少年魔法使い
満天の星が夜空を埋め尽くした。星の光は、森の奥底まで照らしている。
脳から削除し、封印した傷跡も照らし出すかのようだ。
その光とは別に、赤く燃える光もあった。パチパチと乾いた音を立てて煙は星空へ還ってゆく。焚き火の周りを、二人の男、二人の女が囲んでいた。
野宿は慣れているのか、少しの不満も見せずにキャンプファイヤーを楽しんでいる。
金髪碧眼のレオン、長い黒髪に長身痩躯のノヴァ、大きな桃色の瞳に茶髪のアリア、青く聡明な瞳に銀髪のレスティンの四人は飛行船「ウィンディ号」を使って一ヶ月前から旅をしている。
故郷を離れ、悲しみと不安を胸に抱きながら旅をしてきたが、どうせ旅をするなら楽しくいこうという意見の一致からこのような道草を食って進んでいるのだった。
簡素な夕食を終え、ホットチョコを飲みながら3人はノヴァの話に耳を傾けていた。
誰も知らない、彼だけが知っている御伽話。
「空に浮かぶ星がすべて降ってきそうな夜。蒼い草原の上で、伝説の吟遊詩人たちは狂い踊る。」
双方の瞳は長い前髪で隠れていて、表情を読み取ることは難しいが、弧を描いた口元から楽しそうな様子が伺える。
ノヴァはこうして、野宿の夜にいつも御伽噺をしてくれた。
たった二言、三言の話。
いつもそれだけ言葉にすると、「次回をお楽しみに」なんて言って話の続きを後回しにする。
それが今だった。
「はい、では次回をお楽しみに」
「え、もうー?」
ぷくっとアリアは頬を膨らませた。
かわいらしい眉毛の間に皺を寄せ、スモモでも詰めたかと思うほど頬を膨らませて不満を露わにした。
「旅は長いんだ。少しずつのほうがいいだろう?」
ノヴァの言葉に、アリアは「あ、そうだね」とあっさり納得する。
「かわいい…」
なんとなく口から出たようなレオンの言葉に、ノヴァは吹き出した。
「な、何で笑うんだよ」
「いや、何も」
くっくっく、と笑うノヴァを変な奴と思いながらレオンは嘆息した。
そのつぶやきは、当のアリアには聞こえていないみたいだ。
そうこうしているうちに、レオンの隣から規則正しい呼吸が聞こえ、肩に重量感を感じた。
アリアが寝ている。
ぼん、とレオンの顔から蒸気が噴出した。
レオンは、耳まで真っ赤にしながらアリアから目をそらしている。
どうやら、アリアの寝顔はレオンの心にハートの矢を打ち込んだようだ。
それを見たノヴァは、今度は腹を抱えて笑い出した。
「レオンって、ほんとウブだねえ」
「うるせーよ!」
タオルをくるくると枕のように固めて、地面に置くとアリアの頭をそおっとのせた。
「さて、俺もそろそろ寝るよ」
空になったマグカップを持って、ノヴァは立ち上がると「ウィンディ号」の中に入って行った。
この飛行船は、故郷の老錬金術師が特注で作ってくれたものだ。電力と錬金術の力で動いている。リビング、キッチン、バスルーム、トイレ、寝室が小さいながらもそろっているため、長旅にはもってこいの乗り物だった。野宿の時は、女二人は寝室で睡眠をとることができる。ベッドは二つあり、そこでゆっくりと眠ることができるのだ。男二人は、基本的にテントを張って飛行船の近くで寝る。
現在、アリアとレオンが外にいる。レスティンは先ほど、ウィンディ号の中へ入って行ったきりでてこない。たぶん、就寝の準備をしているのだろう。そしてたった今、ノヴァもウィンディ号の中に入って行った。
レオンはいやな予感がした。
「何するのよっ!?」
突如聞こえた怒声とともに、ウィンディ号からノヴァが放り出てきた。
レオンの後ろ側に顔面から着地し、うめき声を上げる。
「ノヴァ…お前、何して…いや何したんだ」
「レオンとアリア見てたら、俺も羨ましくなっちゃって~。俺もレスティンと…」
「やめとけよ」
ぷく~と頬を膨らませ、近くに落ちていた小枝を拾うと地面に円を描き始めた
すごい速さで。
「どうせ、俺はレスティンに嫌われてますよーだ」
「そんなことしてっから嫌われるんだぞ。ていうかその速さ、絶対反省してないな」
「もちろん」
「まったく…」
本当にわからない男だ。
1ヶ月前に会ったばかりの四人だ。深いところまでお互いを知らない。
ただ一つ知っているのは、四人全員人間ではないということだけ。
彼らは、「天者」と呼ばれる生き物だった。
人間と人間の間に生まれた人間ではなく、人間とその他の動植物や自然から生まれた者、人間でない種族のことを「天者」と呼ぶ。
昔、差別が原因で戦争が起こり、人間と天者共に多数の死者を出したため、差別は撤廃されて平和に暮らしていた。
それでも、一部の地域では差別の風習が残っており、目立つ天者は人身売買や奴隷の標的となっていた。
