…売るつもりはありません
いつまでもしょげているわけにはいかなかった。
定期テストはすぐに迫っていたし、委員会(本当の文化委員の委員会)だってあるし、とにかく(きちんと)出会わなければいけなかった。
そのためにはまず…深月先輩に会うべきだ。
深月先輩…めぐるは会うな会うなと口を酸っぱくして私に忠告していたけど名前を知っている人だけでもきちんと会っておかなくちゃ…如月くんの二の舞になっちゃうもん。
幸か不幸か、私は精密すぎる地図を持っている。
ただ学校の教室が書いているだけじゃない、イベントが起こるポイント、イケメン達の常駐場所、困った時に頼る(アイツは分岐点だとかなんとかいってたけど)時に行くべき場所…結馬と咲馬の事を教えたら中等部の教室がある場所もきちんと書きこんでくれていた。
まめまめしい…。
ケータイで
《深月先輩に会いたいんだけど情報希望》
と打ったら少し間を置いて
《大学3年、美術部と吹奏楽部に出入りしている、イベントは美術室内で発生、ヒロインは文化委員に入っているので接点多め、雑用がらみの好感度アップイベント多発、しかしファンの中ではバッドエンド路線ともっぱらの評判、詳しい事情は本人に会えば分かると思う》
…なんちゅう不吉な文言を並べ立ててくれたんだろうか。
いや、不吉なことを先に言ってくれるのも優しさ…よね。
私は放課後にそっと美術室の中に入った。
吹奏楽部の方に顔を出しているかもしれないけれど、それは仕方ない。何度でも足を運ぶまでだ。
高等部の棟の4階の西側はどの棟とも隣り合っていない。
教室は北と南に窓がある。
教室を吹き抜けていく風が涼しいのは両側の窓が開いているせいだろうか。カーテンがたなびいて、石膏の像を取り囲むようにイーゼルが並んでいる。
教室は静かで人のいる気配が無かった。
「無駄足か…」
踵を返した私に聞き知った声がかかる。
「何だ…君かあ」
美術室の黒板の脇にある扉が開いて紙やらなんやらを抱えた…。
「ああっ!」
教室を教えてくれた親切な人!!
胸騒ぎのするイケメンだとは思ってたけど!まさかっていうか!やぱり?!
「君、ヒロインなのに全然なびいてくれないから…ちょっと困ってたところだったんだ」
「イベント、してくれる気になった?」
「はい」
〝「どうしたの、もしかして美術部に入部してくれるのかな」〟
〝「いや…そんなつもりは無くて」〟
〝彼がゆっくりと石膏を指差したので…私も釣られて視線で追ってしまう〟
〝「ちょうど生徒もいないし、する事が無くて…よかったら僕の暇つぶしに付き合ってもらえない?そこに座ってちょっとデッサンのモデルになってよ」〟
〝私は…少し迷って
>「いいですよ、少しの間なら…でも私なんかでいいんですか?」
>「私なんてモデルになんてなれません!失礼します!」〟
私は少し嘆息して、読んでいたテロップを手で振り払った。
それを見ると彼はちょっと瞬いておかしそうに口元を歪めた。
「そんなこと出来ちゃうんだ」
「出来ちゃうみたいですね…なんでイベント起きなかったんでしょうね、何度も会ってるのに」
深月先輩はくすくす笑いながら石膏をどかして私に椅子を用意した。
「…ここで僕とおしゃべりをする気なら、デッサンのモデルになってもらわなきゃ」
「あの選択肢、どっちにしろモデルになるしかないんじゃないですか?」
また愉快そうに声を上げて笑う。
「察しがいいね!」
さあ、と促されるとさすがに意地を張って突っ立っているわけにはいかない。
いや、意地を張ってもいいんだけどね。
私が座ると、彼は私の正面ではなく少し斜めの位置にある椅子に座り鉛筆を走らせた。
「イツキちゃん…だったよね、イベントにはあまり前向きじゃなかった印象を持ってたんだけど」
「あなたは…深月先輩ですか?」
「うん」
深月のほうを見ようとすると「そのまま!こっち向かないでそのまま!」と怒られた。
でも、まあ、人を見ずにしゃべった方があるがままの気持ちを素直に話せそうな気がした。
「僕は深月翔太だ。翔太先輩って呼んでほしいんだけど…」
「新野樹です…名前はいつかぶつかった時に名乗りましたよね」
彼は短く頷いた。
「イツキちゃん…どうして急に僕なんかと会おうと思ったの?評判良く無かったよね」
私がかすかに微苦笑を浮かべると「その顔いいね」と声がかかった。
感想なんて言われたって困っちゃいますよ、止めてくださいよ…
ムスッとしても「おっ、そんな顔も可愛い」と言われるのだからどんな顔をすればいいのか分からない。
「で、どうして?」
「…如月君が会いに来ました」
「へえ」
「彼、怒ってました、どうして会いに来ないんだって」
「ふうん」
「だから私…会うだけ会っておこうって」
「怒られないように?」
はい、と俯くと「顔の位置を動かさないで」と注文をつけられた。
彼にとって絵を描くこととイベントをこなす事はまったく別のことのようだ。
