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ホロコーストINショッピングモール

「ナチスの本? ホロコースト、って書かれてたけど」

「うん」

「ナチに興味あるんだ」

「まあね」

「ふうん」

 僕は手に汗を握りながらいった。

 女性は暗い人間よりも、明るい人間を好むものだ。ならば明るい話題をふればいいのだろうが、無理に話を切りかえていいものか――。

 そう考えていると、アンネが目を大きく開いて顔をわずかに近づけるという、関心を抱いたものを前にした者に特有の態度をとっていることに気づいた。

「やっぱ怖いよね、ナチって。国民を洗脳して、戦争に参加させたもの」

「違うよ。ドイツ国民とナチは持ちつ持たれつだったんだ」

 気づいた時、僕はそういっていた。その瞬間、僕は後悔した。

 僕の口調はあまりに素早くて断定的だったし、そもそも、彼女の言葉に間髪いれずに反論していたためだ。

 アンネもそのことに気づいたらしく、僕をみてやや意外そうな表情を浮かべていた。

「怖くて反論できなかっただけじゃない」

「違うよ」

 先ほどと同じいい方では、嫌われてしまう。そう思った僕は、無理に笑顔を浮かべると、ゆったりとした口調で話し始めた。

「ドイツ国民は、本気で信じてたんだよ。ユダヤ人が汚らわしい存在だって。その証拠に、ゲシュタポ――ナチスの秘密警察は自分じゃユダヤ人を殆ど捕まえられなかったんだ。潜伏していたユダヤ人が捕まった殆どの原因は、普通の人が密告したからなんだよ」

「でも、それは一部の人に限った話でしょ?」

「それは――」

 僕は言葉を途中できった。頭に血が上っていると気づいたのだ。このままではいいたい事ばかり口にし、アンネに嫌われてしまう。

「この話は後にしよう。映画が始まっちゃう」

「後回しでいいわ。今、話をしましょう」

 彼女はいった。怒ってるわけではなさそうだ。それどころか、口元には笑みが広がっている。

 兄のように、他者を責めることに喜びをみいだしている笑顔ではない。無邪気な子供が親と遊んでいるときの笑顔だった。

 そのことから推測するに、彼女は議論好きな人間なのだろう。学校や家のなかで、気を使うくだらない会話ばかりだったため、血の通った議論ができることが嬉しいのに違いない。

 やや推測が過ぎる気はするが、ある程度の自信はあった。少し昔の僕がそうだったためだ。

「わかったよ。映画は後にしよう」

 僕はそういうと、強制収容所から連れてこられた囚人がドイツの工場で働いていたこと、噂の範囲ではあるが、強制収容所のガス室のことをドイツ人が知っていたことなどを、淡々と告げた。

「だから、結局は国民が悪いんだよ。なにも考えないで重大事件をひきおこして、全部終わったら政治家のせいだ」

 僕がそういうと、彼女は小さな顎に右手を置くという、考えるそぶりをした。

「いってることはわかるわ。だからって、全部が全部国民が悪いってわけじゃないでしょ」

 僕は、話に納得してくれない彼女を蔑むと同時に、なぜ理解してくれないのかと苛だった。

「全部だよ。馬鹿なことをいってる人間についてくんだから。それでまともな人間は村八になって、辛い目にあうんだ」

「わからずや」

 彼女は熱を帯びた口調でいった。

「そうかな」

 僕は話を切り上げようと決めた。これ以上話をしても無駄だと思ったのだ。

 彼女に抱いていた幻想はいつの間にか消えつつあり、彼女を他の大勢の人間と同様だと思うようになっていた。

 僕がどれだけ言葉をいっても話をきかないに違いない。僕が必死に説明をしても、面倒くさそうな目を向けてくるだけだろう。

 ナチスについて多少の関心があり、政治に興味を持っているとはいえ、彼女はしょせん、僕を理解してはくれないのだ。

「あなた、自分より頭の悪い人が嫌いなのね。自分で理解してること、話しても納得してくれないから」

「僕は自分が頭いいなんて思ってないよ」

 彼女のことは、じきに軍服を着てみえるようになるだろう。そんな女性と一緒にいても、辛いだけだ。

 だからもう、あわないほうがいいだろう。今から帰ったのでは気まずいから、映画はみにいくが、その後すぐに別れて連絡をとるのは止めよう。

 その結果、僕はまた内側にエネルギーを貯めこむだろうし、いつかは暴力的な衝動を持ってそのエネルギーが吐きだされることだろう。

「嘘つき。目をみればわかるわよ。頭がいいって思いこんでる人間だって」

 僕はいつの間にか落としていた視線を、ゆっくりとあげた。

 すると彼女が上半身を僕に近づけ、眉根を寄せているのが目に入った。

 初めてあった時の、大きな態度を思いだした。恐らく慎重に言葉を選んでいた先ほどの姿は偽りで、こちらの感情的な姿こそ本来の彼女なのだろう。

「思いこんでる、ってなんだよ」

 僕は大きな声をだした。

「自慢じゃないけど、僕の成績は学年で一位さ」

「自慢じゃない」

 その吐き捨てるような口調に僕は苛立ち、声を更に大きくした。

 その内に、歯止めがきかなくなったのだろう。僕は音量を下げられなくなり、感情を鎮めることもできなくなった。

 ショッピングモールの一階だから、通りすがりの軍人たちが大勢いることはわかっていたし、僕たちに好奇の目が向けられていることもわかっていた。休日の朝だから、しりあいがみている可能性は大いにある。

 そう頭のなかではわかっていたものの、僕は止まらなかった。

 アンネはこれまでのどの相手とも違い、僕の感情を素直に受け止めてくれた。

 僕を理解してくれていないとはいえ、わかろうとはしてくれる。そのことが嬉しかったのだ。


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