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「大っ嫌いだからにきまってんじゃん」

イツキを取り巻く環境はおかしくなりはじめていた。


「イツキちゃん」

「おはようございます秋月先輩、今日もお顔が麗しゅうございますね!さっさと眼鏡してください!!女の子倒れちゃうから!!」

「イツキちゃんが倒れないのがいけない、コンタクトにしたらって言ったのはイツキちゃんじゃないか」

「馬鹿な事言わないでください、私が悪いみたいじゃないですか!」

「……違うの?」

「ちがいますよ!!」


何をおかしなことを言ってるんだ!

あなた無口でぼっちを決め込んだ根くらな先輩じゃなかったんですか?!

こんなに話しかけるような人じゃないでしょう!


「私もう行きますから!」

「…うん」


でも彼はそれだけ言葉を交わすとそそくさと瓶底眼鏡を着用して、無口な先輩に戻っていった。

これはこれで複雑な気持ちだ。



「イツキおはよー!なあ1限目の古典、宿題やり忘れたんだノート貸してくんね?」

「おはようかぐやくん…んっと、はいこのノート、3限目までに返してね」

「おお!サンキュー!」



「…イツキ、今朝も張り付かれてたわね」

「メグ…もう私これ以上はやだ限界」


泣きをいれる私の頭をメグは犬猫を労るような調子で頭を撫でた。


「まあ気持ちは分からなくもないよ、視線が集まるもんねえ…」


「あと…あと4人?」

「5人よ」


と言われイツキは机に突っ伏した。


「あたしそんなに男の子とっかえひっかえできないよ…」

「でもイツキ、この状態で何ヶ月か放っておいたら…季節のイベントとかの前に立て込むことになるよ?それこそ分刻みでとっかえひっかえなんて…」

「うわあああああああ、絶対にやだああ」


初めが肝心、ということなのか転校してすぐはできるだけ〝出会って〟おかないといけないようだ。



私が結婚適齢期の独身女子まっしぐらだったらこんなオイシイ世界存分に味わって堪能して……るかどうかは怪しいな。

私も根がヒロイン気質だったらよかったのかな…。


「でも、なんかあたしは…ヒロインだからっていうよりイツキの人柄?っていうか人徳?みたいなのが好かれてる理由だと思うよ」

「そうかな?」

「かぐやはもとが馬鹿で天然だからああだけど…秋月先輩は…」

「うーーー」



そこで突如としてBGMが流れてきた。


「なんで…?」

「わかんない…なんで教室でイベントが?」


教室内でのイベントは珍しくないものだと思っていたけど…めぐるにとっても、教室のざわめきを見てもこんな事が日常茶飯事という風には思っちゃいけないのだ。




教室のドアの前でたむろっていた男子のひとりがちょっと泡くらったようにこっちに向けて手招きした。


「お、おい!イツキにお客がきてるぞ!」

「誰?」

「…えっと」


そこから底抜けに明るい声が水紋を刻むように響いて人垣が割れた。


「俺、俺!ちょっとこのクラスに転校してきたヒロインさんに用があるんだけど!」

「えっ、えっええ?」

「きょどってないでさっさと来て」


声の主の顔を見てめぐるが私の背中を押した。

顔から表情が失せて、咄嗟な感じの様子が無音の警報のベルを鳴らしている。



「はい…私です」


教室の外に連れ出されると有無を言わさず笑顔を張り付けて強引に話をはじめた。

少なくとも自然な流れには思えなかった。


〝「先輩っ!はじめまして!俺如月きさらぎって言います!」〟


ニコニコして、すごく可愛らしい声音だった。

やはり無理な話の流れのせいかいつも現れるはずのセリフや選択肢が一切現れない。