どちらに重きを置いているのかは定かじゃないが。
「…ヒロインってそんなに嫌?」
「いやです」
「なんで?別にそんな損をする役回りだと思わないんだけど」
「……ヒロインっていうだけで文句を言われたり、注目を浴びる居心地の悪さ…が私の日本語力でお伝えできないのが…残念です」
「その腰の低さに僕は好感を持つよ」
「…でも別に私がヒロインだからって、みつき…翔太先輩は私に何の感情も持ってないんですね、よかった」
「僕は…別に……そうだな君に目くじらを立てたり追っかけまわしたりする趣味は無いかな、ねえなんか興味を持ったら君は尽くしてくれるの?」
「さあ、わかりませんね」
「乙女ゲームって不可思議なゲームだよね」
「そうですね」
「とにかく…僕は僕の気が向かないと君にキスはしないし抱きもしない」
「だっ?!だだだだ抱くっ?!」
イーゼルの向こうからひょこっと顔をのぞかせて不思議そうな顔をする。
「え?そういうゲームじゃないの?」
「わ、わたしっ!心も体も売るつもりありませんからっ!」
翔太先輩が豪快に笑い崩れた。
「あっははははははっははっはっはっはっは!!売る!売るっていう言い方すごくやらしいね!心も?体も?売るつもりないんだ!ふふっ」
「わ、悪かったですね!すみませんね!もうっ!いいです存分に笑っていただいてかまいません!媚びも売るつもりないんで!」
ひーひーと身をよじりながら笑い苦しむ姿を見ていると、なんだか色々な感情を通り越していっそ哀れに思えてくる。
「翔太先輩……」
「ああ、うん、でも君が面白いっていうことはよく分かった」
「そんな株の上がり方嬉しくないです……」
笑いが収まると「まあ、だからってイツキちゃんには何の興味もないけど」とにべもなく言う。
念を押すようにもう一度。
「僕だって役に縛られて恋や青春を左右されたくないし、ヒロインが気に入らないっていうイツキちゃんだって僕と同じでしょ?」
「だから、僕たちは恋人にはならない。その気にならない限り、ね」
その瞳は吸い込まれそうなほど深く暗い色をしていた。
だめだ、この人にこれ以上近付いちゃだめだ。
「君にとっては僕も如月のちびも同じ立ち位置だと思ってくれていいよ」
「如月君は……ずっとヒロインに対してああなんですか?」
「そうだね、しばらくはああいう態度が続いてるね、どうしたんだろうね嫌いになるようなことされたのかな」
何か知っていてもしゃべるつもりは無いんだろう。そういういいかげんなはぐらかし方だった。
「はい、もういいよ、いい絵が描けた」
そうしてカンバスをこっちにくるっと向けた。
私は耳まで真っ赤に上気させた。
「あのっ、私こんなにっきれいじゃないです!!」
「ええ?我ながらうまく書けたと思うんだけど…うん、ほんとに不思議なくらいうまく書けてる」
彼はつかつかと私のすぐそばに歩み寄って、頭のてっぺんからつま先まで一瞥。
「君、モデルになってよ。今度のコンテスト用に一枚描きたい」
「いっ…」
いやいやいやいやいやいやいやいやいや・・・・・・・・!
無理っしょ!
「先輩無理です!!」
「えー?じゃあ君が不愉快な方に不愉快な方にイベント進めちゃってもいいの?」
「引き受けます!」
そういう脅しのしかたをするかなあああああああああああああああああ!
性格悪っ!性格悪ぅっ!!
この抜け出す事の出来ない負の連鎖から逃げたい!逃げだしたい!
うががががががががが、とFAXが壊れたような音を立てて脳がもがき苦しむ。
「引き受けてくれるんなら…週3日くらい融通利くよね…じゃあ、週三日僕の絵のモデルになって、はい美術準備室の鍵」
「これがあったらいつでも出入りできるから…ケータイ持ってる?」
「え?これもイベントですか?」
「ああ、じゃあちょっと貸して。僕宛てにメールを打つから……はい、完了」
翔太先輩のポケットの中でケータイが震えた。
「待ってください!」
「やった、メアドゲット~」
「ああっ」
ああ、しまった!迂闊!
「はい、これで僕の誘いを不当に断ったらイベント進めるからねー」
な、泣きたい!泣きたいっ!
「じゃあ、今日はこれで」
「嘘!待って!」
滑稽なことにイーゼルに取り囲まれるように私は美術室の中で突っ立っていた。
………なんだ、この…拭えぬ不幸感……何?なんか弱みを掴まれて強請られてるみたいな……。
さてさて、あんなに会わせたくない会わせたくないゆうてたのに割と早い段階で登場させてしまったんですね!
この人怖い人だよって言うフリはもう充分だったかなって思ったんで!
この人の回です
でも手口が古臭い!とか何で引っかかるんだよ!とかそういうのは…
あのすみません勉強不足ですので、ぜひとも、こういうシチュエーション、こういうかんじ!とかご指導ご指摘のほどよろしくお願いします…
では今回も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