序章 二度寝のあとの侵入者
今日も快晴。窓の外はいい天気。
初夏らしい爽やかな空気が目に見えるようだ。
こんな日には、うんと背伸びして外に出掛け、ショッピングなりカフェ巡りなりするのが大学生の女の子の日常ってもんでしょう。そんな風に思いながら、高屋一海は布団の中から手を出して枕もとをまさぐった。ほどなく手につかんだ携帯を操作し、緊急を要するメールや電話がないことを確認する。
時刻は6時半だ。高校までの自分なら、きっと間違いなくこれより1時間も2時間も早く目を覚まして読書や宿題に有効なひとときを過ごしていたであろう。
でも今は違う。
悠々自適な大学生なのだ。
それも、授業の必須単位も取り終え、就職活動も早々に終了し、卒業単位にも余裕がある今、一海にとっての問題は卒業論文くらいであり、あとは何をしても自由な大学4年生という身分を謳歌できるのだ。
まだ寝てもいいよねぇ…
そんな風に独りごちてもう一度布団に包まる。この瞬間が最高。
ぬくぬくと再び微睡の中に意識を手放そうかというとき、一海はハッとなって再び携帯電話を取り上げた。
ネット画面を開いて、慣れた動作でブックマークから迷わずあるサイトを選び出す。ネット通信のほんの1秒も待つのがもどかしく、現れる画面を何度もクリックし、そのサイトのマイページが開かれた。
『ようこそ、マジック・メイト・カードバトルへ』
可愛らしい衣装を着た女の子のキャラクターが画面で笑った。
これは今、一海がハマっているネットゲームの一つ、マジック・メイト・カードバトル、通称・マジメイだった。属性や使用効果の違ったカードを何枚か組み合わせたデッキを使ってバトルやクエストをこなし、自分のカードおよびキャラクターを育てていくゲームだ。
中でも今の一海のお目当ては、チーム対戦。その開催時間が朝6時から7時までであることを思い出したが故だった。「チーム対戦」とは毎日決まった時間に行われるゲーム内のチームごとによる戦闘のことを表す。1日に3回開かれるチーム対戦の相手はランダムに選ばれ、その対戦時間も毎回1時間と短い。一海は結構この対戦のことを忘れて不戦敗となってしまうことも多かった。それだけに、気付いた今回はラッキーとばかりにバトルの攻撃ポイントをいっぱいに使って攻撃を始めた。
最近はテレビやパソコンでも宣伝広告を見かけるようにもなった携帯ネットゲームであるが、一海はそもそもそんなに興味があったわけではなかった。それなのに、今ではこんなにハマっているのはあまりに暇な毎日に飽きてしまったことにあった。数多のネットカードゲームが配信されている中で一海がこれを選んだのは、カードの絵があまりにもきれいだったことと、バトルに頭脳を要するところだった。
そんなわけで1時間。
ぽちぽちとバトルに精を出し、タイムアップのところで再び携帯を枕もとに投げおいて二度寝の態勢に入った。
携帯を見つめていた集中力が切れ、疲れた目の筋肉に従って緩やかに瞼が落ちてくるとともに、一海の意識もすぅっとまた微睡の中に消えていった。
気持ちいい意識が急に目覚めさせられたのはピンポンピンポンピンポーン!と遠慮のない勢いで猛烈に鳴る部屋の呼び鈴の音だった。
このマンションは1階の自動ドアでさえ、部屋の鍵がないと通ることも出来ないはずなのに、今なっている呼び鈴の音はこの部屋の扉の向こうにすでに来訪者がいることを知らせる高い音だ。
まだまだ眠いし、時には居留守をしてもいいでしょ。
そんな風にうすぼけた思考で結論を出し、聞こえなかったふりをしてまた布団にもぐりこむ。
ピンポンピンポンピンポ~ン………………。
あれだけうるさく鳴っていた呼び鈴が唐突に止まった。
しつこかった訪問者はあきらめて帰ったみたいだ。
一海はほっとしたようにさらに布団を引き寄せて丸くなる。
その時、がちゃがちゃっっと聞きなれた開錠音が耳に届いた。
「はぁ~、せっかくこっちが自主的な協力を求めてるってのに、大抵応じてくれる客なんかいねーんだよな…まったく。」
ドアが開くとともに、ひょいと靴を脱いで入ってきた「誰か」の声は聞いたこともない男のものだ。
だ…だ…だれ!??
「あれー、部屋主さん、家にいないの?ほんとに留守?」
悪びれない様子の男はもう一海の引きこもるベッドの足元までやってきている。
これは相当の異常事態に相違ない。
さて。
部屋に侵入者がいた時の対処法として適切なものを述べよ。
①見つからないように隠れる
②暴力でもって追い返す
③警察に連絡を取る
①はもう無理。布団の膨らみ具合から、もう絶対見つかってる。②は相手が男の人である以上、力技で勝てる可能性は少ない。ついでに近くに武器になるような硬いものもない。
よって、一海に残された選択肢は③。
警察を呼ぶなら今だ。
あわてて警察を呼ぼうと枕もとの携帯に手をやるが、その手は空を切るだけだった。
「おいおい、もしかしてけーさつとか呼ぶんじゃないよなぁ。
お嬢さん、話聞いてねーの?」
驚いて上半身を起こした一海と目が合ったのは、ひょろっと縦長に薄い色のついたサングラスのチャライ様子の男の人だった。
それが、高屋一海と進藤篤也のファーストコンタクト。




