ヒロインの休息
「イツキ!どうして図書準備室に居ないの!?」
「だ、だって!あの人私の指を……っ!」
「指を?」
い、言えない!あんなことをされただなんて!とても言えない!
「…いや、あの…イベントだなんて思わなかったから」
メグがばつが悪そうに視線を逸らした。
「ごめん、でも、あの人ならふたりきりにしたって大したことされないかなって思って」
たいしたことありました、ともとても言えない。
「でもイツキ!秋月先輩の眼鏡を取っちゃだめよ!なんであなた無事なの?!」
「え?え?」
メグが大仰にため息をついた。
「あのね?秋月先輩はね………ルックスが良すぎて顔面凶器なのよ……」
「はあ」
「至近距離で見つめられたら失神する子が続出して一時期、保健室が満員になったわ。あの惨劇を繰り返さないために彼はだっさい瓶底眼鏡の着用を余儀なくされたわ…普通の眼鏡やサングラスじゃ効果が無くなるどころか煽ってしまって逆効果だったから…」
メグはしみじみとイツキを見つめた。
「あなたって本当にヒロインになるべくしてなったのね…あんなのに耐性持てるなんて生き物としておかしいわ」
「……メグも見つめられて倒れた事があるの?」
彼女はぺろっと舌をのぞかせた。
ああ、あるのね……。
「メグ…秋月先輩ってどういう人なの?」
「えっ、あ、うーん…不遇の王子様っていう感じかな…たしか女子が次々と倒れていく光景があまりにもショックで自己嫌悪に陥ってぼっちになったのよ」
「ぼっち……」
「もともとは社交的で明るくて…かっこよかったんだけどね」
「かっこいいじゃない」
「でも次々人が倒れていくなんて歩く公害よ」
「………」
イツキはちょっとだけ秋月の印象を修正した。
ただの変態だと思ってたけど、ちょっとかわいそうな境遇の人なんだ、と思えば優しく出来るかもしれない。ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。
今度は蹴りはしないであげよう。そうしよう。
「イツキ、それより何か困ったことなかった?」
「あった!」
「えっ!?何があったの?!」
自分のポケットに手を突っ込んで紙切れをぐ和紙と握った
「ねえ!これって何なの!どういうことなの!?」
「うっ…それは…」
渋面いっぱいのメグは忌々しげに紙切れを見つめる。
私が彼女に突きつけたのは、彼女が書いた地図だった!
「これのせいで私迷ったわ!ここの学校広いんだもの!馬鹿みたいに敷地があるんだもの!」
「遅刻は……するわけない、ですよね…ごめんなさい、ごめんなさい…」
そうですよ!あなた方の策略で私ありもしない委員会に出席しようとしてたんだから!
メグは平謝りを繰り返した。
「もうっ!親切な人が教えてくれなかったら…」
「親切な人?」
怪訝な顔をするメグは、図書準備室での出来事よりも道案内をした人間に不信を抱いている。
「でも、でも知ってる人だったし!イベントもなかったし!」
「いや…イベントとかがなくても…近付けるから」
でも大丈夫だから、と繰り返す私にめぐるは言葉を重ねなかった。彼女が居ない所でだってこの先イベントはあるし、男の人と話したり、女の子たちからの反感を買ったりするだろう。
めぐるが私をずっと守ってくれるわけではないのだ。
「私も…メグにずっと心配かけるわけにはいかないもの、ひとりでだってやっていけるよ、今日みたいにね」
そう言うとメグはようやく笑った。
家に帰るとマミーが「イツキちゃーん!」と喜色を滲ませた声で出迎えた。
「イツキちゃん!やっと届いたのよ!」
そう言って振るのはレモンとオレンジの中間の色の箱だった。
「もしかして…ケータイですか?!」
「そうそう!イツキちゃんの選んだ色ってこれで良かったわよね?」
そう、たしかにちょっと前にマミーの見せてくれたカタログで「いいなー」と言っていた機種の好きなカラーだ。
