はじめてのイベントと報酬
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彼が美術室に入るとひとりの少女がいた。
「今日は窓の外を眺めるのが流行ってるのかな?」
彼女は熱心な眼差しで窓の外…バスケットコートを眺めていた。
その瞳は熱心でありながら、ひどくねっとりとした不愉快な色を帯びていた。
それを嫉妬と呼ぶのを知っている。
「僕のお姫さまが…えらく不機嫌でいらっしゃる」
ゆっくりと近寄って…背後から抱きしめる。
「どうしたの?」
彼女はむっつりとして、少し頬を膨らませている。
彼女にとって、彼がこのように抱いてなだめて、囁きかけるのは特別なことではない、当たり前のことなのだ。
「僕に…君が不機嫌な理由を聞かせてくれないか?」
「……イツキが、私を全然…ぜんぜん頼ってくれないの!ぜんぜん頼ってくれないんだもん!私、イツキのためなら何でもするのに!!」
ああ、ここにも彼女に骨抜きにされた人間が一人いる。
彼女はいったい何人の人間を虜にしてしまうのだろうか、とすこし背筋が冷たくなる。
「めぐる、あんまり犬猫に愛情を注ぐようにアレに心を傾けちゃいけないよ…分かってる?」
彼女はいっそうむっつりとした。
「イツキ…私より…お母様や、前の世界のお友達を頼りにするの…私、イツキの目の前にいるのに…誰よりもイツキのためになれるのに」
「めぐる」
「私ってそんなに頼りない?それともヒールだから?あの子がヒロインで、私とは相いれない立場だから?」
「めぐる、もういい」
「あのこ、嬉しそうに、ちょっとえくぼを作って笑うの。かわいいの。でも、笑いながら前の世界の友達のこと悪く言うの……ずるい、世界が違うのに、なんで?なんであっちの子の方がいいの?」
「めぐる!」
強く抱きしめると、はっと我に返ったように彼女は口をつぐんだ。
そしてごめんなさい、と謝って。
「めぐる、君は可愛いね……嫉妬してるんだよ」
「……嫉妬?」
「そう、ヤキモチ妬いてるんだ、すごくかわいい」
「……イツキ、私のこと軽蔑する?」
「君を軽蔑するような人間は……僕が赦さないよ」
彼女はキッとまなじりを釣り上げて睨んだ。
「イツキにひどいことしたら私許さないから!」
「ところで、どうしてイツキちゃんと僕をなかなか会わせてくれなかったの?イツキちゃんが言うにはめぐるが止めておいた方がいいって…止めてたみたいだけど」
「それは…」
「確かに僕の評判は良くないけれど、会うくらいなら出来たはずだよ?それに」
かれはついっとカンバスに目をやる。
「彼女が絵のモデルになってから…君はちょっと僕につれないよね」
何の言葉も返さない彼女に、意地悪ついでにもう一言言ってやろう。
「めぐる、妬いてるの?」
「妬いてなんかっ!ないし!」
「ふうん、図星なんだ」
もう!とちょっと憤って頬を膨らませて、でも体にかかる腕に自分の腕を絡めて。
「僕も、そろそろイツキイツキばっかり言ってると彼女にヤキモチ妬いちゃうから…ヤキモチ妬いて彼女にひどいことしちゃう前に、めぐるも気をつけてね」
「…う、あ…うん、ごめん翔ちゃん」
「ね、ねえもうイベントって終わりで、いいよねっ?!」
「いや?イツキがその気ならまだまだでも…いいんじゃないの?!」
元バスケ部とはいえ、男子相手では楽々勝てるわけが無かった…。
でももうぶっちゃけ体力的に限界!
