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20幕 現状の確認と、情報の交換






(俺のしたい事って、一体なんなんだろう……)


 そんな事をぼんやりとベッドの上で考えていると、控えめなノックの後、メイド服を着た女性が部屋へと入ってきた。おそらく彼女は小間使いで、俺が眠り続けているのだと確信していたのだろう。起き上がっていた俺と目が合うなり、小間使いは驚きのあまり固まり、腕に持っていた荷物をすべて投げ落とし、まるで幽霊からでも逃げるように部屋を出て行く。


 それが合図で、長い一日が始まる。


 間も無くして、部屋を飛び出た小間使いに呼ばれたトインビーとスバルが部屋へと入ってくる。慌てて着替えて来たのだとわかる、まだ少し寝癖が残るスバルに対し、トインビーはまるでそのまま何かの会議にでも出席出来てしまいそうな程、身なりがきちんと整っていた。もっとも、対する俺はまだ寝衣のままであり、髪も跳ねに跳ねている為、どことなく居心地の悪さを感じてしまう。せめて顔くらい洗いたいのだけれども、それどころではない様子だったので、我慢をする。


「いつまでも目が覚めないから、心配していたんだ。良かった」


 とトインビーは言う。


「ありがとうございます、お陰さまで」


「身体は大丈夫かい? 見たところ、肉付きも戻っているようだ。……その事も含めて、色々と話をしたい。君も聞きたい事もあるだろうしね。だが、もう少し休んでからの方が良いだろうか?」


「ああいえ、大丈夫です、もし良ければ、このままで」


 と俺は言った。本当は服を着替えたいところだったけれども、こちらも早く聞きたい事が色々とあった。


「ここは、どこなんでしょう?」


「リーゼルニア国立魔術学校の教職員、及びに関係者用の寮だ。そこでお前は2ヶ月の間、昏睡状態にあった」


 淡々とした口調で、スバルが説明する。2ヶ月眠っていた事はリアンに聞いていたので驚かなかったものの、その無反応を頭がついていかなかったと捉えたのであろう、トインビーが俺に尋ねる。


「ところで君はあの日の事を、どこまで覚えているんだい?」


「ドラゴンに乗った所までは、覚えています。でもその後は……」


「そうか。なら、そこから話そう。あの後――」


 トインビーとスバルは、まずは今の状況について、説明をしてくれた。ベッドの上に俺が座り、トインビーはその傍の床に片膝をついて俺と目線を合わせ、スバルはトインビーの後ろに立つ、といった状態になって。


 2人の説明は、トインビーが大筋を話し、スバルが補足するという体で進められた。トインビーが落ち着いて優しい話し方をするのに対して、彼の弟子のスバルは、どこかよそよそしく、こちらに対する警戒心が見え隠れする喋り方だった。


「あの夜――」


 あの夜、至龍の上で眠ってしまった俺を連れて、トインビー達はリーゼルニア国立魔術学校へと戻ったそうな。教員寮の一室に俺は運ばれたらしいのだが、そのまま俺は2ヶ月もの間、昏々と眠り続けて、今日まで起きる気配すらなかったらしい。部屋がそう大きくない割には妙に広い建物だと思ったが、まさか寮であったとは。


 眠り続けて起きる気配のない俺を心配し、トインビーははじめ、様々な医術師を呼んでくれたらしい。


 治癒魔法、筋肉蘇生魔術、栄養補給技術など、色々と手を尽くしてはくれたものの、そのどれもがあまり効果のあるものだとは言えなかった。しかし何も口に含まないにも関わらず、俺の身体は日に日に悪くなっていくどころか、むしろ肉付きすら良くなっていく不思議な状態で、何かしらが俺の身体の中で起きているのだというのはわかったそうで、それきり医者を呼ぶ事もなかった。リアンの言っていた通り、彼が俺の中で頑張ってくれていたのだろう。


 俺がこの部屋に運び込まれて2週間が経った頃、リーゼルニアの街ではノエル・アルフオートが生きているという噂が流れ始めていた。大方医術師か、小間使いの口から漏れたのであろう。どうやらこの世界には守秘義務などと言ったものはないらしい。


 ひと月を過ぎる頃には、リーゼルニアはその噂で持ち切りになり、他国にも噂が流れ始めていた為に、余計な混乱を招かないようにとトインビーは俺を保護していると正式に発表した。


 バラントの森の中で異様な魔素を検地し、確認したところ、行方不明となっており、昏睡状態にあった俺を見つけた、というのが彼の発表分である。無論作り話で、各国の主要な関係者には「とある国」のとある施設に俺が監禁されていた事を伝えてある、という事だ。国名こそぼかしてはいるものの、それがバラント王国であるというのは自明の事だった。