「スペック高くないと持たせる意味が無かったのよ、こんなに遅くなるとは思わな加担だけど…一緒にお店で選びたかった?」
「ううん、私目移りしちゃって選べないと思うし…スペックとか分かんないし」
マミーが何でスペック重視なのかもよくわからない。
だってケータイってそんなに変わんないと思うし…。
そっと絶妙な色合いの箱を開けると、同じ色でつやつやと光沢を放つ手のひらサイズのスマートフォンが鎮座ましましていた。
ポップな色あいでキャンディーのような可愛らしさはこちらの女の子に人気らしい。
「わっ、かわいいっ」
「初期設定は私が済ませちゃった、ねえ、それよりこのアプリ起動してみてくれない?」
見覚えのないアイコンをタップすると、チャットルームが開いた。
マミーに言われるままにパスワードやらアカウントやらを設定すると吹きだしがぽよんと飛び出してきた。
《やっほー》
「マミー…これは?」
「私がスペック重視にしたのはねこのパソコンを経由してチャットが出来るようにしたの」
「え?じゃあこれって」
「そうよ、あなたのいた世界のネットにつながってると思ってくれてかまわないわ」
「じゃあ、コイツ!」
《久しぶり!》
《あんたいったいどこまで攻略した?!》
「あっはは…!」
思ってもみないプレゼントに涙が滲んで手のひらが熱くなった。
「今後はこの子に直接色々聞くといいわ、学校の中でだって会話が出来るし…何よりこの子詳しいのよねえ」
「あ、はい!ありがとうマミー!!」
あいつには現状報告として一日一回は連絡をとることと知りたいことは何でも聞くと約束した。
あいつは
《あんたが困ってること?とあたしが知りたいことの需要と供給が合致してんのよ、あたしいつかこれをネタに夢小説書いてやるから!べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからねっ!》
《ネタ提供乙~》
とぬかしていた。
ならば遠慮も何もかなぐり捨てて利用できるものは利用させてもらおう。
ヒロインの家族に双子の弟はいるかと聞いたが「そんなものはいない」との返答だった。じゃあやっぱりさーくんとゆーくんは急きょ作られた役なんだ…。
学校の地図は出せるかと聞いたら恐ろしく精密な地図をマミーのパソコンに送りつけてきた。
ついでにイケメン7人組のプロフィールも送りつけようかと言ってきたがそれは低調に断った。
《なんでいらないの?絶対必要っしょ!》
《いや、だってさ…何か相手の個人情報を勝手に盗み見るのは忍びないなって》
《何甘っちょろいこと言ってんだ!あんた攻略するんじゃなくて物理的に攻略されちゃうんだよ?!(自主規制)とかされちゃうんだよ!?》
《言葉を選べ――――――っ!》
しかし、心強い、もう一人でおびえたり悩んだり抱え込まなくていいんだ。そう思うとめぐるといるときとは違う安心感があるのだ。
いつも彼女に見守ってもらう必要なんてないけど、この端末を握ってるだけでここに仲間がいると強く安堵できる。
そういうことを見越してマミーはこういうことをしてくれたのか、なんて愛の深い人なんだろうと、彼女の優しさも胸にしみる。
本当の子どもではないのに、ここまで愛を持って接してくれるなんて…。
自分はこのめぐりあわせにもっと感謝するべきなのだろう。
不幸や境遇を嘆いてばかりでは何の足しにもならない。
前を向くんだ…
「イツキちゃん?」
「どうしたのマミー」
「オヤツ作ってみたんだけどどう?そろそろ息抜きも必要よ?」
紅茶の匂いが広がると疲れた体がほぐれて笑みがこぼれた。
そして蹴りを見舞った体の節々の悲鳴や、ひねった足首の痛みや、空腹を訴える体の内側の声に素直に従って私はマミーの厚意に甘えて、今日はこれ以上何も考えないようにした。
いやあ、昨日書いた分の補足だけは書いておきたかったので!
あわてて書きました
ここまで書くと次は誰を出そうか悩みます…
では次話も乞うご期待☆