性急なやりとり…。

人懐っこい笑みと声音だけが自分を冷静でいさせてくれる。


〝「俺!先輩と一緒にいろんなことやってくつもりなんで!」〟


唐突に始まったようにBGMは唐突に終わった。


「あ、あの…?」


覗うように、見上げなければならないほどの圧倒される身長差……。

かぐやだって大きかったけど…彼は…背丈の割に筋肉がなくひょろひょろしたかんじ。それが余計に背の高さを引きたてる。


明るい髪の色、着崩した制服のシャツと腰までおろしたズボン、ちゃらちゃらと音を立てるアクセサリー…。

脳裏で「不良」の二文字が点滅する。


「あの先輩って…私の事?」

「他に誰が居んの?」

「えっ?!」

「あんたってさあ」


さっきの人懐っこい笑みも優しくて無邪気な声音もすべて剥げ落ちたようなまったく正反対の冷たい声。冷たい瞳。

ちょちょちょちょちょっ!まって!人格変わってませんか?!二重人格設定とかなんですかっ?!



「ヒロインかなんなのか分かんないけど…目ざわりで鬱陶しくて邪魔くさいことこの上ない」

「えっ」


逃げようとする私のすぐ脇の壁を蹴るように遮った。彼は気だるそうに息をつく。


「ひっ」

ひいいいいいいいいいいいいいいい!!!!


壁ドン!!!

噂に聞く壁ドン!!!

もっと穏やかに!穏やかに!和やかに!いいムードでやりましょうよ!!


彼はどこか値踏みするような目つきで上から下まで無遠慮に眺める。


「あのあなたって…1年生…?」

「そうだけど、だったら?」


あんだよこの野郎すまきにして東京湾に沈めてやろうか?!…とまでは言わないだろうけど…目つき怖いし、悪いっすよ…。

心臓にも悪いっす……。


「あの、なんで…こんな強引なこと」

「はあ?いつまで経っても会いに来ねえからこっちから来たんだっつうの!何様だよ!ヒロインさまはお姫さまなのか?ああ?」


いやいやいやいや…確かに私も同意見ですよ、お姫様扱いされてちやほやされて何様だよって思いますよ!でも私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだよ!


「あの…あなたとはどうやって……知りあえばよかったんでしょう…か…」


何で私年下の子に敬語使ってんでしょう…カツアゲされてるような絵面じゃないんでしょうかね。怖いです…。

如月君はかったりいなあとでもいうように重く息を吐いた。


「俺とあんたは電車の中で知りあう予定だったの!満員電車で!苦しそうにしてるのを俺が庇うっていう予定だったの!」

「え、ええ?あ、はいそうだったんですか」

「はいそうだったんですかぁ?ふざけんな!誰が好き好んで満員電車に揺られなきゃいけねえんだよ!俺はチャリで十分だっつうの!」


至近距離で怒鳴られるのはかなり怖い。

でも、たぶん、怒られて当然の理由があるんだろうし、私この世界の仕組み知らないし。


「あの、あの私…」

「なんだよ」

「………あの私、公共の交通機関…ひとりで乗れないんです…」



はあ?と顔を歪めるのが分かる。

勇気を振り絞っても自分よりも上にある視線と対峙できる自信が無い。

だからせめて声だけは毅然として、事実だけは伝える。


「あのっ、馬鹿なんじゃないのとか何様なのとか本当に言う通りだと思うし、私も同意見です!何言ってるのか分かんないかもしれないけど…!私!切符を買おうとしても機械が作動してくれないんです!切符を他の人に買ってもらっても改札が作動してくれないんです!バスも電車も乗れないし!馬鹿みたいな話ですけど!言い訳になるけど!あなたのルートだけは物理的に私には不可能だったっていうことだけは!あのっ…あの…」


