められた行動。何故彼はそうまでして(ノエル)に恩を売ろうとしているのか。どうもあまりに親切すぎる(・・・・・)


(ここまでして。トインビーはそうしてまでも、俺に何かを期待しているのだろうか)


 彼の真意はわからないものの、「人の善意を無視する奴は一生後悔する」という言葉もあるくらいだ。彼の心がわかるまでは、やはり素直に甘える事にする。


 人気の無い屋敷で、体は自然と進んでいた。その場所を覚えている。幾千の日々を過ごした、勝手知ったる屋敷だ、忘れる訳がない。中央階段をのぼり、少し歩いた場所にある部屋へと向かった。


 ノエルの部屋だ。


 








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