ゲームの選択肢になかった事を強制的に選んじゃったからまあ、好感度がどうとか言っても仕方ないのかもしれない。
「ねー!かぐやくん!好感度が上がったり下がったりしたときって分かんないの?!」
「え?なんか…なんつっつったかな…好感度メーターが上がったり下がったりするときはなんかあるもんなんじゃないの?」
「そもそも好感度メーターって私から見れるもんなの?!」
「イツキはテロップをスキップさせてたりするじゃん、あれ俺なりに考えたけど、もともとのゲーム?っていうのも変だけど、ゲームでは出来る操作なんじゃないのかなとかって」
イツキは少し言葉を失った。
「私のために考えてくれたの?」
「え?ああ、まあ…心細いよなって思って」
「ありがとう」
詰め込めるだけのありったけの感謝の気持ちを詰め込んでかぐやに言った。
「はは、止せよ、照れるだろ」
その瞬間星が煌めいて彼の胸にともるのが見えた。
は?と目を疑っているとご丁寧にも形容しがたい、ガラスの破片が砕け散るような、グラスを触れ合せたような幸せな音色を耳が聞き届けた。
呆然としている私にかぐやがはにかんだ。
「おっ、やっとイベントが終わったみたいだな」
「い、いまのっ」
悲鳴のようなか細い声が、自分の声だとは思えなくて…動揺している事が丸わかり立った
「わ、わたしっ、へんなもの見えた…!」
子どものように稚拙な言葉の羅列しか口に出せないのが本当に情けなかった。
「見えた?なにが?」
「星が…降って来たみたいな…光と音…」
そういえば…?とかぐやは少し不思議そうに首を傾げて…眉根を寄せた。
「俺、イベントとかルートのことは知ってるけど…好感度の確認をした事は無いな」
「え?だって…でも、わかるんでしょ?」
かぐやが自分の好感度だけな、と呟くがやっぱり不思議そうだ。
かぐやは私に手を差し伸べた。
「イツキはヒロインはじめてだろ?分かる?」
「分かんない…好感度メーターとかそう言うのってないの?」
「……〝@ディスタンス〟っていうのがそれだと思う」
ボタンもカーソルも十字キーもないくせにそんな無茶が通るとおもっているのか創造主よ!!!!!!!!!!
良いですか!コントローラも画面もない状態で!コンディションの確認まで出来るとお思いですか!!!
手荷物や装備はこの際よしとしましょう!私は身一つでさまざまな人に助けられてここまで来た!!しかしパラメータまでは確認できません!!!!!
「@ディスタンスってなによーーーーっ!!!!!」
馬鹿なことをしたと思う、反省してる、まさかこんな事になるなんて想像も出来なかった。
目の前の世界がすべて変わってしまった。
テロップの確認が出来るんだから、その気になればパラメータでも何でもどうにでもする事なんて……お茶の子さいさいなんだ…。
引き金は、叫んじゃったからだ。
「@ディスタンス」って大声で叫んじゃったからだ。
良く考えたら、ディスタンスって英単語で距離って意味じゃなかったっけ、そうか、相手との心の距離を測るってことなんだ。
パラメータは現れなかった。
かわりに現れたのは、目の前を覆う無数の数字とグラフ。
「イツキ?イツキ大丈夫か?」
「だいじょ、ぶ」
うっすらと透ける数字の向こうにかぐやの顔が見え、そして指数を露わすような数字とグラフが付属している〝KAGUYA〟となっているから、たぶんかぐやの好感度なんだろう。
「ちょっ…と視界が…おかしいかな」
いや、本当はちょっとどころの話ではないのだけど、動揺していないかぐやの様子を見るとかぐやには見えていないんだ。
「保健室…行くか?」
そう問われてなんだかおかしくなって、急に笑えてしまた。
かぐやでよかった、と思ってしまう自分がなんだかおかしくて、そして、滑稽で。
あんなに軽蔑していたヒロインに、抗っていたその枠組みにずぶずぶと沈んで飲み込まれてしまっている自分がとてもとても、可笑しくて。
数列に蝕まれて何も見えない視界、ああ、一生このままなのかな。
足を踏み出してもうまく前が見えないせいで、突然足を止めた。
こわくて、こわくて足が踏み出せない。
もう一回叫んだら消えるとか都合のいいことにはならないのかなあ…あたし数学苦手なんだよなあ…だってこれゲームのシステムを数値化した感じによく似てるんだもん。
あの腐れヲタクは数学の出来が良く、本当に恐ろしいほど出来がよくて「数学だけ」なら大学模試なんか受けさせたら絶対満点をもぎ取ってくる。
他の結果は甚だよろしくないが、ゲームを数値化し合理化しいかに効率的にゲームを攻略できるか、そういうゲーマーだった。
しかしどういう心境の変化かころっと乙女ゲームにはまって旧型のゲームを買いそろえ名前を知られる事もなく散っていったソフトにまで手を出すようになった。
いつだったか、あいつに訊いた。
「あんた他のゲームの方が楽々出来るのに、乙女ゲーム(それ)のどこがお気に召したわけ?」
彼女は携帯型ゲームを中断しすこし考え込んで…珍しく考え込んで真剣に返事をよこした。
「だってこいつら、数値化しない方が楽しいんだもん、ご機嫌取ったり思いやったり?あたし国語苦手でさあ…だからかな。正解無いから楽しいの」
