はしくれのプライド(2)
「イツキ姉ちゃん」
「ゆーくんとさーくん」
どっちがどっちなのかいまだによく分からないのでとりあえずふたりの名前を呼んだ。
学校では名札を下げていてくれるけど…。
「姉ちゃん、部活に入ってないのにこんなところで何してんの?友達待ってんの?」
「んー…似たようなものかな?」
「おれたちも部活あるんだーいいなー姉ちゃんにタオルとスポドリもらえたらおれ、いつもの倍くらいスコア稼いじゃうんだけどなー」
「あっ!おれもだよ!姉ちゃん!」
おうおう、可愛いな、燕の巣で黄色い口を一生懸命開いてる雛みたいだ。
思わず弛んだ頬にさらに結馬と咲馬が口を開く。
「あっ、姉ちゃんやっと笑ってくれたね!」
「え?」
「最近…なんかこう、ちょっと塞ぎこんで?るように見えて」
そう言えば…週に三日は美術室に通って翔太先輩と会って、朝は秋月先輩がいて、今日はかぐやくんのためにイベント待ちしてるんだもん。
気が張り詰めているのは…当たり前と言えば当たり前なのかな…。
「まあ、姉ちゃんがいつもにこにこ笑ってくれてたら嬉しいけど…いっつもは難しいもんなあ」
「難しいなあ…姉ちゃん、はちみつレモンを作ってとか頼むくらいじゃ駄目?」
「ばっか!根本的な解決になってないだろ?!」
私はいつの間にか声を上げて笑っていた。
自分でも不思議なくらい澄んで見えない天井をつき抜けていくような笑い声だった。
好きなお笑い芸人の渾身のネタを見たときくらい笑った。
今では…それすらも叶わないけど。
「…は、はじめて姉ちゃんが笑ってるとこ見た…」
ぽかーんと口を半開きにして呆けているふたりの肩を叩いた。
「はい!ゆーくん、さーくん!部活始まるよ!いってこい!」
「うっす!」
ふたりが走りさっていく背中を見て、今度一度はちみつレモンの差し入れをしようかな。
そう思える余裕ができた。
それまでそんな余裕のない生活をしていたのかとも、今なら少し自分を労われるような気がした。
そしてタオルとスポーツドリンクを抱えて日の当らない場所にちんまりと座りこむ。
日が差さないかわりに、人目にもつかない。
でもまあ、それも良いかな。
見つける人は見つけてくれるし…と考えていた刹那、切羽詰まったような高揚を通り越して緊張に震える声が静かな空気を壊した。
「あっ、あのっ!」
つい、好奇心に負けて鉄骨の柱の陰から覗いてしまった。
そこには顔を真っ赤にした女子生徒と…………かぐやくんがいた。
部活の途中だったのか汗が宝石のようにきらきら張り付けている。
「あのっ、よかったらこれ!使ってください!!」
タオルとスポーツドリンクが差しだされていた。
その時、これは私が見てはいけないものだと反射的に理解して柱の影に身を寄せた。
隠れるように膝を抱えて出来るだけ小さくなった。
そして私は空気になろうと努力する。
「沖口先輩、いつも頑張ってて…この間…声をかけてもらって嬉しくて…何か出来ないかなって…め、めめめっ迷惑でしたかっ?!」
「いや、ぜんぜん!サンキューな!」
そう言うととても嬉しそうに、顔を見なくたって分かるくらいに声を弾ませて「がんばってください!」と彼女は去っていった。
彼女…とかだったらどうしよう。
今の子は彼女とは違う人かもしれないけれど付き合ってる人がいたら…私は完全に邪魔者、世間様の鼻つまみ者だよ…。
うー…。
分かりますか、もしも正当に付き合っている方がいたら…私は昼ドラの…ビッチ…。ヒロインですらないわ…きっと下の下の格下もいいとこのビッチだわ。
彼女が居るのに…それを知ってても……ヒロインっていう役回りがあったら…なんでもできる…なんて。
「卑怯者だ……」
〝日差しが強くて、眩しくて、なんだか…日差しの向こうとは世界が違うみたい〟
奇遇だね、私もそんな気分だよ。
〝かぐやくんはあんなに眩しいところで頑張ってるんだ…って思ったら
少し気遅れしちゃうな〟
きっとヒロインなんて、日向に出てったりなんかしちゃいけないんだ。
日差しが眩しすぎて空の青さが影におちる。
〝かぐやくんどこにいるんだろう?〟
どこにいるんだろう?ふと思いたって顔を上げると輝く日向から校舎の影が落ちるこちらの方に誰かがやってきた。
〝「イツキ!待たせてごめん!いま部活が終わったんだ」〟
〝私は笑顔でぶんぶんと顔を横に振った
「ぜんぜん待ってないよ!」〟
