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2幕 監禁と投薬





 バラント王国、東の森の中にある地下洞窟、そこに隠されるように作り上げられた研究施設。ノエルは誘拐されてからずっと、洞窟の最奥にある部屋に監禁され続けていた。


 陽のあたらない部屋には灯りもなく、湿り気のする土の床はじめり、換気という概念が存在しないが為に空気は濁りきっている。


 その場所で、今日もノエルは目を覚ます。


「……う」


 横倒しなった身体は今起きたばかりだというのに、既に疲れきっていて、とてもだるい。横になっているだけなのに、酷く眩暈がした。気分の悪さに額を抑えようとするものの、彼女の手足には枷がかけられていて、自由に動かす事が出来ない。魔法を使ってそれを外そうと試みるも、何度やっても魔法を遣う事が出来ないでいた。


(きっと、この枷が魔法を封じているせいだ……)


 そうノエルは推測していた。


 少し前に読んだ本に、戦争捕虜や犯罪者から魔法を奪う為に使う『封魔の枷』という記述があった。おそらくこれはそれなのだろう。もっとも、それがわかった所で彼女にはどうする事も出来なかった。もうここに来てからずっと、彼女は1度も魔法を遣う事が出来ずにいた。


「……」


 歯がゆさに思わず下唇を噛む。


 馬車の襲撃が、ノエルを誘拐する為だと気づかされるのにそう時間はかからなかった。毎日のようにこの部屋にやってくる「彼ら」の話の断片を繋ぎ合わせていくと、自然とその事実は出てくる。


「とにかく、今日こそは……今日こそはここから出ないと……」


 ノエルは身体に鞭を打つようにそう呟くと、身体をくねらせながら、暗闇の中で扉を探し始めた。この部屋から、今のこの状況から、彼女はなんとしてでも逃げ出さなければならなかった。


(早く、早く出口を見つけないと……!)


 焦りがノエルを襲う。一刻も早くここから脱出しなければ、でなければ今日もまた「彼ら」がこの部屋に来てしまう。その前に絶対に部屋を出なければならない。そう思いながら体をもがかせ続けていた。だが、そんなノエルの必死の行動も虚しく――


「そろそろ起きたようだな」


 声と共に部屋の扉が開き、4人の白衣を着た男達が入ってくる。暗闇に差し込んだ光の眩しさに目を閉じながら、ノエルは悔しさに顔を顰める。


 今日も逃げる事が出来ないまま、その時間がやってきてしまったのだ。


 これから起きる事を、ノエルは知っている。毎日毎日、ずっと同じ事の繰り返しだ。これから始まる『地獄』としか形容できない時間の事を考えると、身体が強張り、竦んでしまう。


 彼らは自分達の事を『研究者』と名乗っていた。研究者達はこの施設で『とある計画』の為の『下準備』をしていて、その為にノエルが使われているのだという事が、ノエルはこれまでの彼らの話からわかっていた。ノエルを使った計画だ。


 4人の研究者のうち大柄な体をした2人が、ノエルの身体を引き起こし、壁に力強くおさえつける。


「やめて! 離して、お願い!」


 力を込めて抵抗しようにも、体格差には抗えない。まったく動くことの出来ないノエル元へ、研究者達のリーダー格の男が近づいてくる。


「……っ! やだ、お願いっ、やめて!! 飲みたくないっ! やだ、やだっ!!」


 その手にはいつもの『薬』があった。


 毎日のように飲まされているその薬の怖さを、ノエルは嫌という程知っている。必死にもがき、薬を飲むまいと抵抗するものの、抑え付けられた力は強く体は動かない。


 研究者達はその薬を飲ませる為に、ノエルの口を強引に開かせようとする。しかし、ノエルは歯が砕けてしまうのではないかというまでに歯を喰いしばり、決してあけようとしない。


「早く口をあけろッ!」


 鈍い音が狭い部屋に響く。男がノエルの頬を殴ったのだ。


 思わず、ノエルの視界は滲み、涙が溢れ出る。口の中が切れてしまったのか、ほんのりと鉄の味が広がった。


 男に殴られるのはこれで何度目だろうか。今まで蝶よ花よと育てられ、殴られる経験などなかったノエルからすれば、とても耐え難い痛みだ。研究者達に逆らわず、大人しく薬を飲んでさえいれば、こうして殴られる事はないとノエルにはわかっていた。しかしその薬を飲まなくていいのであれば、何度だって殴られても構わないとさえ思ってしまう。それほどまでに、その薬を飲む事だけは避けたかったのだ。


