おしえて!パラメーター!
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「@ディスタンス、起動」
何度も何度もこの機能を使用して数字に埋もれては消し埋もれては消しを繰り返すうちに画面は至ってシンプルになった。
五角形のパラメーターとスキンシップや会話などで上がり下がりするゲージとイベントごとに上がり下がりするゲージ、合計三つのグラフが現われて駅前にある三日月の周りで戯れていた天使たちが飛び回ってアドバイスを言ってくれたりもする。
しかしどうしてもひとつだけクリアできない難点があった。
そのグラフは簡易化されてこそいるが…すべての人間、すべてのものに付属するのだ。
学園の外に出れば人だけに限られるが、学園内に入ってしまうとすべてのものにパラメーターが表示されてしまう。
意図せず他人の深層心理を反映しそれを知っていしまう怖さと言ったら……声が出なかった。
うん、まあ生徒はいいとしよう、だって関わりあるんだもん、でもね、でもね…
現在表示中のパラメーター「校舎」
…
……
………………校舎の好感度をどうしろと言うんですか?え?廊下は走らないでくださいとか?校舎は大事に使いましょうとか?小学校の標語かなんかの間違いでしょ?!
ああでもたぶんあいつに報告したら「擬人化とか何それ反則!!たまらんなあ!!!!はぁはぁ」とか!!!とち狂った返答が返ってくることは容易に想像できる!!!
ああくそ!と壁を蹴ったらパラメータが悲しい音を立てて減っていく。
なんだか「八つ当たりしないでよおおお」という悲しい声も聞こえる。
内心ごめんねごめんね、と繰り返し拝んでおきながらため息を吐いた。
改善された。
しかし改善にも限界がある。
これ以上はもう何をしても直らないし、直そうとしたら逆にバグを起こしてまた頭からやりなす事になるかもしれないと言われたら、そこは素直に引き下がるしかない。
天使もいるし。
そう、今の私には天使が見える。
この天使の存在が心のどれほど大きなよりどころになったかわからない。
飛びまわる天使やパラメーターは「@ディスタンス」を起動させなければ現れないのでとにかく自分一人きりの時に起動すれば問題は無い。
天使の中には役割があるようで、アドバイスをくれるコと、バックログ(主にテロップで表示された会話)を教えてくれるコ、そして聖書を持って攻略対象のパラメーターをいつでもどこでも確認できるようにしてくれるコ、イベントが発生するまでの段取りと日時や場所を予知予告してくれるコの四人で構成されている。
羽の生えた幼児が飛び回り、時に無邪気に、時に奔放に導いてくれる。
情報の正確さに欠ける部分があるので、チャットの方には変わらず頼りきりだが視界にいる時の微笑ましさは悶えるほど可愛い。
ちなみに、この現象は何だと確認したところ、ゲームを起動したときの画面と瓜二つだと返ってきた。
どうやらテロップといいコレといい、どこまでもプレイヤー視点に忠実であるようだ。
「ねえ、見てあの子…最近さちょっとメンヘラっぽくない?」
「あわかる!なんかぁ、心ここにあらずっていうかぁ焦点なってなかったりぃひとり言ブツブツ言ってたりぃ…やっぱバグだから?頭弱いのかも!」
「ウケルー!」
甲高い声の方に眉をしかめて振り返るとその子たちは「キャー聞こえてたかもー!」なんて言いながら逃げ去っていくところだった。
パラメーターに変化が無いところから察するに、もともとヒロイン(わたし)に良い印象を持っていなかったというところだろう。
「…@ディスタンス終了……」
「イツキ、あんなの気にしちゃだめだよ、相手にしてたらキリが無いんだから」
突然背中から肩を組まれてびっくりしたけれど、顔のすぐ近くにはメグが居た。リンゴみたいな花みたいなシャンプーの香りまで分かるような距離にどぎまぎしてしまう。
彼女はふんっと面白くなさそうに吐き捨てて、軽蔑するような視線をあのこたちが消え去った方へ向けている。
そして私は少しほっとしていた、パラメーターを切った状態でよかった、と。
本当に友達になりたい子や、…友達にこれを使ってしまうのは…反則ってうかどうしても裏切りのように感じてしまう。
信頼してないですよ、っていうのとおんなじじゃないかなあ。使わなきゃいいんだろうけど、だからっていつでも電源をオフにできるようなものでもない。
改善したとはいえ、いつ誤作動を起こすか分からない、と念を押されているのがパラメーター確認だ。
申し訳なく思っているくせにイツキはパラメーターの「不具合」について知らせていない。それが胃のあたりを重くする。それもどこか裏切りのように感じている。
そう言うことを話すと、あいつは「綺麗事ばっかりで通る世界じゃないんだから聞かれるまで黙っとけ」と私をたしなめるのだ。
陰った表情を察知しためぐるは私の手を引いて「次は移動教室だよ」と明るく導いて行く。
めぐるが私の前を歩くと、さっきまでのどこか無機質で冷たかった校舎が掃き清められてなんだかとても居心地が良くなるのを私はもう知っていたし、ときどきはめぐるにとっても自分もそうであれたらいいのになって思っている。
それが答えなんじゃない?と私は自分を納得させてパラメーターも天使もいない世界に戻るのだが……やはりめぐるには伝えなければならないと拳をギュッと握った。
「今日はさ、ちょっとこれに着替えてくれない」
そう言って深月に差しだされたものに、私は思い切りしかめっ面を晒してしまった。
「あ、ごめんやっぱり…気を悪くするよね」
