14幕 世界最強の魔法遣いとその弟子
我が目を疑いたかった。
(まさか、彼がこの場所にいるだなんて……)
世界一の魔法遣い。誰もが憧れるような魔法遣いが、この場所にいる。つまり彼はこの実験に一枚噛んでいるという事だろう。バラント王国の企てに、リーゼルニア国を代表するような、しかも子供に物を教える立場の教師である彼が、こんな非人道的な計画に加担しているなんて。
戦況は2対1、形勢逆転される形になる。しかもそのうちの1人は世界で1番の魔術師で、こちら俺は身体が動かない。控えめに言っても絶望的な状況。
それでも、俺はなんとしてもこの場所から出ないといけなかった。その為に彼らに向かって、いつでも魔法が唱えられるように気を張り続ける。
「スバル、君が感じたという魔力の正体はこれか?」
「ええ、間違いなくそうだと思います」
スバル、というのが、先程から対峙していた青年の名前らしい。彼は俺の炎魔法が消失するなり、俺から距離を置くように離れていた。
「てっきり魔素の量から、魔物か精霊の暴類かと思っていましたが……」
「ああ、まさか、ヒトだったなんてな。にわかには信じられない話だ」
彼らは小さな声で何かをひそひそと何かを話していた。しかし、今いちよく聞こえない。2人とも俺の事を見て、意外そうな顔をしている。
しかし、意外という事ならこちらとて同じ事だった。失望に近い感情が、自分の中にはあった。
「クラーク・トインビー」
と俺は彼の名前を呼ぶと、2人がまた俺をいぶかしげな目で見る。
「聖職者のあなたが、まさかこんな事に加担してたなんて……。あの時、俺の屋敷に来て言ったことは、全部嘘だったんですね。勧誘するつもりなんて最初からなかったという事ですか」
「……加担? 君はなんの事を言っているんだ」
トインビーは俺の言葉に、虚を突かれたような表情をしてそう答えた。
「……え?」
どうにも、とぼけているようは見えない。その反応に、俺の方も少し戸惑ってしまう。
そういえば、トインビーにしても、スバルと呼ばれた青年にしても、俺の姿を見て驚いている。まるでそこにいたのが俺ではない何かだと予見していたかのように。しかし、だとすると……彼らは本当に無関係で、俺が早合点をしてしまったという事なのだろうか。
「それに、君は私とどこかであった事があったかね。君ほどの魔素量の人間なら忘れる訳が……。いや、待て……勧誘……まさか……」
何かに気づいたように、トインビーの瞳が大きく見開かれていく。まさか、ありえない、と。
「まさか……君は……ノエル・アルフオート……なのか……」
「ノエル……あのノエル・アルフオート!?」
とスバル青年が信じられないと言った目で、クラークの言葉に反応して俺を見る。
こくり、と俺は頷く。
「ああ……ノエル君……生きていてくれてたんだね……」
生きていて『くれた』と彼は言った。まるでその事を感謝するかのように。
トインビーの身体から一瞬にして緊張が抜けたのがわかった。ほっとしたかのような、心からの安堵の表情。その表情を見て、スバルという青年も俺に対する警戒を解く。先程から感じていた、隠す事のない敵意の乗った魔素が、彼の身体の中へと隠されていくのがわかった。
俺はもう彼から魔素を感じる事は出来なかった。やはり彼は俺と違って、魔素をきちんと隠す事が出来るらしい。
(助かった、のか……?)
トインビーはその長身を、俺の目の前に屈むことで、目線を合わせた。俺の両肩に手を置き、もう大丈夫だ、と俺を労わるように言う。
「良かった、本当に良かった……。ノエル君、大変だったろうが、もう大丈夫だ。我々はずっと君を探してしたんだよ。絶対に君はどこかで生きていると信じていた。随分と時間がかかってしまってすまなかったね。しかしまさか、こんな場所に閉じ込められているとは」
清潔感のある壮年男性特有の、品の良い匂いがする。その匂いは嫌いではない。
「スバル、君のお陰だ。本当にありがとう」
トインビーは俺の肩に手を乗せたまま、彼に顔を向けてそう言う。
「いえ、行こうと言って下さったのは先生ですから。それに、もし一人で来ていれば誤解を解けないままにやられていたでしょうし」
「あ、あの……」
とそこで俺は声をかける。
「なんだい?」
「トインビー……トインビー先生方は、どうしてこちらへ?」
話が良く見えなかったのだ。何故彼らがここにいるのか、そして、何を話しているのか。
「ああ、それはね。彼のお陰なんだよ」
とトインビーは青年を紹介するよう掌をむける。
「彼は私の弟子のスバルといってね。とても優秀な魔術師で、特に魔素の動きに関しては私より遥かに敏感なのだが……その彼が数時間前、尋常ではない魔素がこの地から流れ始めたと教えてくれたんだ。自然ではありえない魔素量だというから、何かしらの魔物や精霊が暴走したのかもしれないと思ってね。それでこうして調査にやってきたのだが……この妙な施設があり、そこでこうして君を見つけられたという訳だ」
「……そうでしたか」
自分の制御しきれず駄々漏れになっていた魔素が、結果的に助けを呼ぶ事になったらしい。
しかし、ここがバラント王国のどこかはわからないが、リーゼルニアからバラントまでの距離は、間にリストニアという国を挟んでいる為に、少なくとも2000km以上はあるハズだった。そこまで距離があるというのにも関わらず、俺の魔素に気づいたというのは、スバルという青年が余程魔素の流れに天才的な能力を持っているのか、それとも、それだけの魔素量を俺が出していたという事なのか。