そう言ってまたゲームを再開したあいつの横顔を思い出す。
そうか、数値化するのってこんな気分だったのね、きっと。
歩けなくなったのを見て、かぐやは彼女を強引におぶった。
傍から見ても、彼女の様子はおかしかったし…彼女が自分には見れないものを見ていることは明らかだった。
俺のせいかな…、と少し引け目に感じていしまった部分もある。
何より
(あいつの瞳…数字が反射してた…)
焦点が結ばれているようでうつろな瞳には、数字がいくつも点滅して見えた、何かの錯覚かもしれないが…花火を反射しているみたいで…きれいだった、なんて。
なんて不謹慎なことを考えてるんだ馬鹿、
文字通りフリーズした彼女を見て保健室の先生は思い切り顔をしかめた。
「かぐやくん、まさかとは思うけど…この子にヘンなこと」
「してないですってば!!!バスケして!イベントこなして!好感度上がったの確認したら!こうなっちゃったんです!!」
このこまたシナリオ無視しちゃったのねー、と軽口を叩きながら沖口くんには退室してもらう。
「こうなったこと、他言無用でお願いね、どんなに親しくてもよ?」
わかった?と繰り返せば彼は何の疑問も抵抗もなく頷いた。
本当に、素直な子が相手で助かる。
これが他の子だったら噛みついて聞く耳を持たないだろうな、というのは容易に想像がついてため息がこぼれてしまう。
保健室を施錠して、ベッドに横たわったイツキに声をかける。
「イツキさん、何かおかしなものが見える?」
「う…はい…数字とグラフが…目の前を覆って…頭痛くて吐きそう」
頭痛薬を取り出して、水と一緒に口に含ませて嚥下させる。
「具体的に聞くわ、何をしたの?」
「……好感度メーターを確認したいって言ったら…」
「そう、確認は出来たの?」
「分かり、ま、せん…なんか数値化したみたいな…もっと単純なのを想像してたんですけど」
「そうね…あなたのやっている事をちょくちょく観察してたけど…会話の高速スキップ機能がこのゲームには付いてるから…理論上は不可能じゃないのよ。パラメータも見れると思うわ」
「でも…」
「うん、いまのイツキさんは普通の状態じゃないと思う」
その言葉を聞くと安心しきったように肢体を弛緩させた。
「ゲームに則ればもういっかいクリック…きっかけになった言葉を言えば…収まると思うわ」
イツキは目を瞑ってそして苦しそうに息を吐いた。
顔色は真っ青で、保健室のベッドに寝ているのも不自然には思わないほどだった。
「……〝@ディスタンス〟…」
少し眠って目を開けた。
数字は消え、グラフは消え、目の前はスッキリ
さっき飲んだ薬のおかげか、頭痛も消え去っていた。
「イツキさん、具合どう?」
「元通りです」
「…こちらで…というか真美さんと担任や校長と話しあって、どうにか調整するから。もう数字の羅列が出てきたりあなたに不具合をきたすようなことは起こさないから…心配しないで」
怯えた顔をしていたのだろうか、先生は「大丈夫?」ともう一度聞いて行きた。
「…先生やっぱり、マミー…母を呼んでいただけますか?一人で帰れる自信ないです…」
「マミーって呼んでもいいのよ…ふふっ、分かったわ、ちょうど話しておこうと思ってたから、呼び出すわね」
すぐに電話をかけるのを見て、親しい仲なのだということが察せられた。
「あの、先生…?」
「なあに?」
「先生は…マミーとどういう?」
先生は珍しく困った顔をした。
珍しく、といってもそれほど先生の顔を長く見ているわけではなかったけど、すごく苦悩に満ちた表情だった。
「ヒロインのバックアップのためにモブの中には役割があったり…してね…でも、そういうことと違うわよね…えっと不具合を治してたら仲良くなって…えっとお友達?」
「接点が無いのに、友達って作れるんですね…」
「え?ええ、ええーっと…」
友達なんて簡単に作れない…みんなヒロインだからって線を引いてる…気がしなくもない。
メグ、メグだけかな…そういうこと気にしなくてもいいのって。
この子もしかして何か悩みでも抱えてるのかしら?
少しかげりのある表情をみて彼女の母親に報告する事項をひとつ増やした。
「さや!!!ひさしぶり!!!!元気だった?!!!いつぶりかしら!?この前のコミケ以来かしら?!」
「わーーーーーーーーーーーーーーーっわーーーーーーーわーーーーーーーーっ!!!!」
「コミケ?」
耳に引っ掛かる単語を発した気がする。
え?なに?コミケ?
「マミー、先生とはどういうご知り合いで?」
「マミ!口を閉じて!そして永久に黙ってて!!」
マミーは毒っけのない顔でけろりと吐いた。
「一緒にコミケに行ったり、売り子をやったり、薄い本を買い求めるお友達よ!ちなみに校長先生もね!!」
保健室の先生が苦しみと痒みにもがきながら「後生だから!後生だから誰にも言わないでえええええええええ!」という悲痛な叫びを聞いて、私はこの腐りきった世の中のすべてを見、そして悟った。
次回は来週の月曜日20時に予約投稿を予定しています
次話も乞うご期待☆