深月もさすがに顔を強張らせている。
私は苦笑いを張り付けて差し出されたそれをつまんだ。…ベビードールだった。
過剰な装飾や露出はないものの、幾重にも重なったレースや刺繍や生地は純白で、目に眩しい。
それだけにいやらしさよりも背徳感を抱かせる。
「先輩…」
「絶対!ぜったいないから!よく、よ欲望の捌け口とかになんてしないし!写真だって撮らないし!他の生徒には見せないし!!!」
「そんな当たり前の大前提を並べられても困りますね!!!第一私に着こなせると?!」
「着てくれるの?!」
「だから!まって!まって先輩、なんでこんなの持ってんの?買いに行ったの?!それともネット?!わた、私に?!着ろと?!」
両手ですけすけで厭らしさよりも愛らしさをふりまくベビードールをつまんで、わなわなと震える。
「……前から言おう言おうと思ってたんですけど…先輩私を描く気なんてこれっぽっちもないですよね…!」
「え?なんで、君しか描いてないってば」
口から飛び差した言葉は自分でも予想外のものだった。
「じゃあ、誰を〝見て〟るのか聞いてもいいんですか?」
ぐうっと、苦い顔をするところを見ると思い当るところがあるのだろう。
飛び出した言葉は加速して心の中身をずるずると引きずりだす。
「先輩!……彼女、とは言いませんけれど、こういう格好をして欲しい慕っている人がいて、それを描きたくて私にモデルを引き受けろと言ってるんだったら…断ります」
「ごめん、それは待って」深月は縋るように私のシャツの袖を握りこんだ。
「私と背格好が似ている子ですか?」
「……君はとても優秀なモデルだ」
「中性的で、美人でも器量が悪いわけではない、誰の顔をあてはめても構わないのが良いモデルっていうことですか?」
「そういうわけじゃない!」
「じゃあどうしてこんなの!いっそヌードモデルの方がまだ描き手の心理を疑わずに済むのに!私を見て!描いてよ!その子に重ねたりなんかしないで!その子に頼めばいいじゃない!」
握りこまれた手を振りほどこうとして、失敗した。
振りほどこうとした勢いで目から雫が飛び散って、我ながら動揺した。
重ねられる事がこれほど苦痛だったとは。…自分でも自分の言葉にびっくりしている。
それから、ヒロインの代役でしかない事を思い知って傷つくほど、この世界に、人に執着してる自分がいることに気付いてしまって……逃げられないと思った。
自分からも…彼らの知っているヒロインからも。
「先輩おかしいよ…イベントだけにしてよこんなの…先輩私の事どうせなんとも思ってないんでしょ?」
知ってるんだよ、つぶやきは糸のようにか細かった。
「先輩ごめん、今日は帰る…最近ちょっと疲れてるんだ。絵のモデルは………引き受けたからには…まあ断らないから、心配しないで」
言いながら鞄を抱えて美術室を出ていく仕草を見ると深月はうろたえた。
「待ってイツキちゃん」
まだ引き留めようとする深月を振り返り一言。
「ヘタレ」
音を立てて閉まったドアに自分でも若干びっくりして、それからこっそり袖で目元を拭った。
「ああ、くそ、変態」
罵倒することで辛うじて情緒を保つ努力をする。でもすぐになんて涙は引っ込んでくれなくて、苛立ちとさざ波の立つ心を律せずにはいられない。
「あれ、イツキ?」
そこでばったり会ったのは、なんで、ここにいるの。
「メグ…?」
放課後だよ?美術部でもないのになんで?何でメグが居るの?こんな時間なのに?
「メグ…何で?」
「イツキこそ…何で…」
「い、イベントっで、」
とっさに嘘をつく。
「何で目赤いの?嫌なことあったの?」
徐々に険を帯びる言葉に「ちがう、そうじゃない」と否定の言葉を重ねた。
「何されたの?ここにいるのって翔ちゃんだよね」
「ぜんぜん、ぜんぜんなんでもないの、なんてことないの」
そこで何かがふっと、本当にふっと、耳に引っ掛かった。
「しょうちゃ…?翔太先輩のこと…?なんで知って…?」
なんでそんなに親しげなの、メグってそこまで顔が広い役柄なの?
そうだ、メグ、なんで?委員会私のせいでやらなくちゃいけなくって忙しいのに、どうしてここにいるの?
メグは何故だか青白い顔をしていた。
「いつ、イツキ…あの、あたし」
彼女が口を開いて息を吸い込んだ、その動作がスローモーションのようにゆっくりと目に焼き付いて。
でも彼女の声よりも早く、名前を呼んだ声があった。
「めぐる」
彼女の顔が完全に凍った。
振り返ると翔太先輩が彼女の名前を呼んで立ちつくしていた。
「しょうちゃ…、っ!深月先輩ご無沙汰しています」
めぐるが今にも泣き崩れそうな、脆い顔で笑むと深月の顔が険しく歪んだ。
その光景を見て何も察せられないほど私は鈍くなかった。
私は喘ぐように息をして、精一杯平常に見えるように装う。装え!
それから…
どんな顔をすればいいのか分からなかったけど、笑った。
「メグ、ごめんね」
彼女にならこの言葉で十分に理解したはずだったし、私はそれを別に確認しようとも思わなかった。
メグにとって、私が友達じゃない事なんて、パラメーターなんかで確認しなくても分かり切った事実だった。
最初からきっと友達になんてなれなかった。めぐるの好きな人とキスをしなくちゃいけない役なんて、私ならご免だ。一切関わりあいたくない。
小走りに廊下をかけてそのまま校舎を飛び出した。
喘ぐように乱れた呼吸はすぐに脳みそを結露した窓のように曇らせた。
翔太先輩が描きたかったのは…めぐるのことだったんだ。
めぐるのことだったんだ。
次回の更新は来週の月曜日20時を予定しています
次話も乞うご期待☆