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15幕 お姫様抱っこと敵意のない魔素





「だが先程はすまない。君だとわからず、敵意を向けてしてしまって。その……記憶の中にある君と、今の君の様子がまったく違っていたからね」


 言いづらそうに言う。確かに今の俺の姿は、見ていて痛々しい物だろう。トインビーと会った時のノエルも決して肉付きが良い方ではなかったが、不健康な程痩せていた訳でもない。ましてや、骨が浮くような醜い女ではないハズだった。


「その髪色変化にしてもそうだ。大方、魔力強壮剤の過剰投与によるものだろう」


「……わかるんですね」


「ああ、これだけ長く魔術師をやっていると、嫌でもね。魔力を薬で増やそうとする人間達を何人も見てきた、その末路もね。だが、髪色がここまで変色して生きている人間を見たのは君が初めてだ。本当に、本当に生きていてくれて良かった」


 本当に、生きていて良かった。


 おそらく感極まってしまったのだろう。彼はそのまま、俺の身体を抱きしめてくる。


 会ったのは1度きりだというのにも関わらず、そこまで心配してくれていたのだという事がわかる。男に抱きしめられているというのに、嫌悪感などという物はなかった。むしろ、もう大丈夫なのだという安心感すら感じ初めていた。ただ、優しく抱きしめてくれていたはずなのだろうが、痩せてしまった体には少し痛い。


「いたっ……」


「ああ、すまない」と言って彼は俺から体を離す。「……しかし、魔素は確かに強くなっているが、それ以外にも、今の君からは元々あった魔素とは少し違う匂いがする。まるで、別人になってしまったような感じだ」


 おそらく、俺が入った事によって、元々のノエルだけの時の魔素とは違う魔素になっているのだろう。魔素は、その人間の感情が反映されるものだから。しかし、まさかずばり言い当てられてしまうとは。世界最高峰の魔法遣いにもなると、そのあたりも簡単にわかってしまうのだろうか。


「あの、実は……」


「先生、急いだ方がいいかもしれません」


 説明をしようと発しようとした言葉は、スバルに遮られてしまう。


「流石に彼女の魔素量だと、異常を感知するのは自分だけじゃないかもしれません。そうなると我々がここにいるというのも厄介です」


「……ああ、そうだな。そういえばノエル君は確か、魔素を隠すのは苦手だったね」


 俺が頷くと、トインビーは俺の額に手を翳して、小さく何かを唱えた。


「えっ」


 驚いた。一瞬にして俺の身体から漏れる魔素が消えてしまったのだ。先程の炎の時と同じように、すべて刈り取られて消失する。魔素は毎秒毎秒俺の中で作り続けられていて、とめどなく俺から漏れ続けているはずなのに、何故だかその都度、その全てが消されていく。


「よし。これでもう、これ以上魔素は出ないし、感知されるもないだろう。だが既に気づいていた者達はこの洞窟に来るかもしれない。その前に脱出したい。歩けるかい」


「ええと……」


 と俺は苦笑いを返す。正直な所、緊張の糸が途切れてしまうと同時に体力も限界が来ていて、もう歩けそうになかった。


「そうか……ちょっと申し訳ないと思うが、我慢してくれ……」


「我慢って……わっ、ひゃっ」


 我ながら素っ頓狂な声が出たと思う。変な声が出てしまった事が恥ずかしく、あわてて口をおさえようとするものの、一瞬にして身体が宙に浮いた。トインビーが俺の腰に手を回し、持ち上げたのだ。


「な、な……な……!」


「こんな男に持ち上げられるのも嫌だろうが、我慢してくれたまえ」


 これは所謂「お姫様抱っこ」と呼ばれる状態なのではないだろうか。


 色々な感情が混じり合わさってしまってテンパりかけていた。


 今は少女の身体といえども、大の男が、自分より歳上の男にお姫様抱っこされている凄く恥ずかしい状態なのだという事。その男が妙に美形の渋い男で、顔が近くて嫌でも変な気分になってしまうという事。「偉大なる12人の魔法遣い」にこんな肉体労働をさせて申し訳ないと思ってしまう事、そして、こんなに痩せている姿を思い切り見られてしまい恥ずかしいという事。


「軽すぎる……」


 とトインビーは痛々しげに言うのが、余計に恥ずかしさを助長させる。前半の感情は間違いなく深瀬直樹としての俺で、後半の感情はノエルとしての俺に起因する感情だろう。


 混乱する俺を他所に「行きましょう」とスバルが淡々と声をかける。彼は彼で急いでいるようだった。


「ああ」


 密着しているので、彼の体内で魔素が動いたというのがわかる。魔法を遣う前兆だ。すぐさま彼の身体が少しだけ地面から浮き、まるで歩道エスカレーターに乗っているかのように、自然と移動していく。風の魔法だ。


 本来であれば俺もこの魔法を遣いたかった。しかし自分の魔力がコントロールできる自身がなかったので出来なかったのだ。下手をすれば骨が砕ける可能性があった。だからこそ、トインビー達に見つけて貰えたのは亘りに船だった。俺は彼の腕に抱えられたまま、風の魔法に運ばれすんなりと、洞窟の外へと出て行く。


「……!」


 それは、ノエルにとって数ヶ月ぶりの外の世界だった。どこまでも高い空が頭上にあり、今までよりずっと視野が広くなり、そして、少しばかり眩暈がした。欠ける事のない綺麗な月が浮いていて、それすら眩しいと感じてしまう。これが日中じゃなくて本当によかった、と思った。いきなり陽の光を浴びれば、目がどうなっていただろうか。


 その研究施設の入り口は、どうやら森の中にあったらしい。風で揺れる木々の音がさわさわと聞こえる。


「えっと……あの、もう大丈夫ですから」


 洞窟も出たし、俺は降ろしてくれと頼む。そうは言っても、自力で立つ事すら難しいのではあるが。しかし今はそれよりも恥ずかしさで死にそうだった。


「あの、トインビー先生?」


「……」


 しかし、彼は俺の事を見ていなかった。少しばかり気を張った表情で、森の中を見ている。そしてそれはトインビーだけではなく、スバルの方も同じようで、2人共何かに警戒をしていた。


 恥ずかしさのあまり、気づくのがワンテンポ遅れてしまったが、俺にもすぐに彼らの警戒の理由がわかった。


(森の中に何かいる)


 それも、俺達を囲むようにして何体も。


「……」


 漏れ出てくる魔素量自体は大したものではないが、決して人間の物ではない。ヒトにしては量の多いそれは、間違いなく魔物のものであるというのがわかる。それが俺達を囲むうにして、じっとこちらの様子を伺っている。しかし、その魔素からは敵意のようなものは感じられない。ただただ、こちらに興味を持っているような感じの魔素だった。


「森の民よ、少し話をしようではないか」とトインビーが少し大きな声で、彼らに聞こえるような声で言う。「我々は君達に危害を加えるつもりはない」


 少しの沈黙の後、やがて、森の中からソレらは姿をあらわす。


(……デカい)


 人間と同じような骨格を持つものの、人間をより遥かに巨体。背は(ノエル)の2倍以上あり、肩幅も皆例外なく広い。青色の色素を持った肉体にまとった、粗末な布から覗く筋肉は、まるで鎧など不必要だといいたげな程によく鍛えられており、各々の腕には、見るからに重そうな金属棒が握られている。


 そして一番印象的なのは、単眼。


 顔の真ん中に人間よりも遥かに大きな瞳が1つだけついている。見た事はなかったが、図鑑や書物などで読んだという記憶はある。


 森の一眼巨人族(モノアイギガンテス)だ。





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