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入江・1

 海域に点在する島々は夕日を背負ってくっきりしたシルエットを見せていた。私にはどれも似たような島に見えて最初の島がどちらの方角にあるのかすら分からないが、ハーヌは迷いなく飛んでいく。

 ところが、私にも特徴がはっきりと分かる鴉の島が見える辺りになって、ハーヌが飛びながら首を捻った。

「おかしいな」

「どうかしたの?」

「ああ、ちょっとな……」

 呟きが聞こえたが、ハーヌははっきりとは答えず、鴉の島を大きく迂回して最初の島に降り立った。幸い鴉が再び襲ってくる様子はない。

 私とユーノが降りると、ハーヌは重々しく私の名を呼んだ。

「キーネ」

「何?」

 用事があるとすればユーノだろうと思っていた私は、意外の感を抱きつつ答えた。

「入口がなくなった」

 簡潔な言葉の意味が、何故だかうまく飲み込めずに、私はただ疑問の声を上げた。

「え?」

「俺たちが通ってきた異界への入口が消えているんだ」

「それってユーノが探している宝玉と同じっていう……?」

 今までどこか他人事だと思っていた所為で、自分に関係することだと思えないまま、私は尚も部外者のように尋ねた。

「そうだ。石の形になっているのは珍しいとは思ったが、まさか消えるとは思わなかった」

 呻くようにハーヌが言う。

 ――入口が消えたということは――。

 じわじわと悪い予感が身体を這い上がる。ハーヌの深刻な様子が、それがただの予感ではないことを語っているのに、私はそれでも理解することを躊躇った。

「消えたってことは、まさか……」

 言葉にしてしまうことを恐れる私に、ハーヌが引導を渡す。

「ああ。このままではキーネはあちらに帰れない」

「そ、んな……」

 声にならないまま、思い浮かんだのは明日の予定、明後日の予定、来週の予定――。

「すまない」

 呆然とする私にハーヌが頭を下げた。

「俺が帰れると言ったからキーネはこちらに来たのに、こんなことになっちまって。とにかく何とか方法を探すから自棄にだけはならないでくれ」

「自棄に……」

 動かない頭に、やっと事の重大さが沁み込んできた。明日の予定どころではない。このままずっと――。

「もう帰れないってこと?」

 大声で尋ねたつもりだったのに、私の口から出た声は弱々しく震えていた。

 ハーヌはうなだれて詫びを繰り返す。

「すまない」

 否定しないってことは――。

 重い沈黙の中、波の音が響く。

「場所が違うということはありませんか?」

 ユーノが希望を探そうとするように訊いたが、ハーヌは首を横に振った。

「いや、確かにここだった」

 再び波の音が響く。

「宝玉がもう一度鴉に持ち去られたのなら、それを探せばキーネさまは戻れるのですよね?」

 ユーノがまた別の切り口を探し出して尋ねたが、ハーヌはこれも否定した。

「持ち去られたんじゃない、なくなったんだ。別の場所に移動したのなら、俺にはその場所が分かるはずなのに、この近くには異界に繋がる気配が全くない。消えたとしか言いようがないんだ」

 ユーノが気圧されたように黙ると、三度沈黙が落ちた。繰り返す波の音。

 ふと見ると、海から月が上るところだった。夕日が落ちたと同時に登るのが満月なのは、あちらの世界と同じらしい。ここは山影だから完全な日没ではないはずだが、それでも円に近い大きな月に向かって海面が道のように銀色に輝く。

 神秘的な光景はどこか現実感がなく、このまま気がつけばいつもの自分の部屋で転寝をしていた自分に気づくのではないかと、そんなことをふと思う。そう、夢だと思った方がずっと自然だ。

「あ」

 ぼんやりと逃避していた私の隣で、ユーノが突然低く叫んだ。そのまま海岸に急ぎ足で向かう。濡れたように光る浜辺の一部を指して、ユーノが私たちを呼んだ。

「これを見てください」

 覗き込むと、それは足跡だった。波に消されて辿ることはできないが、明らかに人間の足跡だと思える凹みが断続的に見えている。

「誰か来て、宝玉を持ち去ったのではないでしょうか」

「この島には人が住んでいるの?」

「いいえ。無人島ですが、私と一緒に来た者たちがいます。私がなかなか戻らないので探しに来て、偶然石を見つけたかも知れません」

「それで持ち去った?」

「ええ。見つければ拾うでしょうし……、あ」

 何かを思いついたようにユーノがハーヌを振り仰いだ。

「私たちは石を見つけたら直ちに入れるようにと言われて、中に鏡を張った箱を持たされていました。それが入口が消えたことに何か関係しているのではないでしょうか」

「鏡張りの箱か。あり得なくはないな」

 ハーヌが考えながらも頷くと、ユーノが強く提案した。

「私の船に行きましょう。この島の反対側の入江に停泊しているはずです」

「よし、行ってみるか」

 ハーヌの言葉に私も賛成した。こうしていても仕方がない、というよりも、何か目的がないと精神的に壊れてしまいそうな気がした。

 すぐにハーヌの背に乗り、夜の色に染まった空に飛び立つ。四度目の飛行はもう慣れたものだった。冷たい夜の空気の中をハーヌは軽々と島の真ん中の小高い山を飛び越える。

 ほんの一飛びで見えた入江では、本日何度目かの衝撃が待っていた。

「いない、私の船が――」

 ユーノが叫んだ。そう、夕陽に照らされた入江に船はいなかったのだ。



 ハーヌが辺りを確認するように旋回したが、船は影も形もなかった。

「降りてみよう」

 言いながら入江の脇の砂浜にハーヌが降りる。見れば海岸から少し離れた小高い場所には天幕が張られ、焚火の用意もされている。この付近に人がいたことは間違いない。

 更に近寄って見ると、天幕も焚火もあと少しで完璧という段になって突然放り出された様子が窺えた。天幕の入口に置き去りにされた寝具、焚火を始めるべく積まれた薪の脇に落ちている一束の柴。転がった樽。

 薪の脇に一枚の紙が置かれていた。書かれているのは私には読めない文字。

 ユーノが拾い上げて、険しい顔で目を走らせる。

「何て書いてあるの?」

「明日の朝、迎えを寄越すそうです。この島に危険な獣はいないが、鴉には十分気をつけるように、と書いてあります」

 言いながらユーノは紙を握りしめた。

何か言わないといけない気がして、私は思い出したことを言った。

「そういえば、さっきハーヌの上から帆船が見えたわ」

「どんな船でした?」

 私が特徴を言うと、ユーノはがっくりと肩を落とした。

「それが私の乗ってきた帆船です」

「それなら俺も見たな。あの時にわかっていればすぐに追ったのだが」

「私はマントから外が見えませんでしたので……」

 溜息と共にユーノが呟いた。

「これから追うのは無理だな。夜だから探しようがない」

 ハーヌの言葉に私は密かにほっとした。先程飛んだときに分かったのだが、この時刻で既に上空はかなり寒いのだ。これから夜にかけて長時間飛ぶのはかなり辛いだろう。

「そうですね。行先はわかっていますので、明日、一緒に行っていただけますか?」

 ユーノの言葉に私はびっくりして尋ねた。

「わかっているの?」

「ええ。きっとドゥエラの港です」

 ユーノはきっぱりと断言した。


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