一年前まで。
再び差別の風習が現れ、天者たちは拘束されて次々に虐殺されていった。
「シャウラ」と名乗る人間たちに。
普段は、普通の人間としていられる四人は本当に運が良かった。
しかし、何かの拍子に「天者」であることがシャウラにばれたら、目をつけられることは避けられない。
この旅は、生と死の境界線を歩いているようなものだ。
それでも、レオンはこの旅を辛いと思ったことは今のところない。
それはきっと、目の前で寝ているアリアも、レスティンも、ノヴァも同じ考えだろう。
離脱しようと思えばすぐに離脱できる旅なのだから。
あの日、シャウラを殲滅しようと四人一致で考えて、故郷の錬金術師にウィンディ号をもらったことが昨日のように思える。
今のところ、まだ街にたどり着いたことはない。そろそろ食料も尽きそうなので、小さい街でもいいから早く行きたいとレオンは思い始めてきた。
「仕方ない、テントでもたてよっかな~」
いててて、と腰をさすりながら、ノヴァはテントの準備をし始めた。
レオンは、明日はどこへ行くのかと思い、ポケットから地図を取り出す。
「ジェテイア…」
ここから数キロ先にある大きくも小さくもない街を見つけた。
そこまで遠くない。
「ジェテイア?」
レオンは声のしたほうを見る。
ぱっちりと目を開けたアリアが見つめていた。
「アリア!起きてたのか」
「今起きたの」
寝顔を思い出し、レオンは頬の熱をなんとか手で覚ましながら、「おはよう」と言う。
「おはよ」
にっこりとアリアは笑う。
「ジェテイアって、あたし知ってるよ。魔法使いが住む街よ」
「魔法使いが住む街?」
「そう。昔、行ったことがあってね。知り合いがいるの」
元気にしてるかな~と言いながら、アリアは伸びをした。
レオンは、魔法使いが住む街と聞いて少し不安になったが、アリアの知り合いがいるということは、それほど危険ではなさそうだと一人で安心した。
そのとき、先ほどノヴァが放り出されたところに、再び何かが飛んできた。
またノヴァか、とレオンは思ってそちらを見た。
ノヴァではなかった。
「まったく呆れるわ」
寝巻き姿のレスティンが、ウィンディ号の入り口に立って腕組みをしている。
声の様子からして、少し起こっているようだが、そんなことよりレオンは今飛んできた「これ」について説明してほしかった。
アリアは、ぽかんと口を開けて「これ」を見ている。
十歳くらいの、少年だった。派手な紫色のローブを纏い、同じ色の大きな帽子をかぶっている。放り出された衝撃でどこかを打ったのか、微動だにしない。
「よし、できたよ…え、なにこれ?」
テントを張り終わったノヴァは、レオンの横に倒れている「これ」を見て口元を歪めた。
「どこかの前髪野郎と同じことしてきたから、同じように放り出してやったのよ」
レスティンが、ちらりとノヴァを見ながら、自分が今放り出した「これ」をにらみつけた。
「生きてる?」
アリアは、焚き火用に拾ってきた小枝で、「これ」の頭をつんつんとつついた。
すると、ぴくりと動いて「これ」は慌てたように起き上がった。
そして、自分をつついていた小枝をアリアから奪い取ると、距離をとって飛びのいた。
「それ以上近づくと、命はないぞ!」
声変わりしていない高い声で叫んだ。
背丈は思ってた通り小さく、子供だということが一瞬でわかるほどだった。しかし、ぶかぶかのローブと帽子を見る限り、彼は少し背伸びをしているように思えてなんだか微笑ましかった。
「僕は、魔法使いだ。下手なことすると、命はないからな!」
小枝を構え、きっと怪しい四人を睨みつける。
しかしアリアは、疑問に思っていたことがあった。それは、レスティンやレオンやノヴァも同じことを思っていてたけれど、なかなか言い出せないようなことだった。
天然なアリアは、その疑問を何のためらいもなく小さな魔法使いにぶつけた。
「その小枝で、何をするの?」
少年は、おそるおそる手元を見て愕然とした。
そして、面白いほどの速さで顔色を青くすると、「僕の杖じゃない…」とつぶやくように言った。
「杖ってこのこと?」
レスティンは、どこからか長い木で作られた杖らしきものを出して、少年に見せ付けるように揺らした。
「か、返せよ!」
「だめよ」
歯を食いしばって、少年はレスティンをにらみつけたが、まったく効果はなかったらしく、彼女はふっと笑って杖をウィンディ号の中へ持っていってしまった。
「これは、あなたが変なマネしないとわかったら返してあげるわよ」
少年は地面にひざをつくと、ぽろぽろと涙を流した。
「弟を、返せっ…」
涙声で少年は呟く。その言葉に、旅人四人は「は?」と首をかしげたのであった。