あるバスの中で
定刻通り、午後3時30分、JR吉祥寺駅からバスは発車した。
ブロロロロロ――。エンジン音を鳴らして、バスはゆっくりゆっくりスピードを上げていく。
『ご乗車ありがとうございます。このバスは――』
そこで入るのはバスのアナウンス。乗車した人々に感謝を伝える言葉から入り、次の停留所名を告げる。
俺はかみ殺すことができなかった大あくびをし、イヤホンを耳に当てお気に入りのシンガーの音楽を鳴らす。
「……」
そして、自分の降りる停留所までひと眠りしようと目を閉じた。
それからしばらく、時間は流れた。
バスが揺れたのを脳が察し、俺はふと目を覚ました。窓の外を見るに、自分の降りるバス停まではまだ少し遠い。
『次は、青葉、青葉』
そこで流れるアナウンス。しかし、誰も降りる人はおらず、その声は沈黙に殺される。
「……ふぁ」
小さくあくびをした俺は、再び眠ろうと目を閉じる――と、その時。
キッ、という音が鳴って、バスが動きを止めた。
「?」
見れば、そこはバス停「青葉」だった。おかしい。ここで降車ボタンを押した人はいないはず。
「どうしたんですか?」
運転席の近くで座っている乗客のうちの一人が、運転手に尋ねた。
運転手は間を空けることなく答える。
「ご乗車の皆さんの近くで、小さいお子さんいらっしゃいませんか?」
運転手はそう言った。そこで運転手に尋ねた乗客が首を回し、バスの後ろの方を眺めるようにして見る。
すると、俺のちょうど真後ろの席で、赤いランドセルを隣に置き、小さな寝息を立てている女の子が居た。運転手の言う「小さなお子さん」とは恐らくこの子のことだろう。
「僕の後ろに小学生の女の子がいますけど……」
俺は運転手に聞こえる声でそう言った。寝起きの声で少しばかり声が裏返ったのが恥ずかしい。
「その子、今眠っちゃってるでしょ? 起こしてくれますか」
「え?」
「その子ね、いつもこの停留所で降りる子なんですよ。今日は乗っていたのに降車ボタンを押さないものだからきっと眠っていると思って」
運転手が笑いながら言う。起こしてくれますか、というのは一番近くにいる俺に言っているのだろう。
俺は言われた通りに女の子を起こす。まだ小さく、小学校低学年くらいだろうか。女の子は、少し揺さぶるだけで目を覚ました。
「ん……?」
そして状況がつかめず、きょろきょろと目を泳がせる女の子。そこで運転手がその女の子に声をかける。
「ここは青葉だよ。降りるんだろう?」
「えっ……あっ、は、はいっ」
女の子は運転手の言葉で今ここが「青葉」の停留所だということに気づいたらしく、慌てて前の方に駆けていく。
そして、首にぶらさがった定期を運転手に見せてから女の子は再び俺たちの方を向いた。
「どうもありがとう」
女の子は、照れくさそうに笑いながらそう言って、バスを降りていった。バスの扉が閉まる。
女の子は、バスから降りても笑ったままだった。
「……」
俺と視線があった。女の子はぺこり、と小さく会釈する。
「……ははっ」
俺は、心が暖かくなったことを感じ、俺は女の子に導かれたかのように、同じ笑顔を浮かべた。
バスが再び動き出し、次の停留所へと速度を上げていった。
なんていうか、バスの運転手って何でも知っている感じがしますよね。