 だが、研究者達の目的が彼女に薬を飲ませる事な以上、研究者達は決して折れる事はない。


 何度かの頬への殴打の後、涙だらけになったノエルの口は指で無理矢理こじあけられ、薬を入れられてしまう。


「さっさと飲み込めっての」


 指を痛そうにしながら、研究者は言った。


「……」


 ノエルは絶対に飲み込むまいとしていたが、今度は男達に口を抑えられ吐き出す事も出来ない。薬はいつの間にか、塩辛い味のする涙と唾液に溶けていき、気づいた時にはもう口の中にはなかった。


 抵抗虚しく薬を飲みこんでしまったノエルの体から力が抜ける。薬を飲んだ事を確認して、研究者達はノエルの体からゆっくりと離れる。


 薬はすぐにノエルの身体に影響を及ぼし始めた。


 ノエルの体内を走る魔素(マナ)が、薬の影響によってその数を爆発的に増やしていく。コントロール出来なくなった魔素は暴走し、まるで灼熱の炎のような熱を体の内側にもたらす。


「あ、あああああっ!!」


 体を内側から焼かれるかのような熱は痛みとなって彼女を襲う。


「ああああ熱い、熱い、熱い熱い、熱いっ!! ううううああああ、助けて、助けてお母さま!! やめて、もうやめて、熱い、熱いよ、熱い熱い熱い熱いっ!!!」


 『熱い』という言葉以外を忘れてしまったかのように、狂ったようにノエルはその言葉を叫び続け、苦しみに顔を歪ませる。


 その苦しさは、男に頬を殴られた痛みの比ではない。


 それはいっその事、自分の身体なぞなくなってしまえばいいのにと思ってしまう程の苦しみだった。早く自分の体が燃え尽きて欲しい、とノエルは自分の死さえ祈ってしまうまでの苦痛だった。だがそれはただの魔素の暴走であって、決して本物の炎ではない。ノエルの身体はずっとそこにあり続けて、その熱は延々と彼女を襲い続ける。腕と脚が塞がれていなければ、彼女は自らの手で喜んで自分を殺していただろう。


「ああああああああああ!! 熱い! 熱いっ、熱い!」


 研究者達は、誰もその叫び声止めさせようとはしなかった。無理もない事だとはわかっているのだ。彼女の体に投薬された量は、通常の人間の致死量をもう何倍も越えているのだから。


 『魔力強壮剤』。


 それがノエルに投与された薬だった。


 少量の投与ですら、使用者の魔力を数倍に膨れ上がらせるという秘薬。しかしその原理は、人間の体内にある魔素の量を暴走させる事によって増加させるという物である。そんな薬を使うのは、死地でその最期を確信した魔術師くらいのもの。使えば強力な魔力と引き換えに、肉体や精神の崩壊をもたらす強力な秘薬、いや、むしろ毒薬だった。ほんの微量ですら体が耐えられず死に及ぶ可能性のあるそれを、ノエルは毎日のように、大量に飲まされていた。


 それだけの量を飲まされても即死しないでいるのは、彼女の魔力が元々極端高いが故に、魔素の暴走への抗体力が高い事があった。しかしこのままでは、いくらノエルが特別だからと言って、間違いなく体力が尽きて死んでしまうだろう。


「熱い、熱い熱い熱い熱い、あつ―――」


 部屋に入ってきていた4人の研究者達のうち、最後の1人が今やっと、部屋に入った時から詠唱し続けてきた魔法を放ち、ノエルの意識を奪う事に成功した。普通の催眠魔法程度では、その『痛み』を前に意味を持たない。彼女の叫び声を止めさせるには、完全に意識を飛ばさなければならなかったのだ。


「……う、あああ、ああ」


 意識が無くなってすら、痛みはノエルの身体を襲い続ける。


 彼女の閉じられた瞳からは、涙がとめどなく流れ続ける。




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