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短編

おかしな二人

作者: 秋口峻砂

原稿用紙五枚、恋愛

 モニターの中では陳腐な恋愛ドラマが無駄に流れている。君はラブソファに座りながら、つまらなそうにそれを眺めている。そんな君を僕は飽きることなく見詰め、その姿をスケッチブックに刻んでいた。

 日常は毎日、何も変わることなく流れていると君は思っているだろうね。本当はそんなことはありえないと僕は知っている。

 この狭いワンルームマンションに同棲を始めて、もうすぐ一年が過ぎようとしている。今年の夏も馬鹿みたいに暑い。重なることが少ないないふたりだったはずなのに、気付くとそこにいないだけで物足りなくなっていた。

「今度の月9は外れだね」

 君が好きな演技派若手俳優と、演技はともかく顔は可愛い人気アイドルとのカップリングだから、内容よりも目の保養として期待していたみたいだけど、それすら外れらしい。

 僕はドラマには興味がない。というよりも、どうして女の子はこうも恋愛ドラマが好きなのか、イマイチ理解できずにいる。

 恋愛を物語の主題に置くと、つまりは惚れた腫れたですったもんだという展開になってしまう。しかも月曜9時のドラマとなると余計にそれを意識する。笑える展開か泣ける展開なのかという違いはあるだけろうけれど、それって違いの内に入らないと思う。

「……やっぱこのアイドルって顔だけだね、演技ヘボすぎ」

 でも顔が可愛いだけまだいいじゃない、君がご贔屓にしている演技派若手俳優君なんて、演技はともかく顔は猿だし身長はアイドルに負けてるよ、と思った。

 くつくつと喉の奥で笑ってしまう。すると君は僕を睨みつけて、「あんた相変わらず性格悪いよね」と口を尖らせた。

 僕はそんな君の表情のひとつひとつを、スケッチブックに刻み込む。こうやって君を描き始めて、色々なことに気づいた。

 季節が変われば服も変わる。春先はカーディガンを着ていた。夏が近づき八分丈、半袖、キャミソール、この部屋だとタンクトップだったり。秋になってまた袖が伸びていき、冬になると寒がりな君はモコモコになってしまう。

 春先まで伸ばした髪は、夏には活発なイメージのショートボブになって、また秋、冬と伸びていく。

 桜の下で俯く君、向日葵と笑う君、紅葉と戯れる君、炬燵で雪見だいふくを頬張る君、ひとつひとつのそれに同じ君はいない。

「つまんない、ラーメンでも作ろうっと」

 とうとうドラマを観ることに飽きた君は、伸びをするとラブソファから立ち上がって、キッチンに向かった。というか、いくら家の中だからってタンクトップとパンティだけで歩くのは勘弁して欲しい。

 恥じらいを持てなんて古臭いことじゃなくて、一年一緒にいても僕には正直刺激が強い。というか、どうして君が僕と同棲しているのか、未だに理由が分からない。

 大学が同じでバイト先も同じで地元も同じ、でも性格も趣味もファッションも何もかも違う。それなのに、君と僕が同棲してもう一年が経った。

「チキンラーメンって美味しいよねぇ」

 そう、それも違う。僕はサッポロ一番の味噌ラーメンが一番美味しいと思っている。そんなところも違うのに、不思議だ。

 僕は目の向けどころに困りながらも、君の後ろ姿をスケッチする。少しだけお尻を小さく描いたのは、後で見られても怒られないようにする為の防御策だ。

「やっぱ卵は入れなきゃね」

 僕はポットのお湯で作ったチキンラーメンの、あの全く火が通っていない生卵が一番嫌いだ。だけど君は「それがいいんじゃない」と笑う。

 あれって生卵をそのまま食べた方が早いよね、間違いなく。

 君は生卵を落としたチキンラーメンの入った丼にお湯を入れ、蓋をして嬉しそうにラブソファの前のローテーブルに置いた。

 僕は丼と時計をにらめっこしている君をスケッチしながら、不思議と幸せな気分になってしまった。

 全く重ならない君と僕、なのに一緒にいる君と僕。スケッチブックには何人も君が描かれているのに、ひとつも同じ君はいない。

 そうか、そうなんだ。こうやって重ならなくても一緒にいる。その理由が幸せなんだ。幸せだから一緒にいる、それだけの理由でしかないし、それだけの理由しかいらないんだ。

「ぜったい、あげないよ」

 じっと君を見詰めていると、君は丼を自分の方に引き寄せて口を尖らせた。僕は喉の奥でまたくつくつと笑ってしまい、君も悪戯をした子供のようにはにかんだ。

 それは違うから惹かれ合い、重ならないから幸せなのだと知った夏の夜だった。

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