「ああ、ああ、もう…くそっ」



悪態を吐かれた理由が分からない、怒られる理由が分からない。

小さくなるしかない私の視界は滲んでいる。


「……そういう事情知りもしないのに怒って悪かった…って、詫びておく」

「いえ、ご迷惑をおかけしてすみません」

「…なんでそんな腰低いのあんた」

「あの、私たかだかヒロインの分際で出しゃばったり、他人の貴重な時間をやお手間を取らせたくなくて…ヒロインなんて顔がいいだけの尻軽女だし…」



そこで如月君は「ぶふぉっ」っと不健康そうな音をたてて吹き出して腹を抱えて笑いだした。


「たしかに!たしかにね!そう!おっもしろい事言うなぁ!」


ヒロインの分際、の一言を気に入ったらしい。



「ヒロインの分際、な」



笑いが収まるとまた冷たい声と目で私を睨みつけた。


「じゃあ、その分際?っていうの?ちゃんと弁えて俺ともお付き合いしてくんない?」

「あ、あのう…お付き合い?」

「顔がいいだけの尻軽女だっていうこと分かってんだろ?あんたのポジション、そーいうことでよろしく」

「何で、そんな態度変わるの?」



「そんなの、ヒロインが大っ嫌いだからにきまってんじゃん」



にべもなく口に出した言葉は思いのほか胸にぐさりと刺さった。

自分の事を見ずに、善し悪しを判別され、嫌われることがこんなにも…辛いだなんて……

思っちゃ、だめだよね…


「そう…ですか」



「コラ!如月ぃ!」


如月君の壁ドンを引っぺがしたのは、いっそ幼く思えるような声だった。


「ああ?」

「イツキ先輩にそんな詰め寄り方しないでっ!ガラ悪いんだから!先輩怖がってんでしょ?!」

「はあ?お前らに関係ねえだろうが」

「あるわよ!」


庇うように背中からふたり分の手が私を支えた。

イツキ親衛隊…!?

「私たち!先輩守るって決めたんだもん!」


片方の子が庇うように怒って、もう片方の子がハンカチを渡してくれた。

涙目が痛々しかったのだろうか。


「だ、大丈夫、なんか迷惑かけてしまったの私の方だから…」

「如月なんかに敬語使わなくっていいんですよ!」

「そうですよ!」


如月君は面倒くさそうな目で私を見ている。

そんな風にツルんでかったりぃ…と声を聞かなくても分かる。

ああ、私この人に本当に嫌われてるんだ。


「如月君、本当にお手間を取らせてごめんなさい」


謝ると忌々しげに「ちっ」と舌打ちをして踵を返していった。




「如月!ああいうことっ勝手にしないでってば!」

「ああ?お前らには関係ねーだろ」


鬱陶しく付きまとう女子二人を追い払うように大股に早足で廊下を進んだ。

「ちっ」ともう一度舌打ちすると廊下の端で竦み上がる影が視界の隅に入る。


どうしてヒロインは。


竦み上がる線の細い肩、震えを律する凛々しい声、青ざめているのに目元を赤くして自分の目を見た瞳……どれもこれもが癪に障る。

守りたくなる?そばに置いておきたくなる?自分のものにしたくなる?

はっ、馬鹿馬鹿しい。

男の欲を煽るために作られたような、そういう全てが気にいらない。

主顔と変わったらしい、と聞いて興味が沸いた。どんなつらをしてるのかと気になった自分が気に入らない。

前の顔、形と比べて華は無いし可愛いとは思わない。

それでも一瞬目を奪われた自分が悔しい。

以前のヒロインはしおらしく、女の子ぶって、泣けば許してくれる、こうすれば気に入ってくれる、そんな計算がうっすら透けて見えていた。

それがない彼女に好感を抱かなかったと言えば嘘になる。


「だからヒロインは…嫌いなんだ」

廊下を歩いている人垣が綺麗に左右にはける。誰も怖くて彼の前には立てない。



「俺は絶対、ヒロインなんて認めねえからな」





しおしおと目に見えてしょんぼりしょぼくれて教室に入ってくる私を誰もが憐れむような目線を送ってきた。

めぐるも心配そうに見上げてきた。


「イツキ…?」

「……嫌われて当然だって私言ってたけど…全然意味分かってなんてなかった…」


〝「ヒロインが大っ嫌いだからに決まってんだろ」〟


「見ず知らずの人に嫌われるのって…思ってたよりキツいね」


沈んだ声にめぐるも、耳当たりのいいことなんか言わずに言葉をかけたりしなかった。

それが、なによりも事実を肯定しているように思えて、私は体を小さくして授業を受けた。


更新できました!!よかった!

ヒロイン支持派がいるのならアンチヒロインの立場も作っときたいなって思ってたので

これからは中立やナビかなかったり、如月君のように嫌悪する子がでてくるはずです


では次話も乞うご期待☆

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