〝かぐやくんは見透かしたように苦笑して、汗で張り付いた前髪を指ですくった〟
〝「ずっと待ってたんだろ?」〟
〝私は迷いながらタオルとスポーツドリンクを差しだした
「今日もきっといるだろうなっておもったの」〟
でも私は最後のセリフだけは大人しく読まなかった。
かぐやくんが先を促そうとするけど、無視をした。
「イツキ…あの…タオル」
タオルを渡してしまいさえすれば、イベントは終わる。
私は自分の持っていたタオルでがしがしと顔を拭いた。
「あっ!!ちょっ?!」
「駄目だよ!かぐやくん、さっき女の子にタオルとスポドリもらってたでしょ?!私嫌だもん付き合ってる人がいるかもしれないのに!差しいれなんてするの!」
「いないってば!!!ってゆうか見てたのか?!」
「いないにしても貰ってたじゃんか!女の子の気持ちを無下にしちゃだめだよ!もしもあの子が!!」
「あの子が…ヒロインがいるから、自分よりモテる子がいるから、可愛い子がいるからって好きな人を諦めるようになったら、私、何をしても償えない!そんなヒロインなんて私…なりたくない!ヒロインにだって…プライドがあるんだってば!」
かぐやは私の言うことを理解してくれたのだろうか、強くは物を言わない。
「でも、じゃあお前はイベントとか今後どうするつもりなんだ」
「それは、これから考える」
私は手に持っていたスポーツドリンクをぐっと煽る。
「イベント、何が何でもやらなくちゃいけないの?」
「俺は…そうだな…ちょっと困る」
「じゃあ、かわりに一緒にバスケしよう!ワンオーワン!」
「わんお―…?」
「一対一でバスケで勝負!それなら私のタオルは無駄にならない!尚且つ彼女のタオルも有効活用!時間制限とかがあるんならそれまで時間つぶそう!」
ぐいぐいと腕をひっぱってバスケットコートを目指した。
「よおーっし!久しぶりにバスケだ!本気だ!」
「イツキ部活やってたっけ?」
「元バスケ部よ!!」
「うげーーー!ぜったい敵いっこないじゃん!」
「男なら勝てる可能性もなきにしもあらず!」
そんな具合でわーきゃーと歓声を上げながらバスケットコートを縦横無尽に駆けるヒロインを冷たい目で見つめる瞳があった。
少し意外そうな、驚きや興味は決して顔には表さず。
ただただ視線を注いでいた。
「そんな風に男の株を稼いでも……俺はぜってー引っかかんねえぜ」
彼女がそんなつもりなんてないこと、自分が意味もなく彼女を見つめ続けているのはそんな彼女が少し気に言っている事…自分の事を知ってくれれば…こんなゲームから解放してくれるんじゃないか…そんな淡い期待は…二度と抱かないと決めていた。
「如月クン、どうかした?そんなに長い間外を眺めてたそがれちゃって」
「別に、何もねーっす」
深月だった。いけ好かない先輩に顔を合わせることの、何と忌々しいことか。
そんな先輩が窓の外に視線をやる。
そして合点がいったように、くすりと笑みを漏らした。
「あーあ、イツキちゃん今度はどーしたのかな」
「やめてくれ、あんたが気持ちを傾けると…女は絶対不幸になる」
「へえ、君にも……一般的な良識があるんだ?」
そう言うと顔を歪めて、そして吐き出そうとした言葉を飲み込んだ。
「あんたを相手にした俺が馬鹿だった、阿呆だった、間抜けだった!さっさとどっかに行っちまえ!!」
「言われなくてもそうするよ~、う~ん、かぐやに先を越されちゃったけど僕もイベントさくさくすすめちゃおうかなぁ~、僕のルートにハメさせちゃおうかな~」
「…いいかげんにしねえと塩撒くぞコラァ!」
深月はからからと笑いながら廊下を歩いて行き、姿を消した。
あーあ、ほんとに俺は何をしてるっていうんだろう…。
一話分で上げようと思ったらちょっと長かったので2話分にしました!
読みやすさ重視で!別に10000字とかもよゆーよ?ウェルカムよ?という猛者がおられましたらご一報ください、一話にまとめます!そのかわり一話が長くなって更新が滞るかもしれないけど!!←(元も子もない!)
今回はあえてヒロインのプライドとは表記しませんでした、彼女はまだまだヒロインっぽくないなっていうか、自覚が無いなと思ったので
…この続きを描くと少し長くなるので、活動報告の方に書かせていただきます!
では今回も読んでくださってありがとうございました!
次話も乞うご期待☆