 バラント王は勿論それを否定してはいるものの、それがバラントがノエルに手を出さない為の牽制にもなっているとの事だった。今ノエルに何かあれば、バラントはそれを認めてしまうような物で、それはつまりアルフオート侯爵殺害についても認める事になり、リストニアが小国バラントを攻め入る為の口実ともなる。その上、保護しているリーゼルニア魔術学校に手を出すことは、魔術大国リーゼルニアは勿論、『偉大なる12人の魔術師』や、彼らが所属する国ですらも敵に回す事になるのだろうから。


「君を護る為とはいえ、勝手に行動してしまい申し訳ないとは思う」


 とトインビーは謝るものの、むしろ俺が感謝しなければならない程だった。彼がいなければ、俺はあの洞窟の中で詰んでいた可能性すらあるのだから。


 正式にトインビーが俺の保護を発表したという事で、世間は俺の話で熱狂しているらしい。『偉大なる12人の魔法遣い』の候補とされる人物が生きており、その筆頭魔術師の元に保護されているというのだから。


トインビーとスバルの話は、だいたいこんな物だった。世間の様子を実際に見た訳ではないものの、改めて、ノエル・アルフオート(じぶん)という存在がどれほど注目を集めている存在なのかという事を知らされてしまう。


「申し訳ないが、次は君の事を聞かせて欲しい。辛いことだとは思うが、君の今の状態は謎な部分が多い。特に、君の身体の事も含めて。君を護る為にも、話して欲しいんだ」


 とトインビーが言う。


「……」


 何故トインビーはそこまで親しい訳でもない、ほぼ他人である(ノエル)に対して手厚くしてくれるのか、その動機については不明な部分はあった。しかし、そうまでしてくれている以上、信頼しても良いと思える相手であるのかもしれない。


 本当は、こういう事は、ある程度の情報は隠していた方がいいのかもしれない。


 だけど、隠す事で俺が得られる物はほとんど何もないように思えた。こちらとて、自分でわかる物には限度があって、誰かの力を借りてでも情報を得たかった。その為に、彼らにも考えを聞く必要がある。


 俺は少しだけ考えてから、わかる範囲で、持っている情報すべてを話す。彼らは非常に難しい表情を見せていた。


「……つまり君は、ノエルの身体に降臨した精霊が連れてきた、フカセ・ナオキという人間なのだね」


 俺が頷くと、2人が同時に息を飲み、目をあわせる。顔の造りは似ていないものの、その息の合い様はまるで親子のように思えてしまった。師弟関係の期間が長いのだろうか。


「どう思う?」とトインビーはスバルに尋ねる。


「にわかには信じられない話ではありますが」


 とスバルは答える。


「しかし、先生が言う、ノエル本人にしては感じる魔素が別人のようだという説明も、彼女の言葉が真実であれば辻褄が合います。自分が彼女から感じた魔力も、到底人間の物だとは思えませんでしたが、そうであれば、おそらく納得の行くものかと」


「そうだな。肉体の蘇生も精霊の魔力による物であれば納得がいく」


 とトインビーが目を細める。


「確かに、私がノエル君から感じている魔素の感触は、元々のノエル君とは似て非なる物だった。だからこそ、初めに会った時に、ノエル君本人だとわからなかったのだ」


 初めて会った時に、トインビーは俺の魔素に対して、『まるで別人のようだ』と言っていた事を思い出す。


「多分そのせいだと思います」


 と俺は答える。


「そうか、君は……ええと、」


 トインビーが俺の名前をどう呼べばいいのか悩んでいる事に気づいた。


「ナオキ、と呼んだ方がいいのかな」


「いえ、ノエルと呼んで頂ければ。先程も話しましたように、自分の中には、ノエルとして生まれてきて、ここまで11年間生きてきたという記憶や知識が確かにあります。魔術の知識などもあります。トインビー先生がお屋敷に来て頂き、お話したときの事もきちんと覚えています。あの時話していただいた時計塔のお話は面白かったです」


「そうだったね。そんな小話まできちんと覚えていてくれるとは……。しかし、確かに、あの時から比べれば話し方もしっかりしている。君がノエル君の記憶を持ち、しかしながら別人であるという事は、信じがたくはあるが、実際、信じなければいけない事のようだね」


「ですので、今までのノエルと同じように接して頂いてくれれば、こちらも同じように接せますので、助かります」


「わかった、そうしよう」とトインビーは言った。


「なら、監禁されていた時の記憶も……」


 疑問に思っていたのだろうか、唐突にスバルはぼそりとそう呟いた後、その言葉の軽率さに気付き、慌てて口を塞いだ。俺はそれには何も答えず、苦笑いするようにしながらも、視線を外す。確かにその記憶も自分の中には確かに存在する。おぞましい記憶と感情に、決して意識を向けないように勤める。


「……まぁ、これからの事についても話したいが、とりあえずは一旦、朝食にしようか」


 そんな不穏な空気を察してくれたのか、トインビーが笑う。


「私もお腹が空いてしまってね。もう出来ている頃だろう」






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